三
ケンはいつもと同じ緑の着物を着て、射るような目付きで立っている。それは店にいる時とは明らかに違う雰囲気で、思わず身がすくむ。
そして自分が、ケンが昼間に何をしているのか全く知らない事を思い出す。
昨日、トトリの母は本当に良い神様なのかと聞いたのだ。あの人の言葉を信じるつもりなんてないけれど、あの時ケンは言い切らなかった。
黒い何かがぞわぞわと蠢く。
自分の中で不安がムクムクと膨らむのを感じて全力で逃げ出すと、雑兎も付いて来ていた。
走って走って、遊具のある広い場所に出るとやっと息を吐く事ができた。
「あ、あれ……なんなの?」
グデンと仰向けに倒れ込んで息を整える雑兎に聞くと「知るかよ」と震える声が返ってくる。
「危ない神様じゃないと思ってたけど、そこから疑った方が良かったのか? なんだよ、あれ……。あれが何かなんて俺の方が知りてぇよ」
信じられるはずだ、信じたい。そんな風に思っても、さっきの光景が不安を煽る。
「そうだった……。取りあえずケンの事は後で考えよう。今はトトリを探さなきゃ」
「まぁ……そうだな」
しばらく私たちは声を出せないまま、公園内を探した。
トトリの荷物も落とし物もなく、それどころか公園には人がいた気配すらない。
そこへ昨日の、腰に刀を差した神様が現れる。
「ねぇ、神様。トトリって男の子がどこにいるか知らない? 昨日もここにいた男の子なんだけど」
刀の神様は顎に手を当て、険しい顔をして唸る。それから私の目を見て、また考え込む。
「あの、知らないならいいの。ありがとう」
私がそう言うと、刀の神様は指で池の方を示す。それから歩き出した。ついて来いと言う事らしい。
そうして辿り着いたのは、いつものあったか亭だ。
「え? ここにトトリがいるの?」
頷く刀の神様。私は身の震える思いがした。ケンは何をしているのだろうかと思わずにはいられない。
そして震える手で雑兎を抱きかかえ、刀の神様にお礼を言う。
「教えてくれてありがとう。私がここに入る事、ケンには内緒にしておいてね」
そして入った台所庭は、昨日までとは違う草木に覆われている。
灰青色のグネグネと這い回る蔦、灰桜色の汁を滴らせるパックリと割れた実。
まるで一本、道が伸びるように灰色がかった草木や花が続いているのだ。
「ねぇ、雑兎。これを追ってみようと思うんだけど」
「俺もそれがいいと思うぞ。しかし胸がざわつく色してるよな」
「そうだよね。どんな感情を持ったら、こんな色になるんだろう? ケンは、どうやって感情の名前を知ってたんだろう?」
歩き出せずに私が考え込むと、雑兎は答える。
「そりゃあ神様だからな。この台所庭の主だし、分かって当然だろうな」
「そっか。同じやり方じゃダメって事だね。私がそれを知るには……食べてみる、とか?」
「食う勇気あるか? 腹壊すぞ」
そうは言ってもトトリが心配な私は、灰青色の葉を一枚だけ千切り口元に運ぶ。
何のニオイもしない。葉っぱ特有のあの青臭いニオイもない。
私はその葉っぱを噛んだ。とても苦い味がする。味と言えるのはそれだけで、あとは吐き気がするだけ。
「どうだ?」
雑兎が聞く。
「なんか、気持ち悪くなった」
「ほらな。だから止めたんだ。なんでもかんでも口に入れるんじゃねぇよ。他人の感情だぞ。お前の感情じゃねぇんだぞ?」
「分かったよ……。でも、結局トトリの何の感情だったのか分からなかったな」
「コヤネ、それはおかしいぞ」
雑兎は、昨日の赤い柿を思い出せと言った。
確かにあの柿を食べた時『隠さなきゃ、隠さなきゃ』と思ったのだ。嘘や隠し事が嫌いな私は、その気持ちに抗うようにケンに「食べた」と打ち明けた。
「あれが感情だったのか。それなら今の葉っぱは、ただ気持ち悪くなっただけだよ」
「気持ち悪いってのが感情か? まぁ、とにかく追うぞ」
「うん……」
店の木戸から離れて奥へ行くのは初めてだ。
けれど今は早くトトリに会わなければならないと感じているし、この不気味な感情たちの姿が私を急かす。
それに、ケンへの不信感も私の足を奥へと進めてしまうのかもしれない。
私と雑兎のザクッザクッと歩く音がやたら大きく頭に響く。
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