ふんわりと雨の舞う夕方の少し前、店に来たのはショートヘアの女の人だ。

 ケンが「いらっしゃいませ」と言って席を立つと、女の人はその席に座る。

 その瞬間にはすでに女の人から何らかの感情である煙が出てきて、台所庭に入って行った。

 それを見つめるケンが眉間に皺を寄せる。

「何よ、あれ?」

 女の人が苛立った声で聞く。履いている靴のヒールを地面にカンカンと打ち付ける女の人は、薄っすらと汗をかいていた。

「失礼しました。当店でお出しするのはスープだけになります」

「そんな事はどうでもいいのよ! あなた神様なんでしょ? 黒羽の神様に聞いたらこの店に行けって言われたのよ。助けてほしいの。息子が行方不明なのよ」

 女の人は怒鳴るようにして言った。

 今日、二度目の行方不明だ。どうなっているのかと思ったけれど、それどころではない。

「あの、警察には連絡したんですか?」

「したわよ! 信じてもらえなくて追い返されたから困ってるの!」

 女の人は、私の問いに息を荒くして答える。

 けれどケンは険しい顔をして黙ったままだ。

 どうしてだか分からないけれど、間違いなくケンは怒っている。

「息子さんは大丈夫ですよ。あなたが会ったのは天狗ですから探してくれていますよ。話をしながら待ちましょう」

 神様に大丈夫と言われれば、女の人も納得して頷いた。


 ふと見ると、私の右隣りに座る雑兎が震えている。

「どうしたの?」

 聞いてみるけれど、雑兎は何も答えない。仕方がないので、私は雑兎を撫でながら事の成り行きを見守る。

 神様はいつも通りに店の説明をして、感情を収穫しに行く。少ししたら帰ってくるのだろうと思っていると、行ったそばから帰って来てしまった。

 しかし、背負った籠には野菜が入っている。

「まったく……携帯を忘れて行くなんて信じられない。ずっと部屋にいるみたいだから出かけたって言うのに。こんな時間までどこに行ってるのよ」

 女の人はブツブツと独り言を言い続けている。

「息子さん、いつから行方不明なんですか?」

「分からない……分からないのよ。あの子が携帯を忘れて行くから位置が調べられないのよ。いつから居ないのか見当もつかないわ。一緒に朝食は食べたけれど」

 私が聞くと、女の人は最初より少し落ち着いた様子で答える。

「朝食って、今朝のですか?」

「そうに決まってるでしょ! あぁ……あの子が携帯さえ持って行ってくれたら着信履歴も発信履歴も、電話の内容だって分かるのに。何考えてるのよ……」

 それを聞いて、私は次の言葉に詰まってしまう。

 それはつまり、息子の携帯を盗聴しているという事ではないかと思ったからだ。

「なによ?」

 女の人が私の様子に気付いて睨み付ける。

「い、いえ。息子さん、まだ小さいんですか?」

「十一歳よ。私と二人だけの家族だから、大変なのよ」

「そうなんですか。でも……」

 やりすぎだと言おうとすると、また睨まれた。

「はい、どうぞ。残さず飲んでね」

 そう言って、ケンが私に同じ『悲しみ鳥と寂しさトマトのスープ』を出す。

 その表情は昨日までと同じで柔らかかったので、少し安心する。

 私はスープを飲みながら女の人の話を聞く。

「砂場では素手で遊んでいないかしら? 病気になってしまうからと何度言っても、私がいないと素手で遊んでしまうんだから。どこに行ってしまったのかしら? 遊び過ぎて時間が分からなくなっているのだと思うけれど、ご飯は何を食べたのかしら? ちゃんと産地を確認してから食べたかしら? あぁ、心配だわ」

 この人の息子はそんな事を強制されているのかと思うと、思わず同情する。

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