第68話 ダイレクトニーズ

「お久しぶりだな、嬢ちゃん」

「お久しぶりです……ユザルダさん」


正面切っての話し合いはどことなく気まずさを放つ。

かつて、私はユザルダさんと奴隷の事をめぐって衝突し、物別れに終わった経緯がある。でも、その時、彼は私の抱える問題を理解した上で荷馬車が売っている場所を教えてくれた善人でもあった。


あの時、馬車がもし手に入らなかったら私たち――特にリリーは致命的な状態になっていた可能性が高い。そういう意味では私たちからすれば恩人でもある。


そういった絡みもあって私はロイドさんがミミの為に作っていた『ふりかけ』を彼の元に卸し、利益を上げてもらおうと画策した経緯もある。


だから、こうして直接、会うとお互いに緊張してしまうのだ。


「あの……その節は色々とすみませんでした」

「いいや、こっちこそすまなかった。本当に悪気はなかったんだ。フレストに始めてきた君が奴隷を買うなんて、絶対に大変な思いをするし、酷い目に遭うと思ったんだ。だから、この通り許して欲しい」

「あ、頭を下げるなんてやめてください。私だって言うだけ言って逃げましたし、何も馬車のお返しもできませんでしたし……」

「いやいや、そんな事はない! 君の口利きのおかげでこっちとしては儲けさせてもらっているからね。ほら、見てくれ。あの『ふりかけ』を研究していろんな味が増えたんだ」

「あ……すごい」


手元にはパケージングされたふりかけが何個もあり、物珍しさを引くためか袋も光沢感があるものを選んでいるようだ。ブランド化に至るまでの余念がない。


「そうだろ? 自慢じゃないが、今じゃ王国に生産ラインを引いて、帝国での販売にもこぎつけた。売り上げも上々だし、このまま海を越え、山を越えて販路拡大も夢じゃないと思っている。本当に君からはとんでも無いビジネスチャンスを貰った」

「いえ、そんなことは……販路を拡大できるかどうかは『そこまでこぎつけられる人材かどうか』ですから」

「は、嬉しいことを言ってくれるな。そういう意味では君の目は間違いなかったってことだ。まぁ正直、今ではこれが他の商人に渡っていたらと思うとゾッとするよ。それくらい好調ってことさ」


ニコニコとした表情を浮かべながらも『販路拡大』という言葉や『ビジネス』などという言葉を織り交ぜてきている時点で私の出方を伺っているように思える。


こういうやり口は世界が変わろうとも違いはない。

なら、相手の口に乗ってみるしかない。


「それで私にがあると聞いたのですが」

「ああ、そうだ。俺はフレストの街で顔が利く。だから今、お嬢さん方が。それを解決するだけの代物を私は用意することができる」

「つまり、それを私に買って欲しいと――」

「その通り。帝国のグリンブレット洞窟から一人、オルニアスの花を持ち帰った冒険者なら多少、多すぎる物資を有していてもおかしくない。たとえ、それを分け与えたところで何の問題も無いだろう」


私は静かにユザルダさんの目を見る。

そして、彼もまたそれに応じるように視線を合わせてくる。

それで私は気付いた。彼は私を中継とばし役にするつもりなのだと。


この世界でのビジネスルールは分からないが、身分制度がはびこるフレストではそうした部分にも配慮しなければならないのだろう。


「なるほど……。本当に抜け目のない――いや、えぐい商売ですね」

「それは誉め言葉として受け止めておくよ。いっそのこと、俺と仕事をするか? あんたくらいの切れる人だったら大歓迎だし、常連の看板娘以上の価値がありそうだけどな?」

「もう、やめてくださいよ。血が騒いじいますけど、遠慮しておきます」


2人で「はっはっはっ!」と笑う中、状況を読めない二人はどう反応していいか分からないような様子だった。


簡単に言ってしまえば盤面は『戦場』という市場が燃え上がっている。

しかし、その場に物資を投入すれば上流階層の一方に肩入れした結果となり、別事業を抱えているユザルダさんにとってはリスクを負う可能性が極めて高い。


ならば、上下関係が発生しえない私を買い手として選び、戦場に物資を投下すれば莫大な利益を得ることができる。そして、買い手側の私たちからすれば魔王軍と対峙するうえで絶対的なアドバンテージを得れるというわけだ。


