第19話 三色姉妹 アカネ

気がつくと、少し離れた場所で我がご主人様こと源田一げんだはじめが先ほどのケツ振りダンサーたちと戯れていた。よく見ればケツ振りダンサーたちは小さい象の鼻の様な舌を源田の両耳に突っ込んで皺の寄った脳みそを吸い取らんとしているようだった。


 まあ正直大して中身も入っていない脳みそだろうと思い、助けるのも億劫だったのだがあの悪夢の世界から救い出してくれたのも悲しい事にこのスケベジジイの声。


 契約者マスターの声はどんな幻惑術をも跳ね除け下僕しもべを呼びつける。


 あたしは仕方なく立ち上がりダンサーの頭にデコピンして吹っ飛ばしてやった。


 源田は、助けてやったにも関わらずダンサーのネチョついた体液がついたとかで些か不機嫌だった。


「しかしセンセ。前に言ったでしょ。しっかりしないと、あんな雑魚中の雑魚みたいなヤツにまんまと喰われちまうって。センセともあろうお方が、あんな低級悪魔やられちゃ名が廃れますよ」


「ふん。だからこうしてお前を呼んだんではないか。お前こそなんだ。あんな発育途中の幼女なんぞに良いようにされおって。お前だって低級なんだろうに」


「ご冗談。ちょいと戯れていたんですよ」


「ふん。そうか。ならさっさと片付けろ。命令だ」


「仰せのままに。ご主人様」


 あたしは気合いを入れ直す。同じてつは二度と踏まない。


「おーい。盛り上がってるとこ悪いけど、あんまりウチをないがしろにしないでくれるかな」


 蒼い少女が再び両手を広げる。


「なんで幻惑術ダズルが解けたのか知らねえけど、もういっぺん夢の世界に招待してやるよ。今度は間違いなく帰って来れない。片道切符だ」


「なあお前さん。悪魔にとって、大事な物はなんだと思う?」


「ああ?大事な物?さあてね。人間の魂かな?」


あたしは今繰り出せる最速のスピードをイメージして自慢の脚に伝えてやる。


「そうだな。まあ普通の悪魔にとっちゃそうかも。だけどあたしにはもっと優先しなきゃいけない物がある」


「魂より大事な物?なんだあそりゃ?」


 あたしの脚は炎をまとい、プスプスと煙を吐き出し始める。良いね。イケる。その異常にようやく少女も気付くがもう遅い。


「おい!なにしてる!」


 あたしは一流の陸上選手の様に、美しくしなやかなスタンバイフォームをする。次の瞬間、あたしは時間と光を置き去りにする。


 恐らくその時のあたしは地上で最も速かったと思う。あたしは少女が振りまいてくる目に見えない鱗粉をスピードで振り払い、さっきボコッた巨大イノシシの所まで走ってきた。


「あ……なに……」


 イノシシはようやく意識が戻ってきたとこみたいだった。


「はろー。さっきはどうも」


 あたしはマシロの両足を掴んでかなりの勢いで振り回す。それはもう、ぶんぶんと。


「はあああああああやめえええええろお」


 そんな感じの事を言っていたと思うが何せ覚えていない。集中してたから。


 そしてしかるべき時がきた。スピードは十分についた。距離も、目標の位置も把握した。あたしは力いっぱい踏ん張り、両手を離して雄叫びを上げた。


「らあああああああああああ」


それはもう、砲丸投げの様に。


 あっけにとられていた有象無象連中の頭の上を通過し、マシロの巨体は空を舞っていった。そして見事、標的に命中する。


 物凄い音と煙が上がり、辺りは爆撃の直後の様な状態だった。


 しばらくしてそれら全てが去った後、せっかく意識が戻りかけたのに再びノビる事になったイノシシとその下敷きになり同じ表情で気絶した蒼い少女だけが残っていた。


 まったく、あたしときたら本当に人格者だ。あれだけいがみ合っていた姉妹がご覧の通り。仲良さそうに白目を剥いてる。


「あたしにとって一番大事なのは、ご主人様の命令なのさ」


 たとえそれがどんなにダメなご主人でも。どんなに無茶な命令でも。


「いやあ。やっぱりスポーツって良いものですね。センセも一緒に走り込みでもしませんか」


 あたしはひっくり返っていた源田に手を差し伸べるがやっこさんはそれを振り払って起き上がる。


「ふん。スポーツだと?ただの喧嘩じゃないか」


「何が違うんです?」


「知るかそんなこと!」


 何とも憎たらしいご主人様だ。


「そんな事よりいつここから出るんだ?お前は何しにここに私を連れてきたんだ」


 うっかり忘れてた。だから喧嘩は嫌なんだ。あたしはちょっと話をしたかっただけなのに。


 それにしても、あたしは解せない事がひとつあった。


 雑魚共はこいつら姉妹がドラッグを仕切っていると言っていた。紛いなりにも恐れられていたみたいだ。だけど、それにしては弱すぎる。


 一応これだけの悪魔がたむろする場所だ。揉め事だって少なくない筈。それなのにコイツらときたら、正直大したことない実力だ。そんな連中にこの場所が仕切れるとは考えにくい。


 何かがおかしい。


 あたしがしばらく考えこんでいた時、突然源田の悲鳴が上がった。


「ぐげえええええええメフィスドぉぉぉぉぉぉ」


 見ると、性懲りも無くまた悪魔に捕まっているようだった。しかし今度ばっかりは様子が違っていた。


「マシロとアオイがいつまで経っても帰ってこないので見に来てみれば、随分善良な匂いのする魂ですねえコレは。私の一番嫌いなタイプだ」


 源田をのど輪攻めにして片手で軽々と持ち上げているのは、今度もやっぱり浴衣の少女だった。少女は真紅に染まった浴衣と髪色、その目は恐ろしく冷たいブルーの瞳をしていた。


「うぉらあああああああ!テメエらあああああいつまで遊んでんだあああああああ」


 その後ろで仁王立ちした男が鬼の形相で立ち尽くしていた。悪魔なのに鬼の形相ってのもへんな話だけど、とにかくそんな喩えしかできないくらい、ソイツは恐ろしい顔をしていたんだ。



続く

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