第21話 蛇の薬局

「元気してた?」


 あたしは少しはにかんでアマル叔父さんに笑いかける。


「ああマジかよこの野郎!抱きしめさせろ!」


 叔父さんは興奮すると時々黒人のラッパーみたいな行動をする。


「ホントにお前かよメフィスト!クソっ!信じられねえ!地上ここでお前に逢えるなんて」


 叔父さんは涙ながらに喜んであたしを強く抱き締めてくる。正直恥ずかしい。まあ嬉しいけど。


「なんてこった。さあベイビーよく顔を見せてくれ。まったくもう、見ねえ間にデカくなりやがって」


「えへへ」


「もっと早くお前だって名乗ってくれたらこんな面倒なことにならなかったのに。それになんだその格好は。いつもの爪と牙はどうした?それじゃまるで、人間のガキそのものだ」


「アマル叔父さんだっていつもの鱗はどうしたの?サイズだって、ずっと小さくなってる」


「流石にお前、ここでバカでかい蛇のままじゃいらんねえだろ?」


「ならあたしも一緒。蹄なんて見せらんないよ」


「コイツめ。相変わらず口達者な奴だ」


 あたしは叔父さんと声を揃えて大いに笑う。


「お取り込みのとこ悪いんですがお父様。この人と知り合いなんですか?」


 アカネ、と呼ばれる少女が恐る恐るといった感じで質問する。


「ああ。そうだったな。アカネ、アオイ、マシロ。こいつはメフィストフェレス。俺の可愛い姪っ子だ。つまりお前らの、従兄弟にあたる。仲良くしろ」


「ヨロシク」


 あたしはさっきまであたしを殺そうとしてた従兄弟たちに挨拶をした。


 イノシシのマシロは不服そうなツラに小声で「ヨロシク」と言っただけ。


 アカネと呼ばれた鹿の角を生やした少女は能面の様にニコリともせず


「アカネと申します。どうぞお見知りおきを」


と言った。


 歓迎されてないのも明らかだったし、叔父さんがあたしにベタベタなのも気に食わないみたいだ。


 だけど真ん中のアオイだけは違った。


「えー!?マジで!?ウチら従兄弟なのか!?やったね道理で気が合いそうだったんだ。良かったアンタを殺さなくて済んで。アオイだよ。ヨロシクね」


と。


 こっちも嬉しいね。あたしにも仲の良い従兄弟が一人できたみたいだ。


 そのやりとりを聞いていた叔父さんが口を挟む。


「なんだあ?殺さなくてじゃなくて、殺されなくてだろ?まさかお前ら、マジでコイツに勝てると思ってたのか?」


 アカネが割って入る。


「お父様、僭越ながら。確かにマシロとアオイはやられていますが、我々は三匹で一体の悪魔。姉妹揃えば間違いなく勝っていたと思います」


 アカネは不満そうな言い方をする。しかしそれを聞いた叔父さんはゲラゲラと大きな声で笑い出した。


「お前そらぁアレだよ。手加減されてたんだよ。だってコイツは、俺が一度も喧嘩で勝った事ないアネキと、同じくらいの強さだからな」


「え!?」


 三人姉妹が一斉に驚愕きょうがくする。叔父さんはちょいと大袈裟なんだ。


「やめてよ叔父さん。同じくらいだなんて。親子喧嘩で引き分けが多いってだけなんだから」


「!?」


 またまた三人一斉に。仲が良い。


「お父様のお姉さんてことは」


「間違いなくあの……」


「リリスおば‥お姉さま!?」


「そうだ。あの『夜の女王』だよ。メフィスト、今までアネキに何回勝ったんだ?」


「千回戦って半分くらいかな」


 それを聞いた三人はしばらくぼおっとしていたが突然揃って地面にひれ伏した。


「「「すいませんでしたー」」」


「コイツら三人揃って、昔アネキに殺されかけてんだよ」


 叔父さんはそう言いながらニヤついていた。いや、父親としてどうよ、その反応。


 まあ何よりお袋も酷いけどさ。


「それはそうとお前、なんだってこんなトコへ来たんだ?アネキは一緒じゃねえのか?」


