第71話 隷従破り

長い、ながい夜が明けた。

昨日までは多くの森林に囲まれていた野営地周辺は焼け焦げた森と化しており、一部ではまだ火がくすぶっている。


「うわぁ……こうしてみると案外、私たち派手にやり過ぎたかな?」

「今更、お前がソレを言うのか? ハニー」

「ハニーとか言うな! 気持ち悪い」

「うっ……ただでさえ、王国の使者を追い払うだけで心を抉られたというのに――エリカ、お前っていう奴は……」

「実際、事実じゃない? まぁ、でも……『アレ』は色濃かったし、お疲れ様」


言い過ぎたかとも思った私は首を明後日の方向へと向けながら、すこしだけ感謝を述べる。今朝、私たちが居た森で何が起こったのか、調査をするべくやってきた王国の使者は、本当にえぐかった。


『森が延焼したのはなぜだ!? どういうことなんだ!?』

『いや、だから……何度も言っているが、これは魔物がやったもので――』

『奴隷がやったのではないか!? あぁ、そうか。奴隷がやったんだな!』

『だ・か・ら~魔物が――』

『奴隷だな!』

『あぁもう、アンタ人を聞く気があんのか!?』


ウェイドとひらすら押し問答をした挙句、何が何でも功績を残して帰りたかったらしい使者には小一時間ほど状況を説明して帰っていただいた経緯があった。


「ただ、あの使者……間違いなく、公爵の影響下にあったんだろうね。ああも報告する内容を捻じ曲げたかったっぽかったし」

「だろうな。最低限、自分たちに優位になる話を持って帰ってこいとか言われていたんじゃないのか? それこそ、それが出来なかったら――」


ウェイドはそう言いつつ、右手で首を斬るジェスチャーをして見せる。

ぶっちゃけ、奴隷を戦場に送り込んでくる連中だ。考えられなくはない。


そんな意見に賛同するようにリリアナも声を漏らす。


「公爵家の連中なら考えられそうな話よね。ルグラス家の名はこの前のスコット公爵の粛清で彼等には名が知れているし、面白く思っていない連中も多いだろうからね」

「また権力、権力かぁ……。そこまでして守りたいものって……」

「それは人それぞれでしょうね。まぁ、でも大概がお金や地位とか、そんなところが関の山なんだろうけど……それこそ、そんなことを考えるだけ無駄よ。ねぇ?」


リリアナは肯定を求めるようにウェイドへ視線を向ける。

彼はその視線を受け入れるように頷く。


「そう、考えるだけ無駄だ。今はとにかく、前に進まなきゃ話にならん」

「そうだね。あの使者にも『前に進軍する』とは伝えちゃったしね」

「ああ、そういう意味では――奴隷たちをどう説得するか……だな。一様、考えはあるにはあるんだが……エリカ、何かいい案は無いか?」


急に問われた私は目線を少し下げて考えを回す。

奴隷の雇い主がウェイドではない以上、命令で従えるという案は実行不可能だし、奴隷からの開放を条件にしたところでウェイドと敵対関係にある公爵家が奴隷の譲渡などしてくれるはずがない。


「正直、言って何も……。取れる行動はどれもこれも、ウェイドにとってかなり厳しい選択を取りざるおえないものだと思う。私が仮に奴隷たちの前で話したところで一介の冒険者である私に説得できる材料はないからね……」

「だよな……。俺も考えていたが、やはり嘘を付いて説得するしかないか。例えば、『この戦いに勝てば奴隷から解放される』とかな。それでもだめなら俺が『公爵家のオーダー』を使って悪役を引き受ける」


