第69話 紙一重の安堵
「みんな聞いて! スクロールの製造はもう必要なくなったよ!」
「え? スクロールはもう作らなくていい? それはどういうこと!?」
「実は私の知り合いの商人に当たったら、その人が安価な価格で大量に譲ってくれたの」
私の一言でテントの中が一瞬で「おぉ」と声が上がる。
だからといって、仕事が無くなる訳じゃない。その他にもやらなくちゃならないことは山ほどある。特にリリアナに関しては大切なポジションを担ってもらう必要があるのだから。
「次にやらなくちゃいけないのは魔術スクロールの起動に向けた準備だね。これができないと魔王軍を粉砕することもできないから」
視線を集めながら私は目を閉じてそう言いのける。
するとすぐ横から突っ込みが入る。
「でも、魔術の発動は出来る人間とできない人間がいます。その人たちを区別しないとそもそも始まりませんよ?」
「そう。グーファの言う通り、そこを判断しなくちゃいけない。ただ、その判断は正直、私は範囲外だからリリアナにお願いしても良い?」
「はぁ……まぁ、そうなるわよね。わかったわ」
こうして済し崩し的にリリアナが審査員となって奴隷の一人ひとりに話し掛け、魔術の適性があるか、ないか。そして、起動できるか否かをチェックしていく。
その傍らで私は一人、小箱にユザルダさんから購入したポーションやスクロールを詰め込み、セット商品のようにしてからインベントリーへとしまい込む。
「貴重な商品をオメオメと置く訳にも行かないし、こうやっておけばすぐに配布することができるしね」
黙々と私は一人で作業を続けていく。そうして、気付けば夜も更け切り、深夜へと突入していた。その頃になってようやくリリアナはヘトヘトになって戻ってきた。
「うぅ……終わったわよ」
「お疲れさま、リリアナ!」
「なんでエリカはそんなに元気なのよ」
そう問われても返答に困ってしまうが、しいて言うならば『モノを相手に作業していたから』というのが最も正しい答えのような気がする。
「それでどうだった?」
「ん? 何が?」
「いや、魔術を扱えそうな人――集まった?」
「ええ。……というか、よくよく考えれば分かっていた話だけど、奴隷として生きている時点である程度、世の中を生き抜くための術を持っている人の方が多いのよね。エリカが心配しなくても良いほど、大勢居たわ。適正者にはリストバンドを巻いてもらっているから、それで判断ふわぁ……するといいわ」
そう言いながらテントに建てられたベッドへとドタッと音を立ててリリアナは横になる。
「ありがとう。お疲れ様――あとはメンタルの問題だけか」
「ん? なんか今言った?」
「ううん、何でもないよ。明日も早いし、寝た方が良いよ」
「ええ。そうさせてもらうわぁ……ふわわ」
リリアナがもう無理と言わんばかりに毛布をかぶる中、私はもの思いにふけるように顎へと手を置く。私たちが今、抱えている大きな問題は奴隷たちに魔術を行使させるための手段だ。
「(ぶっちゃけ、隷属の指輪があれば無理やりにでもできる――けど、実際、彼らの隷従の指輪は無いから命令では使えない。それに仮にあったとしても使いたくはないし)」
かといって正面から「あなたたちは公爵家に利用されていたのよ、だから私たちに力を貸して」とも言えない。なぜなら、下手をすると私たちに牙を剥く可能性だってあるし、魔王軍が侵略する最中、反乱を起こそうとする可能性だってあり得る。
そうなった時、私たちは大きな不利益を被るし、何よりウェイドが制裁の対象になってしまう。同じ思想を持ち、権力を持つウェイドを失うのは相当な痛手だ。
「(さーて……どうしたモノかなぁ……。ん?)」
私が頭を抱えているとテントの外から駆けてくる音が近づいてくる。
その直後、テントの中に勢いよく入ってきたのはミミだった。
「りりあなちゃん!」
「あ、シッー!」
「あっ……はむっ」
