第5話 神と暁の娘

 突然、三大天使たちのさらに上から、威圧と情愛に満ちた禍々しい光が差した。


『ミカエルよ』


 よく通る威厳のある声。しかも大天使長ミカエルを呼び捨てにする。


『あとガブリエルとラファエル』


 神が降臨した(声だけ)。


『皆いないじゃないか。一体何処へ行ってるんだ。僕、さみしんだけど』


 呼ばれた三大天使は揃ってすくみ上がった。


「主よ。お待ちください。すぐに御傍へ戻ります」


「御許しください。さぞ、御退屈でしょう」


「もしあれでしたら戸棚にバームクーヘンが入っておりますよー」


『ホントに?でかした!』 


 神がバームクーヘン食べるかはおいといて。


 神との対話で連中に隙が生まれた。僅かに歌で創られた光の檻に綻びが生じたので、あたしはその隙間からすぐさま飛び出した。


「あっ!コラっ!」


 めざとい中間管理職が大声をあげたが時は既に遅い。あたしは奴らにケツを向け、神との会話に挑戦してみる事にした。


「はろー。ご主人さま」


「下郎!だれの許可をうけて主に話かけている!この狼藉者が!」


 当然、天使長は怒髪天だ。


「カタい事いうなよ。ご主人がわざわざお出ましになっている。普段から下にも気にかけてくださっているんだ。お礼くらい言わせろよ」


『ミファエル。ふぁんだこの声ふぁ』


 神はバームクーヘンをモグモグやりながらあたしに興味をもった。

 

「悪魔でございます!お耳を貸さぬよう!」


『悪魔?ふーん。懐かしいね。まだ生き残ってたんだ』


 神からしたら悪魔あたしらは過去の遺物らしい。


「このたびは、ご主人さまの御使いに紛れてお話させていただきました。いやはや。上品な言葉が苦手でして、御使いの方々から凄い目で見られております」


『構わん。好きに喋れ。面白そうだ』


「恐悦至極」 


 あたしはべーっと舌をだして、天使に中指をくれてやった。最高にスカッとした。


『それで。なに用だ悪魔よ。ミカエルを差し置いても何か僕に言いたい事があるんだろ?』


「あーさいですなあ」


 世間話がしたかった、なんて通じる相手ではない。まあ良い。口先はあたしの一番の武器だ。


「ご主人様のお耳に入れたいことがございます」


『ほう』


「かねてより論争の種になっている魂の浄化作業、その必要性でござます」


『というと?』


「人間は現世で苦悩しております。貴方様が信仰の光を与えなければもちっとマシな生き方もできたでしょうに。奴らはそれを理性だと言い、しかし根本がただのケダモノでしかない。理性と本能の狭間で奴らは苦しんでいる」


『なんだと?』


「つまり、あれらの魂は産まれながらに悪なんでございますよ」


『ぬかしおる。私と真逆の事を言うではないか』


 そう。神曰く、人間の魂は産まれながらに善であり、信仰を捨てなきゃ、どこからでもやり直しがきくそうだ。


「つまり我ら悪魔は日夜、現世で魂にへばりついた欺瞞と偽善を、拷問という名の浄化作業で取り除き本来のカタチに戻してやってるんです」


 同胞達から喝采がおきた。


「産まれながら悪ならば天国でいくら御説教を授けたとて、無駄でございます。毒を持って毒を制す。それが奴らには一番かと」


『なるほど、そこに帰結するか。ふむ。確かに一理ある』


「お戯れを!」


 天使長が慌てふためく。まあ無理ないさ。実はあたしもオドロキ。


『だがな。生まれてから死ぬまで、善の魂の者もいる。それも確かであろう』


「それは、ご主人様の教育の賜物たまものです。本性はやはり、ただのケダモノで」


『では根っから善なる魂の者はいないと?』


「魂が善に一時的に染まる事はあっても、根本が善である者なんていやしない」


『なぜそう言いきれる?』


「奴らは生きているからでさ」


『なに?』


神との対話もいよいよ終盤だ。


「人は生きている限り、利己的にならざるを得ない。それは生き物みな同じです。だが奴らは、自己犠牲などと偽りの仮面を被っては、本能に抗えず苦悩している」


『なかなか面白いことを言う』


「奴らは嘘付きの見栄っ張りで、ご主人様のお創りになったこの世界を蝕む害獣だ」


『人間も私のものであり、また世界も私のものだ。どうなろうとお前のしったことではない』


「仰る通りです。だがあんまり哀れで見てられんのです。もし偽りなく、善なる者がいると言うなら是非教えていただきたい」


『ならば悪魔よ。人の子、源田一げんだはじめを知っておるか。』


「失礼ながら、存じませんな」


『私の自慢に下僕だ。見るが良い』


 その声と同時に、地獄の炎にデカデカと映像が映し出される。そこには民衆の前で偉ぶった胡散臭いデブのおっさんが神について説教していた。


「随分変わった下僕ですなあ。豚が服を着てるのかと思いました」


 神の冗談ってやつか。コイツは死んだら絶対に地獄こっちで会えるタイプだ。


『奴は真に善なる魂の者だが、まだ現世で迷っている。だがいずれ、必ず我が元に来る』


 その時あたしを閃光が貫き、最高の閃きが舞い降りた。


「ご主人様、ひとつ賭けをしませんか?」


『賭けだと?』


のってきた。話が分かるおひとだ。


「その下僕とやらを手懐け、誘惑してやって、人間の本性を暴いてみせますよ」


『ほう。貴様にできると。あの汚れなき魂を地獄へ堕とすことができるとな』


「造作もありません」


『いいだろう。そうしたければするが良い。お前のいう説と僕の説、どちらが正しいか決めようではないか』


「ありがたい。ヤツが地獄に堕ちたらあたしの勝ち」


『200日かけても魂が天国を向いていれば僕の勝ちだ。精一杯あやつの心を引きずり回してみるがいい』


「時間はかからない。賭けはいただきだ。勝利のご褒美は今後いっさい、天界は地獄に干渉しないこと」


『図に乗りおって。だが、まあいいだろう。だがもしもお前が負けたなら、今度こそ悪魔は全滅させてやるからな』


 流石は神だ。賭けのレートが理不尽だ。だけど、尻に火がつくくらいでなきゃ、遊戯ゲームは面白くないってね。


「ようがす。取り引き成立ですね」


「そんな!主よ!悪魔と取引だなんて」

 

ミカエルは嘆いてる。いいざまだ。最高。


「身内の蛇はまんまとリンゴを食わせましたからね。今度はあたしが手柄をあげる。さて、そうと解ればさっそく地上へ行かなくちゃ」


『身内の蛇だと?』


その瞬間、神は何かを訝しんでいたが、既にあたしは地上への入り口に飛び込もうとしていた。


『待て悪魔の娘よ』


「何か?今更止めたいとは言わないでしょうね」


『そうではない。お前、名は。名はなんという?』


そうだった。大勝負の際には名前を名乗らないと。あたしは見えない相手に恭しくお辞儀をして答えた。


「地獄の姫、あかつきの娘、メフィストフェレスで御座います。以後、御見知りおきを」


そう言って、あたしは神が用意した地上への入り口に飛び込んだ。


あたしはとっても暢気に構えていた。


これからアイツとの長い長いお遊びが始まるだなんて、その時は想像もしていなかったから。


続く

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