「ちゃんと説明しますから落ち着いて下さい。二人とも無事ですよ」

「見れば分かるわよ!」

 そこへサグメの父、ミカゲがスタスタとやって来てケンの方を向いて言う。

「あの子も無事だ。どうして警察が捜索中の少女を連れているのか、納得のできる説明をしてもらおうか」

 私はドキリとした。ユラを見ると真っ青な顔で服の裾をぎゅっと握っている。

「ケン、お願い。ユラを助けて!」

 ケンは頷く。

 校長が溜め息を吐きながら戻って来たのと同じ時に、どこからかパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 何もできない私はユラに駆け寄り、ギュッとその手を握る。

 握り返される手が震えていた。

 そこでケンが言う。

「どうやら落ち着いて話のできる場所が必要なようですね」

 それからケンはキョロキョロとし、近くに倉庫を見つけるとその扉にいつものお玉で光を当てる。

「さぁ、こちらに来て下さい」

「倉庫で話をするのか?」

 ミカゲがケンに文句を言うけれど、私はユラの手を引いて倉庫の前まで行く。

 動かない大人たちに「神様の言う事を疑うんですか?」と言ってやると、渋々とやって来た。


 私たちの目の前でケンが倉庫の扉を引くと、中にはいつも見ている台所庭があった。

「ケン、これって台所庭?」

「そうだよ。勝手口を増設したと思ってくれたらいい」

 私たちが中に入って行く時、校長先生は「警察を案内する」と言って走っていく。

 ケンはそれを尻目に扉を閉める。

「ケン、閉めちゃっていいの?」

「いいんだよ。僕は警察官じゃないからね」

 風がいつもより強く吹いている。

 私はユラと手を繋いだまま、ケンの次の言葉を待っている。

「さぁ、まずは情報を共有しましょう」

 ケンがそう言った瞬間、頭の中にたくさんの映像や言葉が流れ込んで来た。


『子育てに疲れている私の手伝いをするのよ。感謝してるでしょ?』

『なんで働かなきゃいけないんだ。俺はもう逃げたっていいくらい十分に働いたさ。誰か俺の誇りを守ってくれよ。そして逃がしてくれ』

『そんな事を気にしないのよ。今までもずっと家族だったでしょ? 血は繋がっていなくても、サグメとお父さんは親子なのよ』

『子供が気にする事じゃない。さっきの人たちは仕事の話をしに来ただけだ。闇取引の一件や二件なんだって言うんだ。裏があるから表が輝くんだ。なぁ、分かるだろう? サグメ』

『俺さっき見たぞ! お前がわざと花瓶を割ったのを』


 たくさんの言葉に交ざって、歪んだ表情で怒鳴り声をあげるユラの母親を見た。

 ソファーに寝転がってスマホを弄りながら、俺の誇りを守れと言っているユラの父親を見た。

 私が怪物の中から見た映像も。

 サグメの父親は目を吊り上げて怒っているスーツ姿の男の人たちに囲まれ、それから分厚い封筒を渡した。

 サグメの母親とサグメは通帳を開きながら話をしている。

 その中でサグメの父親はサグメの勉強机の上に置いてあった手紙を読み、ポケットにしまった。


 全ての言葉や映像が落ち着いた時、私たちは台所庭で何も言えずに立ち尽くしていた。

 どういう事だと今にも怒鳴り散らしたいのに、得た情報があまりにも多くて詰まってしまうのだ。

 その中で一番初めに声を上げたのはサグメの母親だ。

「サグメの遺書を隠したのね⁉ 出しなさいよ!」

 父親、ミカゲは何も言わない。それが遺書と言った母親、ミチネの言葉を肯定している。

 ミチネが掴みかかりると、ミカゲは諦めたように鞄から手紙を出した。

 さっき映像で見たものだ。そこには確かにサグメの字が並んでいる。

『汚い。とっても汚いの。お母さんが男の人に甘える声も仕草も、お父さんが得た地位もお金も、とっても汚い。それらでできた私が一番汚いです』


「こんなもの、お前に見せられる訳ないだろう」

 ミカゲが言うと、ミチネは黙ったまま涙を溢す。

 その姿が、私は不思議で仕方ない。この人はサグメに酷い事ばかり言って苦しめ、好きな学校にも金がかかると言って行かせないような人なのだ。

 サグメが自殺してからひと月だと言うのに、嘘ばかり並べて知らない男にべったりと甘えた女なのだ。自分が死なせたくせに。

 私はミチネが泣いている姿に苛立ちが抑えられなくなり、飛び出す言葉を止められない。

「どうしておばさんが泣くの? サグメを虐めてばかりいたくせに」

 ミチネはキッと私を睨み付け、反論する。

「私は口が悪いのよ! 大体ね、女が女でいて何が悪いのよ! 私は九十歳になったって女よ! 何よ、あんただって女なくせに。何が男女平等よ。くそっくらえだわ! ちやほやされたいくせに! 女が差別される職種だってあるじゃないのよ。私はただ全力で女でいるの。それが汚いですって? だったら何になれって言うのよ!」

 それからミチネは、サグメは客との子だと言った。父親もそれは知っていたと。

 そして私は思い出していた。あの日、サグメの母が飲んでいたスープを。

 後悔ナスと渇望キノコのスープ。

 もしかするとサグメの事を、後悔していたのだろうか?

 何を渇望していると言うのだろうか? 

 そう思うと、なんだか責める気になれなくなった。

 ミカゲが言う。

「子供だと思って何も教えなかった。遺書を読んで私が死なせたのだと気付いたよ。けれど学校で先生に嫌われていると聞いた事があったのを思い出し、思わずそちらに矛先を向けてしまったのだ」

 俯いたままのミチネに、それでも謝る気になれないでいると、ミカゲが続ける。

「こいつは下手なんだ。こんなんでもサグメを守ろうとはしていたんだ」

 下手だからと言って許される事ではない。もうサグメはいないのだから。それでも少しだけ、本当に少しだけ報われた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る