六
それから話はユラの方に移る。
「つまり、お前は母親を殺してしまったから自殺しようとしていたのだな?」
ユラにそう聞いたミカゲを、ミチネが止める。
「あんた何を見てたのよ。殺したのはこの子の父親だったでしょ?」
「いや、しかし……」
このまま話しているとどんどん絡まっていってしまいそうで、私は言葉を探しながら言う。今度は棘のない言葉を。
「話していても、仕方がないと思う。最後は自分で考えて、乗り越えるしかないんだから」
すると、私の言葉を合図にしたようにケンが手を叩いた。
「それぞれ情報は十分ですね。皆さんがやらなければならない事はただ一つ。乗り越える事です。そしてここは感情が自分で姿を決めてしまう台所庭。この先にはあなた方の絡まってしまって解けない感情がいます。それと向き合い、浄化しに行きましょう」
その言葉に私は首を傾げる。
「ケン。でもユラのは……」
殺意は浄化できない、とユラの前ではっきり言えずに口ごもる。それでもケンにはちゃんと伝わったらしい。
「本人なら浄化できるんだ。前向きに生きる気持ちがあればね」
自分の感情を浄化するのに必要なのは生きる覚悟。そう聞いてサグメの両親は「そうか」と歩き出した。釣られて私とユラも歩き出す。
私はミチネに聞く。
「あんまり驚かないんですね。よく分からないとか、何それとか言わないんですか?」
「私もこれで三回目の神々の七日間だからね。慣れたわよ」
「あぁ」
さっきの事もあって言葉が続かない。するとミチネの方から言った。
「ありがとう。ごめんなさい」
「え? いや……私の方こそ、生意気なこと言ってごめんなさい」
「いいのよ。サグメにも怒ってくれる友達がいたんだから、十分よ」
それから私たちはユラのこれからの話をする。
ミカゲによると、ユラは警察に捕まる事はないらしい。ユラは中学一年生だから、どこかの施設に行く事にはなるだろうけれど、という話だ。
「問題は情報が漏れないかという事だ。どれだけ隠そうとしても、近所から話は漏れるものだからな。実際、今日も大騒ぎで捜索していたんだ。もうある程度の話が伝わっているかもしれない。遠くの施設に行き情報操作を……」
そこまで言って、ミカゲはウッと言葉を詰まらせる。
「汚い手を使うのでも、今のは汚いとは思いませんでしたよ」
私が言うと、そうかとだけ言ってまた歩き出す。
歩いていると、ユラは声を上げて泣き出した。
怒られ、責められ、罵倒されると思っていたのだと言った。人殺しと言われ殴られ蹴られ、いつかは自分も同じように殺されると思っていたのだと泣く。
皆うまく生きられなくて絡まってしまうのだと思う。悪く見える人が悪い人だとは限らないし、酷い事をする人が悪い人だとは限らないのだ。
そんな風に思えるようになった私は、少し成長したのかもしれない。
サグメの事も、忘れる事はないけれど楽しい日々を想いながら、前を向いて生きるくらいはしていいのかもしれない。
下を向いている事がサグメの為になるとは思わないから。
私たちがケンに案内されて着いたのは、ドロドロで足が取られてしまう沼地だった。
グネグネとした幹を伸ばす木々のぽつぽつと見える、暗い場所だ。
「ここにいるのね? どれよ?」
ミチネがケンに聞く。ケンは藻の合間にぽっかりと開いた穴みたいな水面を指さす。
「あそこにミカゲの絡まった感情がいます。ミチネの感情はそこの木の洞に、ユラの感情はすぐ足元の水底に」
言いながらケンは私を抱きかかえて宙に浮く。
「ちょっと! どこに行く気なのよ! 神様なんでしょ? 手伝わないの?」
ミチネだ。ケンは三人に告げる。
「僕は手伝いません。僕ができるのはあなた方が感情と向き合った後の最後だけです。危なくなったら助けますから、まずは向き合って下さい」
ケンは本当に手伝うつもりはないらしく、言い終わると私を抱きかかえたまま更に上へと距離を取る。
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