「ああそうだった。ようやく本題に入れる」


 ここまで来るのに実に長かった。涙が出るよ。


「実は叔父さん、いつか地獄で話してくれた例のクスリが欲しいんだ」


「例のクスリ?なんだったっけなあ?」


 アマル叔父さんは地獄でも名の知れたドラッグ製作の第一人者でもある。ダウン・アッパー・ディープなどなど、なんでもござれの薬局屋ドラッグストア


「ホラ、アレだよ。若返りのクスリ。それと出来れば顔の造形を思いのままに変えれる様なヤツも欲しいんだけど」


「効いてる時間は?どんくらいだ?」


「恐ろしい呪いくらい、長いのがいいね」


「なるほど……若返りなら俺がたまに舐めてるヤツがあったなあ。顔の造形か……ちと待ってろよ。……そうだ!良いのがある!おいマシロ!俺の倉庫から522番と4894番を持ってこい。ダッシュ!」


 マシロは凄まじい勢いで走っていった。


「ところでよ。そんなモン何に使うんだ?」


「まあ色々とね。実は……」


 そう言いかけた時、絹を切り裂く乙女の悲鳴が上がった。


「キャアアアア!何してんですかこの変態ジジイ!」


「うふふふ。キミ。素敵なお尻してますなあ」


 見ると、アカネの尻を縦横無尽にまさぐっている源田げんだの姿が目に入った。


「なんだあ?あの二日前のチーズバーガーみてえな野郎は?」


「アレ、私の新しいご主人様なんだ」


 あたしがそう言うと叔父さんは特に驚いたふうも無く


「相変わらずお前は変わった趣味してんなあ」


と呆れ顔をした。


 こういうアマル叔父さんの男らしく無駄な口をきかないところがあたしは好きだ。


「殺す!貴様絶対に殺す!」


「怒った顔、魅力的だなあ」


「おーいアカネちん。それあたしのツレだから、殺さないでやって」


 源田はアカネの放つ衝撃波から器用に逃げている。


「メフィスト!決めた!この美少女との仲を取り持て!」


「えー身内はちょっと勘弁してくださいよ」


 ていうか、顔は全部同じなのになんでアカネ?色か?


 しばらくして、二つの瓶を抱えたマシロが戻ってきた。


「パパ!522と4894です!」


「おう」


 叔父さんは瓶を受け取ると、懐からナイフを取り出し中に入っている白い粉同士をテーブルにぶち撒けガシガシと混ぜ出した。


 最後にチロっと味見をして頷いたあと


「まあこんなモンだろ。オリジナルドラッグカクテルいっちょあがりだ。名付けて『今夜はブギーバック』だ」


 叔父さんは男らしくて最高カッコ良いんだけど、たまにちょいとセンスが古い。


「おい。あの脂肪ラードくんを連れてきな」


 叔父さんが源田を指差して言った。脂肪……ねえ。確かに!


 あたしはアカネにしがみつく源田をやっとの思いで引き離した。


「センセ。ロリコンも大概にしてください。あんなツルペタの何がいいんです?」


「うるさい!お前なんぞに彼女の造形美は理解できんだろ。花のように可憐。蝶のように儚げ。まるで春の夜の夢。それに比べてお前はなんだ。ゴツゴツと岩みたいじゃないか。無駄にデカい乳ばかり強調しおって。下品極まりないわ。発情期のメスゴリラか」


 本当にもうこのご主人様ときたら。あたしを退屈させないどころか、労いのお言葉だって忘れない素敵な方だよクソッタレマジデコロス。


「へいへい。ほんじゃま、こちらへどうぞ」


 そう言ってあたしは源田の首根っこを掴んで引きずっていく。


「わっ!?馬鹿者!もっと丁重に扱わんか!」


 源田は喚いていたけどあたしはシカト。面倒だねえ。あたしは面倒臭いのが大嫌い。


 叔父さんがいるテーブルまで引きずって来て側へ座らせた。


続く

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