「それでユザルダさん、そちらが提示する条件は――?」

「俺が出す条件はただ一つ。この取引はあくまで俺とエリカさんとの間で成り立たせ、公爵家の連中が一切、入った痕跡を残さない事。それさえ飲まれれば、方々に手を回して集めたポーションやスクロールを提供しよう」

「なるほど、そちらの言い値は?」

「先行投資としての側面もあるので5万ゴールドでいかかでしょうか。お嬢さん?」


そう言ってくるユザルダさんの口はやや緩んでいる。

それはつまり、魔王軍に勝てばそれだけの宣伝効果を生むと知っている。あるいはその権利を主張するつもりでいるという現れだろう。


「ったく、分かりました! 飲みましょう。今は猫の手も借りたい状況ですから」


私は二つ返事で決断しながらテントにあった袋へ五万ゴールドをはじき出す。

その場には硬貨が爆ぜる音が響き、ユザルダさんは目を見開く。


「ま、まさか商品も確認せずに硬貨を出してしまうとは」

「そうですよ、エリカ様! さすがに品をみていないのにお金を渡すなんて」

「大丈夫だよ、グーファ。ユザルダさんは私に手の内をさらけ出した。つまり、この商談は円滑に進むよ」

「いや、そんなのわかるわけ――」

「あるんだよ。もし、仮にこの後、変な商品を持ってこようものなら私がウェイドに告げ口をしたっていい訳だからね。実際、そうなったら私たちも物資を得れないからまずいけど、ユザルダさんはこの商談以上の痛手を背負うことになる。まぁ、要は共倒れになったちゃうってこと――そうですよね?」


私が鋭い視線でユザルダさんへと返す。

すると、やれやれと言った顔つきで胸に手を当てる。


「よく見てらっしゃる。私はこの計画にすべてを賭けていますからね。どの道、会話を始めた時点で既に事は決まっていたということです。それで、商品は確認しますか?」

「ええ、もちろん」

「やはり、そうですよね。そう言われると思って森の中に隠してあります」


鼻でフッと笑いながらユザルダさんは私たちを先導する。

少し森に入った小道には荷馬車が3台止めてあり、全てにスクロールやポーション、薬剤などが積まれていた。


「これは……凄い量だ。奴隷の時、運搬の仕事もしたけど、こんなのみたことない」

「まるで国相手に戦争するような装備だ。一歩間違えれば国家反逆だと言われかねんぞ、これは……」


グーファもリオーナさんも驚愕な量に驚く。

その一つひとつを手に取った二人は中身を確認していたが、どれも確かなモノだったようでユザルダさんを一歩引くような目で見やる。


「あれだけの啖呵を切っていた、ということもありますけど……ここまで水準の物を用意するなんて――」

「それにエリカ様、このポーションに関しても精度が高い。淀みが一切ない一級品です」


私がこくりと頷くとユザルダさんは自慢げに語り始める。


「元々、こういう時の為にいい品質の物をため込んでいたんですよ。商人にとって商品は手広く、かつ多く持っておく。それが鉄則ですから」


確かにと私はコクコクと頷く。相手のニースに遭った商品を多くリーズナブルに提供する。そして、そこから利益へと繋いでいくというシステムは商人ならではだ。


「とにもかくにも、2人が確認した通り、これだけの物が大量にあれば問題はないね」

「ただ……これ、どうしましょうか。いつまでも隠しておけるわけが無いし――」

「あぁ……グーファ、それなら問題ないよ? 私が全部、持っておくから」

「へ!?」


そう言って私は一つずつ手で触れてクロージングと唱えてインベントリーへと収納していく。同じ工程を繰り返すうちに、自分の手が掃除機に思えてきて嫌な感情に見舞われたものの、私は全ての物品を格納したのだった。


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