三
「こんばんは」
おずおずと声を掛けてみるけれど、客も店員さんも誰もいない。
「すみません」
やはり誰も返事をしない。
店はカウンター席が八つと、樽に丸太椅子のテーブル席が一つの小さな店だ。
カウンターの向こうには流しとコンロがあって、コンロでは大鍋が陽に掛けられている。
その隣に古びた木の扉がある。木造りの持ち手以外はささくれ立っているような扉だ。今も使っているとは思えない。
座るわけにもいかなくて困っていると、鍋が噴きこぼれてジュウっと音を立てる。
私は思わず中に入り、慌てて火を止める。鍋の中には透き通った飴色のスープがあった。
ふと流し台を見ると、奇妙な野菜が置いてある。
桃色の茄子に、白いキュウリ、青いカブだ。その横のザルには紫の花の蕾がたくさん入れてある。
「誰かいませんか?」
お腹が空いている私はその奇妙な野菜をどうしても食べてみたくなり、店の人を探しに辺りをうろつく。けれど、やっぱり公園には誰もいない。
何となく怖くなり、私はスマホをカウンターに立てかけてテレビ番組を流す。同じニュースだったけれど、音があるだけで少し落ち着いた。
大きな音でニュースを流しながら、私はカウンターに座って待つことにする。
どうせやる事なんてないのだからと肘をついているうちに眠ってしまったらしい。
目が覚めると零時まであと三十分に迫っていた。やはり誰もいない。
『さぁ、神々の七日間まであと三十分に迫りました! 色々な方にインタビュしてみましょう。こちらの方は何と、今日の為に神職の養成所に通われたそうなんです! 凄い意気込みですね。この七日間はどう過ごす予定なんですか?』
『天照大神様に会いたい一心ですよ! 各地の神社を巡ってご来光を拝むために山に登るんです。それから天照大神様と一緒に朝日が見られたら最高ですよ!』
『ありがとうございます。次はこちらの外国のご家族にお話を聞いてみましょう。こんばんは。どちらからいらしたんですか?』
『フランスです。しかしこの混雑にめげそうですよ。お会いできるのでしょうか?』
『大丈夫ですよ。日本は八百万の神々の国ですからね。どこにだって神様はいらっしゃいますから絶対に会えます! もう少しですよ!』
『ありがとう』
『さぁ、あちらでは太鼓が鳴りはじめましたよ! ちょっと行ってみましょう!』
スマホから聞こえる声や伝わる熱気と、自分のテンションの違いに驚く。
初めての神々の七日間。期待していないわけではない。それでも、神様たちは魔法を使うわけではないのだと分かっているから溜め息が出てしまう。
時間は元には戻らないし、復活の呪文なんて物もないのだ。
それでも神様に会って、頼んでみたいとは思っている。
私の誕生日は三日後、七日間の四日目だ。生まれた時にはそれは多くの神々がその場に集まって来て、まるで自分が世界中の祝福を一身に浴びている気がしたと、恍惚とした表情で母が話したのを覚えている。
それにしても、と思う。
鍋を火にかけていたのだから戻ってくるつもりなのだろうけれど、いつまで経っても誰も戻ってこない。
少し焦れてきた私は、古びた木戸に手をかける。
木戸を引くと、ふわっと森の香りがした。濃い草や土の香り。
不思議に思って手を止めるけれど、思い直して一気に戸を開ける。
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