可能なら騙す手は使いたくないし、傷つけたくもない。

だが、最早やむ終えない気もする。とにかく、八方塞がりなのだ。


「……すごく、胸が痛い決断だけど、ここで私たちが潰れたら」

「俺たちの理想が遠くなるし、生きて帰れる可能性も低くなる」


その言葉に場に居たグファ―たちもやむ無しという顔つきに変わり始める。結局のところ、楽には終わってくれないのだ。空気がお通夜の状態へと変貌していく。


「――なるほど? ふん、話は聞かせてもらいましたよ! エリカさんっ!」

「え? この声――あっ! フ、フレンシアさん? それにみなさんもどうしてここに?」


声のする方向へ目を向けてみれば、フレンシアさんと防衛隊としてフレストを共に守り抜いたアレスさんやナーズさん、ルダークさんが立っていた。


そして、そんな中、フレンシアさんは私たちの前にデンッと立つ。


「ウェイド公爵、お初にお目にかかります。私はフレストギルド本部で受付嬢をしていますフレンシアと申します。私はギルド側の人間――いいえ、クラン『優しき女神』のエリカさんを補佐するギルド職員の立場として提案したい事があります」

「提案?」

「はい。奴隷下に置かれている人たちに関しての提案です」


ウェイドがこちらをチラリと見てくる。まるで、この女は信用しても良いのかと言わんばかりだ。でも、彼女ほどギルドで頼りになる存在は居ない。私がこくりと頷くとウェイドはやれやれと言った感じでフレンシアさんに目線を向ける。


「いいだろう。話してもらう。君の言う提案というやつを」

「では。んんっ――奴隷の方々に冒険者証を発行してクランに所属させてください。そうすれば、奴隷への最高権限はクランに移行されます」

「え? 待ってまって、フレンシアさん! 奴隷の契約主が絶対じゃないの?」

「エリカさん、その制約は絶対に間違いはありません」


そういうフレンシアさんは少しだけ口角を上げる。


「でも、エリカさんも感じての通り、どの国でも身分階級はあります。だから、それを逆手に取った案なんです。奴隷の彼らが『冒険者となって王命のクエストを進行している』という事実さえ出来上がってしまえば、その最中に妨害しようとしても、それは無効化されます。もちろん、これはクエストの進行中だけの限定で、とてつもなくイレギュラーな策です」


そして、少し目線を鋭くしながら私たちを見る。


「もちろん、これを実行へ移すとなるとお二人には責任が伴います。これは半ば、今回の一件に関わる公爵家を全て敵に回すと言うことにも繋がります。また、先ほども言ったように奴隷の方々の安全が保障されるのはクエスト中だけです。それ以降は契約主に全権が戻ります。つまり、殺されかねない状況にもなるかもしれません」


その言葉に全員が眉間にしわを寄せる。

万が一、その状況になったら私たちは殺し合わなくてはならなくなる。

でも、ウェイドだけは考え方を変えていた。


「――なら、そうさせなければ……いいや、そうできない状況にしてやればいい。ふんっ、腹ゲーは俺の十八番おはこだ。心配するな。そういう君はこんな事を発案してタダで済むのか?」

「いいえ、恐らく解雇されるかと。それも覚悟の上です」

「そんな……フレンシアさんがそこまで――!」

「エリカさん、ありがとうございます。でも、私は最後まで私を貫きたいんですよ。あなたみたいに」


ニコッと微笑むフレンシアさんに思わず、ハッとさせられてしまう。そして、後ろに立っていた三人も、覚悟が出来ているようで横から声をねじ入れてくる。


「俺たちも奴隷をクランに引き入れる。別にお前らだけが背負い込む必要はない」

「ああ、俺たちが陽を浴びていられるのもお前たちのおかげだからな」

「そうだ。アンタが居なかったら俺たちは野垂れ死んでいたかもしれんしな。期待してるぞ。『優しき女神』のエリカ」


グッと目頭が熱くなるのを感じてくる。私に向けられた言葉たちを無駄にしたくないと思った。全員をグルッと見回した私は決意を込めるように、確かな声でしゃべる。


「やろう。私たちには後ろを向くなんて似合わないもんね。犠牲を出さないなんて理想論はもう言わない。でも、これが終わったらみんなで打ち上げをしよう。絶対に、絶対だから」

「ああ、そうだな」

「お~じゃあ、私はゴチになりますね、あははっ!」


場が少しだけにぎやかになる。正直、この言葉にどれだけの意味があるのかなんて分からない。だけど、私は確信している。この時から『全員が魔王軍との全面対決を前に心を一つに進み始めた瞬間なのだ』と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る