四
風が吹き、虫が鳴き、山羊が草をはむ。
表面上はなんて事ない風景だけれど、耳を澄ますと聞こえる。
鈴虫は「イヤイヤイヤ」と鳴いているし、カエルは「聞けよ、聞けよ」と言いながら跳ねている。ネズミが木の枝でひっくり返り「大変だ、大変だ」と鳴いている。
よく聞くと、山羊は鳴いているのではなく溜め息を吐いていた。
「ここって、こんなに不気味な庭だったっけ?」
「ん? 何のことだ?」
「え? んん……何でもない」
ピンと来ていない様子の雑兎に、思わず言葉を飲み込んでしまう。
もしかすると初めからそういう場所だったのかもしれないのだ。私が気付いていなくて、勝手に素敵な場所だと思っていただけかもしれないのだ。
そう考え、私はトトリの灰色の感情の姿を辿る。
だいぶ奥まで歩いて木戸も小さくしか見えなくなってきた頃、トトリの作った灰色の道は小さな池の所に続いていた。
池の周りは一面の灰色。水の中も灰色の藻で埋め尽くされており、水面にまで伸びる灰色の草。まるで水墨画みたいになっている。
その中にふらふらと揺れ動く、胴の短いひまわりに似た花が咲いていた。それももちろん灰色だ。
そこに目と口らしい物があって、じっとこちらを窺っているとあれば気にもなるだろう。
口があるのだ。種と種の隙間から、確かにチロチロと舌が見えている。
口があれば話も出来るかもしれない。そう思って話しかける事にした。
「あの、ひまわりさん」
「見ないで!」
ヒマワリは私の声にそう叫んで返した。
「ごめんなさい。見ないから、トトリのいる場所を教えてくれない?」
「またそうやって私を把握しようとするのね! もうやめてよ! 私の何もかもを所有しようとしないで! 見ないで、来ないで、聞かないで!」
「ご、ごめんなさい! ちょっと落ち着いて」
ヒマワリはひと通り騒ぐと、池の藻の上を器用に歩いてどこかへ行ってしまった。
「なんだ、ありゃ?」
雑兎が驚きながら、今までひまわりがいた穴を見る。
「あれなら分かるよ。トトリ、ずっとお母さんに監視されてたみたいだから。ほら、昨日の話にもあったでしょ?」
「あぁ、そうだったかもな。しかし、どうするよ? 次の道が見つからねぇぞ」
そうなのだ。目の前は一面の水墨画。道らしいものが見当たらない。
「ひまわりさんには悪いけど、後を追ってみる?」
「まぁ、感情は本人の所に戻りたがるかもしれないしな。見つからなかったら、またここに戻って来て探せばいいだろう」
そうして池の反対側からその奥へ向かうと、緑色の砂利道があった。そこを這う蔦には、灰色の実が付いている。
「これもトトリの実かな?」
「まぁ、灰色だしな。食うなよ?」
しゃがんで実をもぎる私に、慌てて雑兎が言う。
しかしもぎった実はフシュッと音を立てて萎んでしまう。空っぽなのだ。
「感情が、空っぽなの?」
「そうかも知れないな」
「ダメ……ダメだよ! 急がなきゃ!」
私はあの日のサグメの、空っぽな顔を思い出してその蔦を掴む。
グイっと引っ張ると、砂利道の先にぽっかり空いた穴に気付く。蔦はその中に続いているのだ。穴の中で何かが呻く。
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