第64話 討伐軍の初陣
「魔王城の位置はフレスト郊外から山を2つ超えた場所にあるとのこと。――どうやらやつら、山を利用して根城を隠していた模様っ!」
伝令がそう高らかに告げると王様はすぐさまに立ち上がった。
そして、懐の剣を抜く。
「魔王城の位置が分かった以上、手をこまねく理由はない。派兵するぞ! 各公爵家に伝令。それから冒険者にも依頼を出せ! 貴公らにも協力をしてもらうぞ。良いな?」
「はっ……心得ております」
ウェイドは一瞬、「マジかよ」と言わんばかりの表情をしながらも王命に従う。
そうして、それから数分後にはフレストのギルド本部からまたしても緊急クエストが発令された。ただ、今回に関しては街のクレーターにある一定の防衛力を置き、大多数の戦力を魔王城に向けるという大胆極まりないな攻城戦だ。
しかし、今回は防衛ではなく、攻めということもあって冒険者の士気が高い。
「よぉし! 俺らの街をズタボロにしてくれたあいつ等に一泡吹かせてやろうぜ!」
「そうよね! 私たちが束になればあんな魔物如きの集団、すぐに葬ってやるわ!」
「(うわぁ……これ盛大なフラグじゃない?)」
私は独りでにジト目で眺めながら『前哨戦基地』を構築すべく、その山に向かって進撃する冒険者クランの人間たちを追う。王国軍もこの戦いに参戦すべく、後方を共に進んでいる。
とはいえ、やはり王国の連中は腐っても縦のピラミットでしか生きれないのだろう。
一番、襲撃を受けずらい後方に王様が居り、その前には権力が高い公爵が続く配置になっている。正直、ため息ばかり出る。
「はぁ……」
「やりづらいって感じが顔から滲み出てるわよ? エリカ」
「……それはリリアナだって同じでしょう?」
「まぁ、否定はしないけど……個人的にはこのフード付きのコートは好きだからいいわ」
「うん、リリアナちゃんが着るとすごく可愛い」
「あのね……ミミ、これは遊びじゃないのよ?」
「ご、ごめんさい……」
「まぁ、でも? あ、ありがとう」
リリアナはほんのり顔を赤らめながら他の公爵から疑われないよう、目深にフードを被る。リリアナは王国の元公爵家の娘だ。ここで正体がバレれば大事になる。
「(いずれは手をつけないといけない日が来る。それにあの中に、リリアナの両親を追い込んだ奴がいる。私なら辛すぎるな……。一体、どいつが?)」
心がズキッとする感覚を覚えながら私は後方の公爵たちを確認し始める。
そんな中、グーファがぽそりと声を出す。
「――それにしても妙に静かですね?」
「ん? どういうこと?」
「あっ、いや……ほら、屋敷に居る時はもう少し鳥の声とかが聞こえている気がするんですが、ここら辺は静かだなぁと思って」
「……!!」
その時、静寂を破るように左右の斜面からザァッと何かが滑り降りてくるような音が響き渡り、森の中から魔物が飛び出てくる。
「敵襲! 敵襲だ! 防衛を――がぁああ!」
完全に不意を突かれた形で攻撃を受けたため、全体が混乱状態に陥る。
それでも私達だけは場慣れしているせいもあってか冷静さが滲み出る。
「リリアナ、援護は任せた!」
「ええ、エリカとグーファの背中は私が守るわ!」
「てぇい!」
「<炎槍よ!!>」
一時的に私たちの所は勢いを削ぐことに成功するが、魔物の数は更に増えてくる。
ジリジリと他の冒険者は押され始めて分断され始める。
そんな中、リオーナが場を変える一閃を解き放つ。
「ふんっ、これしきの魔物で怯えていてはならんだろう。全員、態勢を立て直せ!」
リオーナさんが剣撃を振るった刹那、強い風が周囲を舞って魔物たちを吹き飛ばす。
その様に全員が勢いを取り戻し、今度は冒険者たちが魔物を押し出し始める。
その指揮とオーラは元帝国騎士団長そのものだった。しかし、状況はあまり芳しくない。
「地形的に魔物が優位だ。進むか退くか……エリカ様、どうする!?」
「退く訳には行かぬ! 進め、すすむのだ」
