第18話 三色姉妹 アオイ

「うっ……アオねえ……たすけて」


 イノシシのマシロは新しく登場した蒼い少女に助け求めている。


「なんだあ?おいマシロ、お前……」


 アオ姐と呼ばれた少女は怪訝な顔つきをする。マズい。そうか、コイツら姉妹だったのか。三色姉妹さんしょくしまいとか呼ばれていたのに気付かなかったなんて迂闊だった。


 こうなると相手は恐らく残り二人。


「アオ姐……アイツに……あの糞ビッチにやられたんだ」


 イノシシは手を差し出して助けを乞う。


が、しかし。


「ばーっはっはっは!んだよお前!ヤられてんのかよ!だっせーな!ばーっはっはっは!」


 蒼い少女はその手を払い除け大声で笑い出した。


「お前普段から力自慢とかしてる癖にパワー負けしてんじゃねえよ!マジでダサいなーお前!いいザマだよ」


 蒼い少女はたぶん自分の妹であるイノシシがボコボコになっているのが可笑しくてたまらないらしい。


 いやはや、実に悪魔らしいというかなんというか。


 少女は一通りイノシシを小突いたりケリを入れたりした後、一呼吸おいてあたしの方に向き直った。


「それでえ?このシロ豚ちゃんをこんなにしたのはアンタかい?」


 大笑いしていた顔とはうって変わり、かなり威嚇を込めた表情で詰め寄ってきた。


「あたしだよ。でも見たところお前さんは、このイノシシとは折り合いが悪いみたいだけど」


「確かに。で?それがなにか?」


「だったら仮にあたしがこのイノシシをちょいとナデナデしちゃってもお前さん的には問題ないって事だよね?」


「そうだねえ。まあコイツはバカで自信過剰でムカつくし?糞の役にも立たない奴で見張りくらいしかできないし?けどその仕事もまともに出来てないってんだからボコられてても何ら哀れむ気持ちはないわなあ」


「でしょうでしょう?だったら話は早いわ。あたしはオーナーに会いたいって言ってるだけなんだよねえ。この喧嘩だってそちらさんから売られたんだ。悪いけど、ここは穏便に済ませたい。一度全てをチャラにしてもらって、オーナーに会わせてもらえないかな?」


 あたしがそう言うと少女はしばらく考える表情をしていた。


「んー。それはダメだ」


「え!?」


「ウチ個人としては構わないさ。もちろんね。だけど歯痒いかな、我々は組織なんだ。それぞれに役割と責務がある。シロ豚をノシてくれた事には感謝してるよ。正直胸がスカッとした。しかしどんなにコイツがムカつく奴でも、組織の一員だ。コイツがアンタに牙を剥いたって事はつまり、アンタはウチの組織にとって害を為すとみなされたってこと」


 少女は両手を広げ前後に大きく動かし始める。


「それはつまりアンタはウチにとって、敵ってことだ。それはウチにとっても排除しなきゃならない相手さ」


 そのうちに不思議な事が起こった。


 少女の着ている浴衣は先ほどのイノシシのと同じ形をしているのだが、長く垂れた袖に模様が現れ始めたのだ。


 それはまるで巨大な金の目ん玉みたいな柄をしていて、見た者をヒドく憂鬱な気分にさせる模様だった。バサバサと、袖が空気にぶつかってイヤな音が辺りに漂う。


 周りでは雑魚な悪魔の有象無象共が取り巻きを始めた。


「おいおい。マシロの次はアオイが出てきたぞ」


「マジかよ。三色姉妹とガチでやる気かあの野郎」


「野郎じゃねえよ。女だ。見た事無い悪魔だな」


「ま、どっちが勝っても面白えや。やっちまえー!!キャットファイトだぁ!」


そんな声が聞こえてくる。


「外野は勝手で良いねえ。気分が楽だ。こっちはヤりたくてヤってるわけじゃないってのに」


「あたしもそう思う。なあ本当にヤらなきゃダメなのか?」


あたしは最後に問いかける。


「残念だけど、ウチはボスが怖いからな」


「そっか。それなら‥仕方ない!」


 あたしは言葉よりも早く前に飛び出す。


 とにかく先手必勝だ。


 さっきのイノシシみたいに余裕をかましてると要らないダメージを負いかねない。別に痛くも痒くもないんだが、そんなダメージは余計なものでしかない。


 あたしは蒼い少女の側面に回り込み、イノシシにくれてやったのと同じくらいのキックを打ち込んだ。


 少女はその間に身動きひとつとらなかった。


 まあ当たり前さ。とんでもない速さだったからね。手加減無しで初っ端から全力だ。


 確かに、手応えを感じた。筈だった。


 蹴りを繰り出した直後に少女の姿は消滅し、後には何ひとつ残っていない。


 いくらあたしの蹴りがヤバいからってコレはない。


 あたしの頭にひとつの考えが浮かぶ。


 そしてその推測を確信に変えたのは周りの状況の変化だった。


 あれだけ騒いでいた有象無象連中の姿も消えている。間違いない。


「コイツは幻惑術ダズルだな」


『いーねー。気付くのが速いよアンタ』


 どこからか反響した声が響く。幻惑術特有の現象だ。


「なるほどねえ。さっきバサバサやってたのはこっちに何か幻惑作用のあるモノを飛ばしていたワケだ。例えばそう、鱗粉リンプンみたいな何か」


『アンタ頭が切れるんだねえ。ご明察、と言いたいとこだがこっちも商売のタネだからそうは教えれない。それにもうそろそろ時間だ。お喋りはここまで。それじゃあ楽しんでくれ』


 次の瞬間あたしの周りにニョキニョキと草木が生え始めた。


 辺りには花の香りが漂い、鳥のさえずりが聞こえてくる。


 なんて幻覚だよ。糞サイテーだ。


 あたしはふと自分の姿を見やると、真っ白なフリフリドレスを身に纏っている。おいおいウソだろ。悪夢だ。頭がオカシクなっちまう。


 なんだかもう全てがどうでも良くなってきていた。


 あれ?あたしなにしにきたんだっけ?


 その時遠くから誰かが手を振って走ってくるのが見えた。逆光で顔がよく見えないが実に気持ちの悪いランランしたスキップだった。


 吐きそう。このファンシーさ。悪魔のメンタルを削るには抜群の効果だ。


『おーーーい!』


 声が聞こえてくる。


『おーーーい!』


 なんだか懐かしい声だ。


『おーーーい!メフィスーーーーート!』


 あたしの名前を呼んでいる。


「メフィスト!たすけてええ!メフィスト!」


続く

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