三日目


 目が覚めると、私は自分の部屋に寝ていた。外はだいぶ明るくて父の足音も聞こえている。朝というには少し寝すぎたみたいだった。

 さわやかとは言えない、三日目の朝だ。


 私は子供だから危ない事には関わらないで、という事なのだろう。そんなケンの言いたい事も分かる。でも無理なのだ。

 トトリの母に、私やサグメの母と同じものを見てしまったから。

 サグメの部屋の戸を開けた時の、あの日の光景が頭から離れない。

 トトリとは出会ったばかりだとか、そういう事ではないのだ。

 助けなければ、家庭からトトリを逃がさなければ同じ結果が待っていると思えて仕方がない。

 慌てて震える足で思い切り布団を跳ねのける。すると「うわっ」と呻き声が聞こえた。

 起き上がって見れば、ベッドから落ちた布団の中で雑兎が憮然としている。


「よぉ、コヤネ」

「おはよう……私の監視役?」

「おぅ! ケンにはそう言われたな」

 雑兎は返事をしながらタンタン、と足で床を叩く。そしてニヤッとして私に質問をする。

「なぁ、コヤネ。恐怖の種って、何だかわかるか?」

「種? 何が元かって事? それなら雑兎の恐怖はあの時の……」

「そういう限定的な事を聞いてるんじゃねぇんだよ。いいか? 刃物を向けられた時とか嘘がバレそうだとか、恐怖には色々ある。そいつらを突き詰めて、余計なものをどんどん削ぎ落としていくと、恐怖ってのは知らないって事が種になってんのがほとんどだ」

 雑兎はぴょんぴょんと部屋の戸の前へ移動する。

「知ってても怖い事は多いよ」

「そうか? 相手の感情が読めなくて、相手が何をするのか分からなくて、何が出るのか分からなくて、何を話したらいいのか分からなくて、どう動いたらいいのか分からなくて怖いんだろう。知らないと対処ができないからな」

 何もできずに待っていることほど怖い事はないだろうと、雑兎は言う。

 そこで、やっと雑兎の言いたい事に気付く。

「一緒に探しに行ってくれるの? 雑兎、ケンに怒られるんじゃない?」

「俺の感情が恐怖だと知っていながら監視役にしたあいつのミスだろう」

「そっか……うん。ありがとう」

 そして私は適当に着替えて部屋を出る。

 居間ではお父さんが無表情で珈琲を飲んでいた。その横を通り過ぎる私をちらりと見るけれど、やはり父から何か言葉を発する事はない。

「……行ってきます」

「あぁ」

 まず私たちは、トトリの父親のアパートに向かう。その道の途中で雑兎が言う。

「それにしても、サギリは相変わらずだな」

 サギリとは父の名前だ。私は溜息を吐いた。

「あの人は誰とも関わりたくないんだもん。もうあれは直らないよ」

 父は私が母に理不尽な事で怒鳴られていても、その横で珈琲をすすっているような人なのだ。


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