第14話 契約の時

あたしはしばらく源田を見据えていた。


 人間とっちゃあたしらは非日常以外の何物でもない。そいつを受け入れるかどうかで、その人間の器ってのが決まってくる。大きければそれなりに良し。小さければなお良しだ。


 源田はあたしの眼をずっと見続けていた。あたしもその視線から逃げずに見返してやった。


「普通に言われたら到底信じれない話だが、やはりその眼だ……その眼を見たら信じずにはいられない。その燃え盛る炎の様な眼を見て、昨日の黒犬がキミだったのかと合点がいった。キミは……本当に姿や形を自由に変えれるのか。」


「そんな事、なんですそれくらい」


 あたしは鼻で笑って瞬時に姿を黒犬に変えてみせた。


「どうですセンセ。納得いっていただけましたかね」


「信じれない。どういう構造の生き物なんだ」


「勘違いしてもらっちゃ困りますね。そんな人間ごときの尺度で測れるものじゃありませんぜ。人間よりずっと上位の存在なんだ。あまり深く考えないこってす。センセ」


「そ、そうか。それはすまなかった」


 源田は理解をしていたようではあったが納得は出来ていないようだった。


 まーそうだろうね。でもまあ、この状況にしちゃ上出来かな。


「謝ることじゃござんせんよ。初体験はみんな動揺するもんでさ。そんな事よりセンセ。今日は折り入ってお話があるんで、はるばる馳せ参じた次第なんです」


「はぁ。まあなんでも良いんだが、ひとまず人間の姿に戻ってくれないか。犬が喋ってると、自分の頭がオカシクなってしまったみたいでなんとも……」


「ありゃま。これは失礼。では」


 あたしはもう一度オンナの姿に戻って話を切り出す事にした。


「では仕切り直して。さっそくですが商売ビジネスの話をしましょう。突然ですが、センセは今ご自分の人生に満足されていますか?」


「商売だと?ワシの人生になぜ悪魔のキミが関心を持つんだ。放っておいてくれ」


「イヤですよ。そんな荒っぽい言い方したらオンナにモテませんぜ」


「どうだって良いだろうそんなこと。モテるとかモテないとか。実にくだらない価値観だ。そんな事で人間の価値が決まらん。若さに自惚れた連中の尺度だ」


「へえ。おエライセンセにもなると随分と達観されていなっしゃる」


「ワシは神の代弁者だからな」


「ふふん。まあいいでしょ。それでは名声はどうです。もっと多くの人から敬われたいとは思いませんか?」


「必要ない。例え大勢から敬われたからとてそれが何になる。一時的な集団の感情なんぞ、ただその場限りの共感に過ぎん。状況に流されているだけだ。心から人の尊敬を勝ち得るには、まず一人一人と向き合わないといけない。その結果大勢になることはあっても一度に多数を動かすのはそれこそ幻術まやかしだよ」


 なかなか手強いね。だがいつまで続くかな。


「では富は?贅の限りを尽くしたいとは思いませんか?人間は金というヤツで時間を具現化して取り引きしているんでしょう?時間だけでなく物の価値も金で表わしているとか。ならばその金というのがこの地上の理なんでしょう。そいつを思う存分手にし、自由に操ってみたいと思いませんか?」


「はんっ!悪魔だから期待してみたがなんて事はない。和具名や銀行の連中と大して変わらんじゃないか」


「なんですと?聞き捨てなりませんな」


「金が時間の具現化?価値の表れ?あんなもの、ただの代用品に過ぎん!物の価値は人それぞれによって変化するし、本当の時間はもっとずっと自由な物だ。金でどうこうできる物ではない。あんな物が真理などと、悪魔くんは世間知らずだな」


 源田はそう言って笑った。


「ならセンセはさぞやご自分の人生には満足されているんでしょうね?」


「うむ……満足しているさ」


 そうは言ったものの、言葉とは裏腹に表情は曇ってはっきりしない。


「そうは見えませんがね」


「キミのような悪魔に何が解る。人間は誰しも少なからず苦悩を抱えて生きているんだ」


「知ってますよ。それなりにはね。例えば、人生に苦悩してドラッグをキメてみたり。実に有意義な人生を送っていらっしゃる」


 途端にヤツはゲジゲジの眉毛をしかめる。


「いつから私を見張っていたんだ」


「さあて。商売の種はそうそう明かさない」


「ふん。だからなんだと言うんだ」


 さあて、最後の仕上げだ。


「解りませんかね。教えて差し上げるというんですよ。知りたいこと全部。叶えて差し上げるというんですよ。望むこと全部。デカい声で叫んでたでしょう。この世を突き動かす真理が知りたいと。そういう大いなる存在に会いたいと。例えばそら、神とかね」


 源田の顔色が変わる。


「神が、存在するのか!?」


「さあて。どうでしょう。」


「どうなんだ!教えろ!!」


「困りますよセンセ。あたしは商売の話をしにきたんだ。支払いがなきゃサービスは提供できない」


 源田は神の名を聞いた途端、お菓子売り場に来た子供みたいに落ち着きを失っている。


「解った。どうすれば良い。商売のはなしとやらを聞こうじゃないか」


「そうこなくちゃ。ではあたくしと、契約をしていただきたい。なに、ごく簡単な契約だ。センセがボスであたくしは奴隷。何でもお申し付けくだすって構わない」


「見返りは?」


「センセだって全くの素人トーシロじゃないでしょう?ほら、悪魔といえば。ご存知のアレですよ」


 そう言うと源田は右手を胸に当ててみせる。


「私の……魂か」


「ご明察!正確には魂の所有権です。センセが亡くなった後のね」


「どういうルールだ」


「ご説明しましょう。どんな願いでも叶えて差し上げます。センセの願いが叶うその日までアタシはセンセの奴隷です。そうして全ての願いが叶えられたら一言、『時よ止まれ。お前は美しい』そう仰ってください。それを合図に料金ツケの精算をいたします」


「もしも私がズルをして、その言葉を言わなかったら?」


「センセを信頼しております。それに……満足したら必ずそう言ってしまう。そういう風に出来てますから心配無用です」


 契約とはそう言うモノだ。悪魔の契約は必ず守られる。


「解った。お前と契約しよう。悪魔よ」


「よろしい!そうでなくちゃ!だが今後はメフィストと、そうお呼び下さい」


「解ったメフィスト。どうすれば良い?」


 あたしは懐から用紙を取り出す。


「こちらにサインと血判をいただいて、大声で一言ください」


「なんと言えばいい?」


「『メフィスト!今日からお前は、ワシの下僕だ!』と」


 源田はサインと血判をして叫ぶ。


「メフィスト!今日からお前は、ワシの下僕だ!」


「よろしい!ならばその願いを叶えて差し上げましょう。ではまず、最初の願いをお申し付けください」


「身を焦がすほどの熱い恋がしたい。この身が引き裂かれるほどの、情熱にまみれた恋が」


 笑っちゃうね全く。やっぱりなんだかんだやっこさんも男だよ。


「承知。ではこれを叶えて差し上げましょう」


 そうしてこの瞬間からあたしと源田一げんだはじめは主従契約を結んだ。


 ちょうどその時、時刻は十二時となり街は新しい日の誕生日を知らせた。


 折しもその日はクリスマス。遥か遠い昔の昔、源田とは別の、本当の神の代弁者と言われた男が誕生した日だった。


 ま、あたしらの物語にはあんまり関係ない。あしからず。


続く

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