五
『皆さん! もう間もなくですよ! まもなく深夜零時。日付が変わり、神々の七日間が始まります! この国に坐す神々が姿を現される奇跡の七日間が始まります!』
それを聞いて、私は何とはなしに外に出る。いや、ここも外なのだけれど、元の亀池公園のあったか亭の方へ戻る。
『太鼓の音も鳴りやみました! では行きましょう! カウントダウンです! 十! 九! 八! 七! 六! 五! 四! 三! 二! 一!』
ドドン! と、どこかで花火が揚がった。
私は奇妙な店で、奇妙な神々の七日間の始まりを迎えた。スマホを止めようとカウンターの前に立つ。
すると目の前の厨房に、見知らぬ男の人が立っていた。
見た目は父と同じくらいか、少し若く見える。ススキ色の髪に緑の瞳で、瞳と同じ緑色の着物を着ている。
その男の人は「いらっしゃいませ」と言った。
「神様……?」
私がそう漏らすと、男の人はホッとするような笑顔を向ける。
「もうばれちゃったの? 何か食べていってよ。お金はいらないからさ」
「お金、いらないの?」
「うん。だって神様はお金を使わないし、必要ないんだ」
「本当に神様なんだ……」
思っていたよりも普通の人だ。透けてもいないし、キラキラもしていない。言われなければ気付かないくらい、どこにでもいる人間だ。けれど感じる。
何と言えばいいのか難しいけれど、神様の周りに新鮮空気の層があって、それがカウンターを隔てていても香ってくるのだ。いるだけで空気が澄むみたいで、この人は間違いなく神様なのだと分かる。
「ほら、座って」
神様に促されて椅子に座る。開いたままの木戸が目に入った。
「あの……ごめんなさい。勝手に中に入ってしまって」
「いいんだよ。僕は最初から見ていたからね。火を止めてくれてありがとう。それから君も出ておいでよ。恐怖兎くん」
神様が声を掛けると、戸の向こうからさっきの雑兎が顔を出した。
「自分からまな板の上に乗る食材がいるもんか」
雑兎が震えながら悪態をつく。それを神様は笑って抱き上げた。
「そうだよね。怖いよね。君はコヤネの恐怖だものね。大丈夫だよ。話せる子は珍しいけれど、初めてじゃないんだ。話せる子はね、感情の持ち主が向き合おうとしている子だから食材にはしないんだよ。だから君は食べない」
「ほんとかよ……」
神様は宥めるみたいに雑兎を抱きしめて撫でている。
「あそこは、どこなの?」
「店の台所だよ。うちの台所ではね、勝手に感情が自分の形を決めてしまうんだよ。それを見つけて調理して出すのが僕の役目。コヤネの他の感情も、そろそろ形になっているはずだよ。すぐにあったかいスープを作ってあげるから、ちょっと待っててね」
言いながら神様は、雑兎を私の膝に乗せる。そして、優しくしてあげてね、と言った。
「神様のスープ?」
「そう。僕はスープしか作れないからね。あ、でも一つだけ」
神様は流しの下から小鉢を出して、ゴソゴソと何かを盛り付けはじめる。
出てきたものは花の蕾と、種のような物の煮つけだ。
「可能性蕾と種の煮付けだよ。それを食べて待っていてね」
「可能性って?」
「その蕾も感情なんだよ。じゃあ行ってくるね」
そう言って神様は木戸の向こうへ消えて行った。残された私と雑兎は目を合わせる。
「まったく情報が足りねぇよな。俺ちょっと行って来るわ」
雑兎は言い終わらないうちに膝からぴょんと降りる。
「神様を追いかけるの? 待っててって言われたのに、いいのかな?」
「だってお前、知りたいだろう? 知らないって事はそのまま恐怖に繋がるんだよ。ほら、見てみろ。俺の尻尾。さっきよりモサモサだろうが」
可愛らしく振られるお尻を見ても正直なところよく分からなかったけれど、私は頷く。そうすると満足したように、兎は台所だと言われた広い庭に入って行く。
可能性蕾と種の煮付けは、甘辛いキャベツみたいな味がして美味しかった。
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