第67話 全力準備

「それで孤児院ウチのオーナーは何処に行ったのかしら?」


あれから数時間後。野営地の中に急遽建てられた大きなテントの中からフェリスさんの怒りに満ちた声が響く。


「エリックが手紙を持ってきたかと思えば、孤児院の子どもたちと炊き出しをしろとか、薬の作成や道具の作成をしろ? あの男、何を考えているの? んまぁ、確かに? 炊き出しに関しては普段から子どもたちに鍋で振舞っているからお手のモノですけど、これは訳が違うと私は思うんですよねぇ~?」

「まぁまぁ、そう言わずに……フェリス様、これもウェイド様なりの信頼だと思うのですよ。あなたならやってくれるというね」

「っ……たく、エリックはいつからそんなに懐柔されるようになったのかしら」


フェリスは悪態をつきながらも包丁を慌ただしく動かしていく。

周囲では孤児院の子どもたちがロイドとミミの指揮の元、多種多様な薬に物品の作成している。その一方、手先が器用そうな子どもたちと私、リリアナ、エリックさんで魔道具を製造し始めていた。


ひとくちに魔道具とは言ってもすごく単純なモノで、魔術起動に必要なマナを回復できるポーションの液体に巻物スクロールを付け、それを乾燥。その上でリリアナとエリックさんが魔術式らしき紋様を書いていくという作業だ。


「くぅ……いくら簡単な術式とはいえ、手が痛くなってくるわね」


しかし、さすがに人力作業でやっているため、互いに500個作り終えた段階で疲弊の様子が見て取れる。


「大丈夫? もし、良かったら変わろうか?」

「変わるって言ったって簡単じゃないのよ?」

「そう、かな? ちょっといい?」


私が見ている限り、そう難しくはないような気がする。

それに見ていれば大体のコツはつかめてくるもので――。


「こう、描いてからこうでしょう? で、ここを注意して……こうすれば!」

「嘘でしょ……? これを見ただけでやれるって……」

「はははっ……はぁ、たまげた才能だ」


リリアナもエリックさんもこの状況に唖然とする。何気なく、やっている二人の動作をコピーしてやってみただけだったのだが、思いのほかうまく行ったらしい。


というか、これだと効率が悪いとかそういう道筋まで見えてしまう。

前世の仕事癖が影響しているような気もするが、せっせと作っていく。


「しかも、早くなってる……。うわぁ……」

「人を化け物みたいに見ないの! 二人も手を動かして!」

「グーファ! アンタも手伝いなさい!」


こうして半ば混乱するテントの中で三つの工程が猛スピードで進んでいく。

それから数時間も経つと日差しが落ち始める。その頃には炊き出しも出来上がり、連れて来られた奴隷たちに提供し始めていた。ただ、やはり奴隷たちはこの状況に混乱しているらしく、訝しげに炊き出しのご飯を覗き込み、恐る恐る口へと運ぶ。


「……。どうしてもそうなるよな。僕らもそうでしたからね」

「うん。この光景を見ているとさ? なんかグーファたちと会った時のことを思い出すなぁ……食べたいけど、食べれないみたいなね」

「あの当時は『施しを受けるイコール見返りを返さなくてはいけない』というか――そもそも食べさせてもらえること事態がおこがましいって意識だったから……。多分、彼らも同じだと思います」

「うん……だろうね。でもさ? その点だけに関しては今回は大丈夫じゃない? だって、ほら!」


私はある方向に目を向ける。

そこには孤児院の子どもたちが駆け寄って奴隷たちにご飯を進めている。


「あの子たちはウェイドが救った子どもたちだし、闇の底まで見てきているわけだから説得力は抜群だと思う」

「それに加えてウェイドあいつも声を掛けて回っているみたいですしね」


グーファが指さす方向を見てみればウェイドがロイドやミミと一緒に奴隷たちの元を周っていた。その傍らには神経鎮静薬らしき緑色の液体を運んでいる様子も見える。


「うん。これで少しでも態勢が整えばいいけど……」

「時間、のことですよね?」

「そう。こんな手を使ってくる奴がウェイドの敵――もとい、リリアナの仇だとするとさ? そんな悠長にまってくれるかどうか……それに、魔王軍だってこのまま黙っていると思う?」

「確かに……」


私とグーファの間に不安の波が広がる。

私たちがある程度、食べ物と健康面に関してフォローしたものの、態勢を整えるまでには時間が必要だ。その過程で何か一つでも予定調和が崩れればすべてが水の泡になる可能性だってある。


そんな中、グーファは私の不安を拭い取るかのように手をそっと握ってくる。


「でも、大丈夫です。心配しないでください。僕が付いていますから――何とかして見せます」

「ふふっ、ありがとう。グーファにも私が付いているからね」


互いに手を握っているだけなのにこの瞬間がかけがえのない感覚であるように感じる。多分、数年経ってもこの景色は忘れないだろう。


「んっんっ……良い雰囲気の所、申し訳ないのだが――」

「「は、はいっ!?」」


背後から突然掛けられた声に思わず、飛び上がる。振り返れば、どう振舞っていいモノか困っている様子ながらも見つめるリオーナさんの姿があった。まるでと言って良いほど、気配を感じなかった。


「エリカ様にご来客です」

「客? 一体、誰が――」

「ユザルダという商人です。何でも商談があるとのことで」

「え、うん……分かった。でも、なんでよりによってユザルダさんが……」


驚きながらも私は遠方に立っているユザルダさんの方に頭を少し下げる。

すると彼も会釈をする。数か月前の出来事を忘れたはずではないと思うのだが、私は恐るおそる足をすすめた。


当然ながらグーファやリオーナさんも付いてくる。


「エリカ。あの人ってロイドさんが『ふりかけ』を売りつけた商人ですよね?」

「うん。まぁね。ただ……その前に色々とあってさ? っていっても根はやさしい人だから心配はないと思うけど」


そんな会話を交わしながら私はユザルダさんと正面から向き合うことになったのだった。





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