第70話 夜襲
「おいおい、何が起こっている!」
「これはさすがに……ますい、エリカ! 退路も断たれたみたいです」
「くそっ……グーファはリリアナを起こして!! やっぱり、こいつら何か違う!」
私たちの目の前には魔物たちがうじゃうじゃと溢れ、ここを包囲するかのように動き出す。しかも、魔物の癖に盾と剣を持ったスケルトンナイトが前衛に立ち、その後方からゴブリンが火矢を多数、射ってくる。
「わ、わわ!! ――っ」
数多の火矢が飛来し、避け切れいないと思った私は咄嗟に目を瞑る。
しかし、弓矢が降下してくる音は一向にしない。目を開けて見ればそこには青い魔術結界が張られており、矢が滑り降りてくる。
「そっか、これってリリアナとロイドさんの魔術結界か!」
「でも、あくまで防げるのは遠距離だけよ! 注意して!」
「状況を報告しろ!」
リリアナとグーファ、そしてウェイドが戦場に駆け出てくる中、依然として火矢を何十回と渡って放ってくる。きっと、結界の効力切れを狙っているのだろう。
「ちっ、こうなったら突破するしかない。このまま包囲されて結界まで解けたら終いだからな――!」
そう語り、戦場へ号令を出した最中、兵士の一人が声を荒げる。
「魔物が退却! 魔物が退却していくぞ!!」
「は? なんだと!? 魔物如きが舐めやがって! ――とにかく、防衛体制をひけ! 夜明けになり次第、前進するぞ」
ガンっと机を叩きつけたウェイドは疲弊からか、冷静な判断力を失っているようにも見えた。しかも、悪夢はまだ続く。魔物たちが退却してから1時間ごとに魔物は姿を現し、弓矢を放ってくる。
「もう我慢の限界だ。夜明けまで待ってられるか! ある程度、アイツらの数を減らすぞ!」
「待って、ウェイド! 今のアンタは冷静さを欠いている! 相手は森の中なんだから罠があるっていう可能性も――」
「ないだろ! あいつらは俺らを休ませないためにあんなことをしているんだ」
そう言い放つウェイドに私は反論が一切できない。
実際、彼の言う事は正しい。夜襲をする最大のメリットは奇襲だが、何度も姿を現し、無駄に弓矢を放ってくる行動からして。『相手に休息を与えない』という側面が大きい気がする。
「っ――だとしたらさ? ウェイド、私に作戦があるの。聞いてくれる?」
「作戦? この状況を打破するにはあいつらを倒さないと――」
「そう、全員を残らず……ね」
ニコッと私が笑いながら耳打ちをするとウェイドは『マジか』という顔つきになる。その後、私たちは『あるモノ』を森の中に散布して待機した。そして、数十分後に魔物たちはまたしても、攻撃を仕掛けようと舞い戻って来る。
けれど、今回は私たちが狩られる側じゃない。あくまで狩る側だ。
「よし、来たな。行くぞ! 構え、放てっ!!」
ウェイドの号令で一気に魔術結界の外へと飛び出て火矢を構えて穿つ。
しかも可能な限り、上に向けて山なりになるように穿つ。正直、精度はいいとは言い難いが、次の瞬間には森がめらめらと燃え始める。
そう、私たちが森へと撒いたのは『可燃性の油』だ。燃え広がった炎は一気に森へと延焼し、逃げ遅れる魔物たちへと引火する。それによって魔物たちは混乱し始める。
「まぁ、そうなるよね? でも、人間様を甘く見過ぎ……。全員、魔物の突撃に備えて!」
その私の言葉で冒険者たちが周囲を固める。
その一方、魔王城があるとされる方向に向けて、一斉にウェイドの私兵がスクロールを開き、魔物たちに向かって詠唱する。すると、煌びやかな炎と風の魔術が発現し、一気に吹き抜けていく。
魔物たちからしてみればとんでもない反撃だったはずだ。
そうして、退路を失った魔物たちは一心不乱に中心部――つまり、私たちの方へと一矢報いるべく駆けてくる。
「来たよ! みんな行くよ!」
「「おう」」
全員が剣や弓矢で魔物たちと乱戦に発展する。しかし、相手は考えも無しに突っ込んできているのに対して私たちは戦力を分散して戦っているため、あっという間に全滅へと導くことに成功する。
周囲にはパチパチと木々が爆ぜる音が鳴るだけで静寂が訪れた。
――そう、一人の人間を除いて。
「あぁ、どうすればいいんだ……ここまで燃え広がるなんて聞いてないぞ? 下手すると俺の責任問題になるんじゃ……」
「ウェイド様、それはやむ終えないのでは? 作戦の許可を出したのはウェイド様ですよ?」
「うぅ、エリック、お前なぁ……すぅ~はぁ……」
ウェイドは一度、目の前の景色を見たくないと目を閉じたようだが、現実は変わらない。その場にウェイドは崩れた。そんな彼に私は助け舟を出すつもりで横から悪魔のささやきをする。
「大丈夫。これは全部、魔王軍の魔物がやったこと。私たちのせいで燃えたわけじゃない。ね? そうでしょう?」
「あ? ああ、そうか! そうだよな、うん。そういうことにすればなんとか……できるか。良かった、良かったぁ!」
安堵をするようにガシッと私に抱きつく。
うん、なんかドサクサに紛れて触れられているような気がする。
「ねぇ、リオーナさん。あなたって風の魔術を確か使えるわよね?」
「え? ええ……?」
「なら、それをあの火の海に打ってくれる? 多少燃えちゃったんだし、全部燃やしたって関係ないもんね?」
「お~なるほど。そうすれば魔物も一掃できるかもしれませんね」
「お、おいっ!! や、やめろ! 本当にこれ以上は!!」
慌てて、ウェイドはリオーナさんを止めに掛かる。きっと今回の件でいかなる時もウェイドは冷静でなくてはならないと感じ取った事だろう。
「ふふっ、冗談だよ! リオーナさんはとにかく休んでください。後の警戒は私たちがしますから。」
「そうですか。しかし……休息など」
「リオーナさんの力はグーファも認めていますし、その力は絶対に必要になります。明日に備えて休んでください。これはクランリーダーとしてのお願いです」
「ふふっ……わかりました。そう言われてしまってはやむ終えませんね。では少し休ませてもらいます」
リオーナさんはウェイドと私を見て少し楽しそうにテントの中へと戻って行ったのだった。
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