六
どれだけもしないうちに、雑兎と神様が戻って来た。神様の背負う籠には水色の鳥が一羽と、灰茶色のトマト、それから赤い麦が穂の姿のまま入っている。
雑兎はちょこんと私の隣の席に座った。その安心した様子から、何か聞けたのだと分かる。
籠を下ろしながら神様が言う。
「ただいま。ちょっと時間かかっちゃったかな。兎がとても怯えていたよ。ごめんね。先にいろいろと話さなければいけなかったよね」
「私、そんなに待ってないよ。入ったと思ったらすぐに帰って来たから。だってほら、まだ煮付け食べ終わってない」
「そう。よかった。ちゃんと時間はズレているんだね」
神様はふわりと笑って、鳥をまな板の上に乗せる。
「ちゃんとズレているって、どういう事?」
「食材を調達しに行く時だけ、この店の時間がゆっくり進むようにしたんだよ。鳥を捕まえるのなんて待っていられないでしょ?」
相手が神様だというだけで、こんなにもおかしな話に納得できてしまう。
いつの間に捌いたのか、神様の手元ではさっきの鳥がスーパーで売っている姿になっていた。それをあの大鍋に入れる。
「あそこは台所であって庭らしいぞ」
雑兎が言う。私が聞き返すと得意げに続ける。
「席に座るとその人間の感情が台所庭で何かの形になるんだ。それから、こいつは茶碗の付喪神だってよ。人間と話せる七日間に店をやろうと準備していたらしいぞ」
「そうだったの。それなのに私が開店前に来ちゃったんだね」
「そういう事。もう聞きたい事はない? 何でも聞いてよね」
心配そうな顔を私に向けながら、神様は皿に盛り付けられた琥珀色のスープを差し出す。その美味しそうな匂いに、私は空腹を思い出した。
「もう出来たの? ほんの今まで肉は鳥の姿をしていたのに」
「まぁ、神様の庭で採れた食材を神様が料理するんだから、ちょっとした不思議はあるよねって事じゃ、ダメかな?」
神様の不安そうな表情に、思わず笑ってしまう。
「いいよ。美味しそう。いただきます」
「どうぞ。悲しみ鳥と寂しさトマトのスープだよ」
「えぇ……もっと美味しそうな感情はないの? ある訳ないか。私の感情なんだもんね」
私が俯くと、神様が答える。
「コヤネの愛は可愛らしい犬になって、はしゃぎながら走って行ったよ。感情を食べるという行為はね、想いを咀嚼する事。噛み砕いて知り、気付き、飲み下す事なんだ」
だから美味しそうな名前の感情は食べる必要がないのだと、神様は言う。
私はスープを飲む。悲しみ鳥を噛み砕き、寂しさトマトを舌で感じる。とても美味しいのにほろ苦い味がした。
――サグメを助けられなかった悲しさと、家族の中に私がいないみたいな寂しさ。
そんな感情があったのだと、スープを飲みながら気付いた。それからもう一つ。なんだか酷く空っぽで大きな感情がある事に気が付いた。
けれどそれが何なのか全く分からない。ただ不気味に大きい感情が私にこびり付いている事だけは分かる。
「あれ? さっきの麦は?」
ふと思い出して聞くと、神様は「入っているよ」とだけ答える。
そこへ聞き覚えのある声が聞こえて来た。
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