そして、気付けば戦場は公爵たちの手柄の取り合い合戦になり始める。
我先にと魔物の元へ私兵を投入し始める。最早、指揮系統が崩壊しつつあった。
「どけ、この奴隷使いがぁ!」
「何をあいつらはやってんのよ! このままじゃまずい――」
「いいか! 俺の兵は誰一人として動くな!! はぁ……もう、やつらは止まらん。エリカ、お前らは退け」
「ウェイド!? そんなことを言っていないで止めなさいよ! 一様、公爵のつながりがある連中でしょ?」
「ふっ、無理だし、嫌なこった。よく言うだろ? 馬鹿には付ける薬がないと」
そう言っている最中、公爵たちの私兵が魔物たちの奇襲を食い破り、前へ飛び出る。
だが、それは明らかな罠だった。目の前にはサイクロプスが居り、その後方から大勢のゴブリンが弓を山なり状に放ってくる。
「マジかよ……! エリック!!」
「はいはい、本当に人使いの荒い方だ。<
エリックさんが矢継ぎ早に唱えると空中に魔力結界のようなモノが張り巡らされ、弓矢がぽろぽろと地面へと転がり落ちていく。
「さすがはエリック。防御魔術は王国一だな」
「はぁ、こっちのことを称賛している余裕が御有りとは……。どうするのですか? 相手は魔物ですが、組織的に守りを固めていますよ? それにあの死体の山だって説明はどうするんですか? このままバカみたいな猪では狩る側が狩られる側になると思いますが?」
エリックさんは前方で矢がブッ刺さり、倒れている兵士たちを冷ややかな目で見る。
「いや、エリックよ? さすがにまだ死んだとは限らんだろう。とりあえず、撤退だ。それ一択だ! ……ん? な、魔物が退いていく!?」
「嘘でしょ? そんなことある?」
私とウェイドは今まさに見てはいけないものを見てしまった感覚に囚われる。
魔物たちの気まぐれか、何かは知らないが魔物たちがそそくさと退いていくのだ。
しかも、こちらをあざ笑うかのように人質を取ってだ。
あまつさえ、こちらをけん制する動きをしてくる。
攻撃したら人質がどうなるか分かるなと――。
「なにをやっている攻撃しろ! これは公爵としての命令だぞ!」
「できません! 馬鹿を言わないでください! 仲間が――仲間が人質になっているのですよ!」
その刹那、声を上げていた兵士はどこぞの公爵によって斬り捨てられた。
「ええい! 追え、追うのだ!」
まさに公爵家の連中からしてみれば魔物如きに屍を築き上げられ、挑発されたのだ。
屈辱以外の何物でもないだろう。だが、そこに一喝が入る。
「いいや、撤退だ。これだけの犠牲を出して進撃を続けようなど――貴公、この後始末をどうつけるつもりだ?」
「ジ、ジルバート公爵! い、いや、これは私がやり始めたわけではなく――」
「そうか? 他の公爵は私の意見に賛成のようだが?」
「いや、そんなことは――ああ! そ、そうだ! ウェイド公爵、君ならばこれが私の作戦ではないと証明してくれるだろう!?」
しかし、頼られたウェイドは冷めたように声を掛ける。
「さぁな? 俺は作戦など知らんし、聞き及んでも居ない」
「何!? 貴様ぁ、私がここまで貴様にどれだけ――」
「何もしていないだろう? 自分の危機になって「助けてください」と言うのは簡単なんだ。自業自得だ。それに周りの兵士の顔を見れば助ける余地もないだろう」
公爵の私兵たちは鋭い目線で助けを求める公爵を見つめる。
一緒に魔王軍と戦うために討伐軍へ参加した仲間の兵士が公爵の手で殺されたのだ。こんな状況では兵の士気は著しく低くなって当然だ。
「もう事は決したな。この殺人者を連れていけ」
「図ったな、ジルバート!! や、やめ……やめろ! やめてくれ!!」
こうして、討伐隊の初陣は見事なまでの惨敗を期したのだった。
そして、その傍らでジルバート公爵は含み笑みを浮かべていたのだった。
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