第6話 酒場で一杯
そんなこんなで地上まで昇ってきた。
漆黒の夜が空を覆っている。久しぶりの地上。地獄にくらべると貧相だが、この空気は嫌いじゃあない。
しばらく見ないうちに、地上では背の高い建物がそこら中に生えていた。地上の様子見も兼ねて、建物の外壁を駆け登る。
あえて言うまでもないが、人間にはあたしの姿は見えない。見られると色々面倒だから。
黄金に輝くボブヘアー。スリムでエッジのきいたデザインの角。地獄の業火と同じ紅い瞳。褐色に焦げた肌。自慢は黒山羊の
背の高い建物の上に登って、あたしは愚かな人間のことを考えていた。
人間はいつだって空に憧れてる。手の届かない空を手に入れようと必死だ。だからこんな高い建物ばかり作っているんだろう。
そこからは地上の夜がよく見渡せた。
ふん。人間は醜いが地上は美しいね。悔しいけど。
しばらくは夜を背景に高いところをピョンピョン跳ね回ってたんだけど、すぐに飽きてしまったんで、まずは情報収集からはじめることにした。
情報と言えば酒場だ。
あたしは近くで寝ていたみすぼらしい男の姿を真似て変身した。
その足で、酒と人間の不満の臭いがする場所を探して歩きはじめた。酒場はすぐに見つかった。
「っしゃい」
ドアを開けると、狭い店内に二、三人の男が騒いでいた。あたしは少し離れたカウンターに座る。
「なんにしますね」
「任せる。美味い酒を。強いのをな」
「あい」
店主は口数が少なく気が利く男のようだ。ここは悪くない店らしい。馬鹿騒ぎの連中がいなきゃ、の話だが。
「ウェーイ!」
「ウェーイ!」
「素晴らしき世界にカンパーイ!」
いつの世にも能天気な阿呆はいるもんだ。大昔から人間はなんも変っちゃいない。
「そしてなにより、我らが偉大なる神の代弁者!
「ウェーイ!」
「プロシュー!」
だけどあたしはそんな阿保が大好きだ。どうやら早速大当たりをひいたらしい。
「お楽しみのところ失礼いたしやす旦那方」
あたしはみすぼらしい男の声で話しかける。
「ん?なんだオッさん。酒代ならめぐんでやらんぞ」
「いえいえそうじゃございやせん。旦那さん、先ほど源田一さんと仰っていましたが」
「バカもん!さんとはなんだ!猊下と呼べデコ助野郎!」
「こりゃ失礼を。では旦那方は信徒の方々で?」
「おうともよ」
「なるほどぉ。ではさぞかし名のある敬虔な信徒さんでしょうね」
名のある信徒ってのもおかしいが、こういう場合相手を持ち上げなくちゃ始まんない。
「よくぞ聞いてくれたなオッさん」
「マッシュ三平!」
「オルテガイ助!」
「そして俺、ガイア太郎。我ら『天空教マックスオメガ』の黒い三連雑用係よ!」
【天空教マックスオメガ】って教団名がダサ過ぎて、雑用係がインパクト薄れちゃった。
「そら失礼致しました。どうかお許しください」
「オッさん、物分かりがいいじゃねえか。さては信徒か?」
「いえ、あたくしは信徒ではないのですが、田舎で教団の評判を耳にしまして。ぜひ入信しようとはるばるここまでやって来たんでございます」
「そうかそうか。我らの評判も田舎まで轟いているか。がっはははは」
下品な笑い方だ。これが神の信徒だと。笑わせる。
「時に旦那さん。入信する前に、その源田猊下のことをもっと教えてくださいませんか?」
「なに?知りたいか?いいだろう。だがタダでは教えん。酒を奢れ」
「お安い御用です」
「よしよしよし。ならば教えよう。天空教マックスオメガは現在信徒三千人を超える巨大集団だ。その頂点にいるのが我らが源田猊下である。他の宗教とは一線を画す、まったく新しい視点から見た神の教えは、まさに最先端の宗教である!」
「えへん!元々は高名な宗教学者だった猊下は常に宗教の在り方に疑問を抱かれていた。そしてある日、猊下に天からのお告げあったのだ!それこそが天空教のはじまり!その日から猊下は、教えを説いてまわる預言者となったのだ!」
「オホン!今では全国に拠点を構える巨大な組織になった。しかし猊下は、それでも決して満足されることなく、日夜真理を追い求め探究の扉を叩かれ続けている!」
「すぐ近くに純白の大きな教会があるだろう?アレこそ我が天空教の総本山、
「美しく輝くあの教会のてっぺんの部屋で、猊下は毎晩我ら信徒の為に祈りを捧げておられる!」
「今夜も美味い酒が飲めるのは猊下のおかげだ!」
「源田猊下バンジャーイ!天空教マックスオメガバンジャーイ!」
「ウェーイ!」
「プロシュー!」
なるほど。元学者か。頭でっかちの世間知らずってことか。ヨシヨシ。
「なるほど。猊下は徳の高い方なんですねえ。しかし今までにない視点での宗教というのは具体的にどういう教えなんですか?」
「オッさん、質問が多いじゃないか。まあいい。俺も詳しく語るほどの学はないんだがな。なんでも神を信じ愛し、そしてそれ以外の全ても愛すということらしい」
「それが新しい?」
「いや、それだけじゃない。悪魔だろうが鬼だろうが関係なく愛する。それが源田猊下の説く新説だ。どうだ恐れ入ったか」
ふえええずいぶんとお花畑な理論だ。頭でフラワーマーケットでも開いてんじゃねえのか?
「でも最近じゃ、2番手にいる
「ああ、特別修行のこったろ。噂だよあんなの。カルト教団じゃあるまいし」
残念!キミたちはカルトです!あー笑いたい。こらえるのが辛いよ。
しかし、なるほど。源田猊下の天空教はどうやら一枚岩じゃないらしい。
やっぱり酒場に来てみるもんだ。これだけ情報がありゃ十分だ。そろそろお暇しよう。
「いや旦那方。ありがとうございました。それではあたくしはこれで失礼します」
「おい待てよオッさん。そりゃねえだろ。もうちょっと付き合えよ」
「そうとも!朝まで飲み明かそうぜ!」
「いえいえ結構です。もう十分飲みまましたから」
あたしがそそくさと帰ろうとすると、連中は顔色を変えた。
「おい!テメエ!先輩が帰るなって言ってんのに何無視してんだ!許さねえ。三平!ガイ助!
「「了解!」」
奴らよっぽど酔ってんのか三人が縦に並んで襲いかかってきた。相手にするのも面倒臭かったので指をパチンと鳴らして思い思いの幻覚を見せてやった。
「踏み台にしやがった」とか「マチルダさん」とか訳の分からんことを叫んでる間に、あたしはそそくさと店を後にした。
会計はもちろん、奴らもち。
続く
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