第66話 ジルパートの策
「なんですって……そんなこと――そんなことある、普通!」
魔王軍への対応方法が決まった翌日、私たちは思いもよらない知らせを受ける。
それは王国軍と公爵家の私兵、その半数が『街の復旧が最優先だ』として離脱していったという話だった。テントに残っているのは冒険者と義勇兵のみだ。
「不味いことになったわね? さぁどうするの、ルグラス公爵」
「リリアナ嬢……痛いことを言うな? ……。どうする……と言われてもなぁ? やるしかないだろう」
まさにやぶれかぶれと言える発言に私は二人の傍らでため息を吐く。
「はぁ……これ、もう無理じゃない? 魔術を撃てる人間がどの程度、確保できるのか分からないのに討伐隊を前に進ませるなんてできないでしょう?」
「それは……そうだが」
「――ウェイド公爵! ジルバート公爵様から書状でございます!」
「書状?」
もう嫌な予感しかしないという顔つきで手紙を受け取ったウェイドはぺらぺらと中身を覗く。すると案の定、目線が細く鋭くなる。
「ウェイド、何が書いてあったの?」
「あぁ……まぁ、想定の範囲内だ。エリカは見ない方が良い。お前は考えるより体が動くタイプだから尚更だ」
「……? どういうこと? 見せてよ」
「ダメだ。どうせ、あと数時間もすれば否応でも分かる」
ウェイドはそう言うとクシャクシャと紙を丸めて焚火の中に放り込んだ。
そして、数時間後、馬の甲高い声と馬具が擦れているようなカシャリ、カシャリという金属音が周辺に鳴り響きはじめた。
「何、この音……もしかして、魔物!?」
「いや、それはないだろう。だって、こっちはフレストの方向だぞ? さすがにそんなことは――」
冒険者たちも異様な音に挙って周囲を見回して音の発生源を探す。
そんな最中、一人の冒険者が気付く。
「お、おい! アレを見て見ろ。あっちから大勢、歩いてい来るぞ」
その方向を見据えれば、みすぼらしい衣をつけた男性や女性が険しい表情で近づいてくる。よく見ればその手や足には手枷が付いている。さらに、全員の表情には疲労の様子が色濃く見て取れた。
「こ、これって……」
「ああ、奴隷だ」
「っ――!」
私は咄嗟にウェイドへ鋭い視線を送る。
だが、それを真正面から受けても彼は動揺する兆しはない。
「エリカ。いいか、冷静になれ。ここでキレれば相手の思う壺だ」
「でも――!」
「目先の目的だけに囚われるな、強かに行動するんだ。お前の真っすぐな所は本当に好きだし見ていて清々しいが、それはもろ刃の剣でもあるんだ」
まるで私を諭すように、それでいて芯が通ったような声でウェイドは言い切る。
確かに今、ここで動いたからといって何かが変わるわけではない。
それでもこのやるせなさだけは変わらない。
そんな私を他所にウェイドはエリックへと視線を向けた。
「エリック! これをロイドと一緒にフェリスの元に届けてくれるか? あぁ、それから――」
そう言ってウェイドは再び私へと視線を戻す。
「エリカには悪いが、ミミの力も借りたい」
「えっ? いや、どうして急にそうなるのよ! あの子の力は使わせないわよ?」
「分かっている。そういう意味の力は使わないと約束する」
その言葉にどの程度の意味があると言うのだろうか。
口約束程度で私が信じるとでも思っているのかと思ってしまう。しかし、ウェイドの表情を見る限り、どうやら本気のようでリリアナにも声を掛けだす。
「リリアナ、君にも協力を頼みたい。今回は完全な総力戦だ。余すことなく俺の持てるリソースを使わなければ乗り切れん。頼む、この通りだ」
「「ぁ……」」
その場に居た私やグーファたち全員が息を飲む。なにせ、あのチャラっ気全開のウェイドが頭を下げたのだ。その姿からはに覚悟が伝わって来る。
それに対していち早く反応したのはリリアナだった。
「今更ね? 誰かさんに『契り』を交わされた以上は協力するしかないじゃない。私だって伊達に公爵家の血を継いではいないわ」
そう言って私の方をリリアナは見る。その視線は意味深そのものだ。
まるで選択肢を目の前に置かれているような気分になる。
「はぁ……分かった。分かりましたぁ! ただし、ミミに『あの力』は使わせない事! これ以上、ミミが苦しむようなことはさせないから」
「ああ、分かっている」
「その言葉、胸に刻んでおいて。もし、何かあったらタダでは済ませないから」
最大限、私が凄んで見せるとウェイドは真面目な表情なまま頷く。
「ああ、約束する。ミミにはロイドと医療的な処置や薬関係に関して手伝ってもらうつもりだ。そんな手洗い扱い方をするつもりは毛頭ない」
「そう、ならいいけど……」
それならそうと言えと思いつつ、私が渋々折れるような回答をする中、エリックさんは駆け出て行った。そんな矢先、グーファが会話に割って入ってくる。
「ちょっと待て。じゃあ、僕らは何をしたらいいんだ」
「私もエリカ様に忠誠を誓う身。君主が動くならば私が動かぬわけにはいかないだろう。命があればなんなりと」
「君らにはエリカの守りを固めて欲しい」
「え? どういうこと? 私の守りを固める……?」
意外な発言に呆気に取られているとウェイドは少し考えこむようにしながら仮説を話し始める。
「今回の一件は恐らく、俺の失脚を狙った画策も含むものだ。つまりは事をうまく運ばせないために俺の『弱点』を付いてくるはずだ。――もし、考えを改めさせてしまうような、大切なモノを盾にされたら俺は動きが取れなくなる」
「な、なにを言って……」
「事実だから言ったまでだ。お前らにしか頼めない危険な役回りだ。できるか?」
「誰にモノを言ってるんだ? そもそも最初っからお前は出来ない事は頼みもしないだろう? やりきってやるさ。た、大切なエリカを守るためになっ」
そんな強気のグーファを他所にリオーナさんは無言で頷く。
それを見たウェイドは安堵したかのように立ち上がる。
「こうなったら公爵同士のゴタゴタも一気に片付けてやる。俺たちの前に奴隷の山をもってきたことを後悔させてやる」
「ええ……そうね。でも、ウェイド。今は――」
「ああ、魔王軍を叩き潰すこと。それが最優先だな」
全員が同じ意志に固まった所で私たちは静かに魔王軍との戦いに向けて動き出したのだった。
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