ミミは慌てて立ち止まって口に手を当て黙り込む。その手には便が握られており、何か飲み物が入っていたようだった。
「ミミ、こんな夜更けにどうしたの? てっきりもう寝てるものかと」
「ええっと、息抜きにロイドお兄ちゃんと栄養ドリンクを作ったの。リリアナちゃんが疲れてるだろうなぁって思って」
私の前で残念そうな表情を見せるミミだが、まさかそれを飲ませるためだけにリリアナを引っ張り起こすわけにも行かない。とりあえず、私はギュッとミミを抱きしめる。
「本当にミミは優しいね。でも、あまりロイドさんを困らせちゃだめだよ?」
「こ、困らせてなんてないもん」
「あはは、そっか。ならいいけど」
実際、今までもミミは何かとロイドさんに頼み込んで色々なモノを作ったりしてもらっている。メガネをかけて堅苦しいようにも見えるロイドさんではあるけれど、ミミに対しては何かと甘いのだ。
そんなことを考えていると再びテントの幕が開く。
「――ミミ。もし、良かったらリオーナさんに渡してあげてくれないか? リリアナは多分、起きないだろうからさ」
そう言いながら入ってきたのはグーファだった。
こちらもこちらで眠そうなご様子で目に「疲れています」と書かれているような感じがアリアリと見える。
「えっ……でも、これはリリアナちゃんに――」
「一度、作り方は教えてもらったんだろ? なら、また明日つくってあげればいいさ。だからさ、頼む。持っていてあげて欲しいんだ。あの人、「子供のような君を先において寝る訳にはいかない」とか言って目を擦りながら周囲を警戒しているからさ」
「それ、本当? グーファ」
「は、はい……あはは……」
私が突っ込むと「やばっ」という表情に変わる。グーファも疲れで疲弊しているのだろう。恐らく、それはこの野営地に居る全員がそうだと思いざる終えない。
「――はぁ、今はとにかく私たちも寝よう。でないと体が先に潰れちゃうからね。グーファは先に寝て」
「えっ、いやそこはエリカが先に――」
そう言いかけたグーファにリリアナお手製のデコピンをお見舞いする。
「痛っ」
「馬鹿言わないの。自分で言うのも変だけど、要人を守る人間が倒れたら元も子も無いでしょう?」
「いや、それはそうですけど」
「それに正面にはリオーナさんだっているんだから」
少し一抹の不安は感じるものの、彼女の強さは帝国でも群を飛び抜けているであろうことは私にも分かる。酷ではあるけれど、今は頼れるものを頼り、お互いに協力し合わなければ大変な目に遭いかねない。
「あ! あーえっと……私、リオーナさんにコレ、渡してくるねっ!」
「ミミ、なんかお前、変な気を使ってないか!?」
「そ、そんなことないよ~」
そう言いながらミミは駆け出ていく。
どことなく、元凶は私たちの前ですやすやと寝ているリリアナのような気はするが、この際だ。強硬策に出てやろう。私はグッとグーファの手を掴む。
「はいっ……ほら寝るよ」
「あ……あ、はい」
「こっち見ないの、恥ずかしいんだから」
「そう言われると見たく……なるかも?」
「バ、馬鹿じゃないの」
グーファは何かと付けて恥ずかしくなるようなことをホイホイと投下してくる。
これは本当にやめて欲しい。こっちとしたらグーファが恥ずかしがる様子もみたいものだ。そう、ギャップ萌えというやつを――。
「よっと……!」
ベッドに押し倒して体でもよせればそんな顔を見せるだろうか。
一気に恥ずかしくなる気持ちの中、グーファの手をグッと引っ張りベッドへと倒す。
そうして体を寄せようとした矢先――それは起きた。
「きゃあああ!! 魔物が、まものがたくさんいるわよ!!」
「っ――!! ああ、もう!!」
「また奇襲だ! 寝てる奴らを叩き起こせ!! 戦闘態勢だ!」
私の勇気と努力を返して欲しい。その時だけはそう思いながら、結局休む間もなく私たちはテントを飛び出す羽目になるのだった。
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