第15話 ヨハネ三番目の騎士
「それで?契約をしたからにはお前は私に何をしてくれる」
「さいですなあ。出来ることは何でもやりますが出来ないことはやっぱり出来ません」
「しっかり私を満足させろ。じゃなきゃ契約違反で魂の件は無しだ」
「解ってますよ。そう焦らんで下さい。ちゃんと人参をぶら下げといてくれれば、何万馬力だって惜しみません。」
「どうだかな」
源田は本気であたしが自分を満足させてやると思い込んでる。冗談じゃない。あたしの目当ては魂の堕落。それだけ。
「どうです。差し当たってはどんな冒険に出かける前にも必ず準備を整えてなくっちゃいけない。そのお身体に染み付いた余分な物を取り除かなきゃこれからのお楽しみが満喫出来ませんぜ」
「余分?ああ。この腹だな。脂肪というのは、この歳で落とすとなると結構激しい運動がいるなあ。私は運動はどうも……」
「ははは。ま、当たらずも遠からずですな。運動なんて必要ありません。もっとこう、長年身体に染み付いついた物です」
「なんだその余分な物とは?」
「老い、でございますよ」
源田はイマイチあたしが悪魔だって理解出来てない。というか悪魔の力の偉大さが解ってないようだ。
あたしは源田を促して外に出る。
まずは早急に源田の老いを取り除く為に向かわなきゃならない場所があった。
正確な場所なんて知らないが大体の見当はついてる。悪魔ってのは犬に化けなくたって鼻がきくもんなのさ。特に同じ悪魔の匂いにはね。
あたしは地獄のタクシーを呼び出す。
『送迎車を呼び出す歌~ローライダーズ~』
『ウァプラ、ウァプラ。聴こえているか。星が夜空を流れている。心臓を鳴らせ目を光らせろ。地獄の駿馬を寄越しておくれ。こんな夜を泳ぐんだから。中途半端じゃいけないよ。ヨハネの三番目を寄越せ』
けたたましい馬の鳴き声がしたかと思うと、目の前に真っ黒な大きな馬と天秤を持った死者の騎士が立っていた。
自分で走っても良かったが、源田を乗せてちゃ具合が悪い。あたしなりに気を遣って呼んだ送迎だ。
当のご主人様と言えば、驚くことさえないものの、なんでかすっかり怒っていた。
「なんだこんな物。こんな怪しいのの後ろに乗るのか。オマエな。悪魔なんだから空くらい飛んだりできんのか」
「解っておりませんねセンセ。あたしのスピードで空飛んだら溶けてバターになっちまう。センセは頭が溶けてんですから、身体くらいシャンとしてください」
「にゃにおう!!くぉらメフィスト!待てお前!」
源田は顔を真っ赤にして怒ってたけどあたしはシカトして御者に行き先を伝える。
「蛇の寝ぐらまで行ってくれ。正面につけてな」
御者は黙ってうなずく。
「待てというに!大体お前は主従関係というものを分かっとらんみたいだな。この際だか……」
あたしは言葉を遮る。
「センセ。悪魔の馬に乗る時は、無駄口を叩かない方が良いですよ」
「なに?」
「歯ぁ食いしばってください。その舌とオサラバしたいってんなら別ですがね」
そう言い終わらないウチに黒の馬は、身体の残像が見えるんじゃないかってくらいの猛スピードで走りだした。
「うぇいいいい」
源田は歯ぐき剥き出しで重力にやられてる。
「どうですセンセ!気持ちイイでしょ!?」
あたしはこの気持ちを共有しようと思って話しかけたが既に顔が肉塊の様な状態で喋れそうもない。
せっかくのドライブなのにそんな顔じゃ楽しめない。そこであたしはポケットからとっておきの一本を取り出す。
「まあまあセンセ。そう肩肘張らずに。もっとリラックスしてくださいな」
あたしは源田の口に紙で巻いたブツを咥えさせ火を着ける。こいつはあたしの
源田はしばらくゲホゲホやっていたがいつしかすっかり
「らぶあんどぴーしゅ‥」
新作はまだ改善の余地有りってとこみたい。
源田たちの教団本部かがあった場所からかなり離れた場所で馬はその歩みを止めた。
つまりここが、あたしの目的地。
まるでヨーロッパにある貴族の屋敷みたいな外見をしている建物がポツンと森の中にある。高さ四メートルはあろうかという巨大な鉄の門が、来訪者を選定している。
その門に掲げられた無機質なプレートに、でかでかとある文字が刻まれている。
「
ここで間違いない。
あたしは騎士と馬に謝礼を払い別れを告げる。奴らは煙と共に音もなく消えた。
グデングデンに延びている源田を引き摺りながら、あたしは片手で門を開ける。
少し歩いた後、これまたデカい玄関の扉が待っていた。
扉の前に看板が出ていてこんな事が書いてある。
◆◆◆
本日 DJイベント開催中
『door 2soul+1d』
『adv 1soul+1d』
◆◆◆
どうやら中に入るには料金がいるらしい。正直、こいうとこははじめてだから割引きはしてもらえそうもない。
あたしはしばらく延びたままの源田を眺めてから入り口をノックした。中から屈強なガタイの男がのっそり出てきた。
「料金は2soulです」
地の底から響いてきそうな野太い声。あたしは軽いノリで初見の客だと悟られない様にする。
「おひさ~ってアレェ?お兄さん初めてぇ?前の彼辞めちゃったの?」
「はあ。ゾルバンの事ですかね?アイツなら先々月売り上げチョロまかしてボスに灰にされましたけど」
「あっ……そう……」
誰だか知らんが可哀想なやつだ。
「いやそうなんだ。つうかぁあたしぃ、結構ここの常連でさ。実はオーナーとも知り合いなんだよね」
「え?ボスとですか?」
途端に顔色が変わる。どうやらここのオーナーはマジでヤバいヤツなのかもしれない。あたしは声を潜める。
「ホントの事言うとさ、今日もオーナーに頼まれて活きの良い人間を運んで来てんだよ」
「え?そうなんですか?うあ!ホントだ!汚ねえジジイですねえ」
「そうなんだよ。まあこう見えてもかなりピュアな魂だから。苦労したよ。生きたまま連れてくるの」
「ほええ」
男はすっかり騙されてる。
入り口を守っているヤツってのは、どこの世界でもバカの下っ端ばかりだ。
「ゾルバンの話。チョロまかしたってなってるみたいだけどさ。実際はあたしがオーナーの運び物持ってきた時、ゾルバンがあーでもないこーでもないってあたしを中に入れるのを渋ったワケよ」
「え!」
「そうそう。まあ結局ブツがオーナーに届くまで時間がかかってさ。そんでオーナーがあたしにブチ切れたからゾルバンの話をしたワケよ。その後、ゾルバンがどうなったかはあたしの知るところじゃないけど」
そういった瞬間、即座に扉が開いた。
「どぞ!アネさんどぞ!」
男は顔中に汗をかきまくってやがる。
「ありがと。オーナーに今回のドアマンは優秀だって言っとくわ」
「ざっす!」
優秀だよ。
しばらく暗闇を歩いた後、頼り無いロウソクの灯りが点々と壁沿いにあるのを見つけた。
どうやら下へ降りる階段があるみたいだった。あたしは相変わらず気絶したままの源田を引き摺り、階段を下りていった。しばらくしないうちに暗闇でも分かる程に、真紅に染まった扉が現れた。
そこにはごく古い言葉でこう書かれていた。
「また来たのかよ?だからお前はダメなんだ」
どうやら楽しめそうだなと、あたしは私かに確信していた。
続く
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