二
アパートの周りには二台のパトカーが止まっていて、野次馬もまだ多い。
それは部屋の中から聞こえる、トトリの母親の発狂のせいだろう。これでは近づけないし、こんな所にトトリはいないだろうと思い、私は少し離れた所から心配そうに騒ぎを見ている神様たちに近づく。
その中で艶やかな紫の着物のおじさん神様と、人魚のような見た目の女神様に声を掛けた。
「ねぇ、神様。あそこの家にいたトトリって男の子を知らない?」
私を覗き込むように浮遊する神様たちが二十はいる。その全員が目を見合わせて、悲しそうな、困ったような顔をした。
「ここは良くない。おかえりなさい」
「あの子は大丈夫」
「でも……」
「怖くないよ」
結局、神様たちは私と雑兎が何を聞いても帰りなさいと言うのだ。
何も分からないまま私たちはその場を離れたけれど、納得なんかしていない。
「これから昨日トトリと行った場所に行ってみようと思う。全部ね」
「それしか無さそうだな。神様たちが大丈夫って言ったって、今はってだけだもんな」
「そうだよね。それに、トトリの父親がなんで死んだのかも分からないし、ケガさせられてないかな? アルコール依存症ってどうなっちゃう病気なんだろう……」
「考えるより動け。行くぞ」
トトリの会社に行くと昨日の女の人がいて、同じように掃除をしている。
「すみません」
「あら、昨日の。どうだった? あの後ちゃんと行けた? 道に迷わなかったかしら?」
「はい。昨日はありがとうございました。それで、昨日の男の子なんですけど、今日ここに来ませんでしたか?」
「え? 来てないけど。どうかしたの?」
「いえ……ありがとうございました」
私は質問には答えず、慌ただしく頭を下げて逃げるように走る。
次に向かったのはお昼を食べたコンビニ。それから警察署の周りで神様に聞いてみて、ゴミ捨て場にも行った。
けれどトトリはどこにも居ない。
「次はどうするよ?」
「トトリと最初に会った場所に行ってみる」
亀池公園は広い。
公園の周囲をぐるりと竹林の遊歩道が囲っていて、全体は瓢箪のような形をしている。いつものあったか亭のある屋台広場は瓢箪の小さい方の端っこにある。
その下の狭くなった繋ぎ目の部分にはみっちりと池があり、そこに赤い橋が架かっている。そのすぐ下は猿やフラミンゴ、孔雀やロバなんかの動物が少しいて、辺りは様々な梅の木が立ち並ぶ小道になっている。
その下の公園の端にあるのが、トトリに会った遊具のある公園だ。
私はあの時と同じように、竹林の中からそこへ向かう。
けれど整った道は歩かず、野良猫が縄張りにしている藪の中へ入る。隠れるのなら、明るい場所よりはこっちだろうと思ったからだ。
けれどトトリは見当たらず、代わりに可笑しなものを見た。
黒い煙だ。けれど、私から出たあの黒さとは違ってもっとドロドロと、ギトギトとした煙だ。夜の中でも際立って黒いだろうと分かる黒さは異様だ。
「雑兎。あれ何か分かる?」
「いや、分かんねぇな。感情……なのか? 台所庭でもないのにか?」
私たちはスルスルとどこかへ向かう煙の後を追う。そこには巨大な生き物のような黒い塊が蠢いていた。
吸い込む空気が重く、排水溝のような臭いがする。
一人きり布団の中で耐える夜のような、夜明けの直前に帰ってくる母のような雰囲気で、掃除機の袋の中身にそっくりだ。
その中心にケンがいる。
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