六
ふんわりと雨の舞う夕方の少し前、店に来たのはショートヘアの女の人だ。
ケンが「いらっしゃいませ」と言って席を立つと、女の人はその席に座る。
その瞬間にはすでに女の人から何らかの感情である煙が出てきて、台所庭に入って行った。
それを見つめるケンが眉間に皺を寄せる。
「何よ、あれ?」
女の人が苛立った声で聞く。履いている靴のヒールを地面にカンカンと打ち付ける女の人は、薄っすらと汗をかいていた。
「失礼しました。当店でお出しするのはスープだけになります」
「そんな事はどうでもいいのよ! あなた神様なんでしょ? 黒羽の神様に聞いたらこの店に行けって言われたのよ。助けてほしいの。息子が行方不明なのよ」
女の人は怒鳴るようにして言った。
今日、二度目の行方不明だ。どうなっているのかと思ったけれど、それどころではない。
「あの、警察には連絡したんですか?」
「したわよ! 信じてもらえなくて追い返されたから困ってるの!」
女の人は、私の問いに息を荒くして答える。
けれどケンは険しい顔をして黙ったままだ。
どうしてだか分からないけれど、間違いなくケンは怒っている。
「息子さんは大丈夫ですよ。あなたが会ったのは天狗ですから探してくれていますよ。話をしながら待ちましょう」
神様に大丈夫と言われれば、女の人も納得して頷いた。
ふと見ると、私の右隣りに座る雑兎が震えている。
「どうしたの?」
聞いてみるけれど、雑兎は何も答えない。仕方がないので、私は雑兎を撫でながら事の成り行きを見守る。
神様はいつも通りに店の説明をして、感情を収穫しに行く。少ししたら帰ってくるのだろうと思っていると、行ったそばから帰って来てしまった。
しかし、背負った籠には野菜が入っている。
「まったく……携帯を忘れて行くなんて信じられない。ずっと部屋にいるみたいだから出かけたって言うのに。こんな時間までどこに行ってるのよ」
女の人はブツブツと独り言を言い続けている。
「息子さん、いつから行方不明なんですか?」
「分からない……分からないのよ。あの子が携帯を忘れて行くから位置が調べられないのよ。いつから居ないのか見当もつかないわ。一緒に朝食は食べたけれど」
私が聞くと、女の人は最初より少し落ち着いた様子で答える。
「朝食って、今朝のですか?」
「そうに決まってるでしょ! あぁ……あの子が携帯さえ持って行ってくれたら着信履歴も発信履歴も、電話の内容だって分かるのに。何考えてるのよ……」
それを聞いて、私は次の言葉に詰まってしまう。
それはつまり、息子の携帯を盗聴しているという事ではないかと思ったからだ。
「なによ?」
女の人が私の様子に気付いて睨み付ける。
「い、いえ。息子さん、まだ小さいんですか?」
「十一歳よ。私と二人だけの家族だから、大変なのよ」
「そうなんですか。でも……」
やりすぎだと言おうとすると、また睨まれた。
「はい、どうぞ。残さず飲んでね」
そう言って、ケンが私に同じ『悲しみ鳥と寂しさトマトのスープ』を出す。
その表情は昨日までと同じで柔らかかったので、少し安心する。
私はスープを飲みながら女の人の話を聞く。
「砂場では素手で遊んでいないかしら? 病気になってしまうからと何度言っても、私がいないと素手で遊んでしまうんだから。どこに行ってしまったのかしら? 遊び過ぎて時間が分からなくなっているのだと思うけれど、ご飯は何を食べたのかしら? ちゃんと産地を確認してから食べたかしら? あぁ、心配だわ」
この人の息子はそんな事を強制されているのかと思うと、思わず同情する。
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