第62話 恋の関係値

翌朝、私たちは泥のように重い体を起こしてセリーヌさんが出すご飯を食べていた。

しかも、その傍らにはなぜかウェイドとエリックさんも居る。


「セリーヌ、今日のコーヒーは良い濃さだな」

「当たり前です。ウェイド様に給仕をしていたことをお忘れですか? 好みの濃さなんて否応でも覚えますよ」


ため息交じりに答えるが、その表情は満更でもない。

実際、私の元にメイド長として配属されてから彼女はメキメキと成長している。

それは本当の努力があっての事だろう。


「セリーヌさんの入れる飲み物は美味しいからね――で、金髪公爵あんたは何で、ウチの屋敷で朝ご飯を食べているわけ?」

「そんなの、きまっているだろ? セリーヌこいつの監督ついでにエリカとご飯をたべたかったからだ」


そう言った途端、セリーヌさんの目線が下がってぴたりと声が消える。

その発言は地雷に等しい。思いを寄せる相手から『こいつ』とか『ついで』などといわれたら痛い。


「そう、勝手にすれば?(あのバカ……)」


簡単にウェイドをあしらいながらも、セリーヌさんにアシストを入れられないかと思いを巡らせるが、私から話を切り出せばセリーヌさんは良い気はしないだろう。


考えていると横からリリアナが声を出し始める。


「じゃあ、監督ならセリーヌさんが出す料理の監査に、屋敷の中の監査をしてもらおうじゃない。最近、うちのマスターは誰かさんに似て、口がうるさいのよね」

「え? え? リリアナ様?」


セリーヌさんは突然の話に混乱するが、同時にリリアナはこちらに視線を投げかけてくる。これは話に乗れという合図に違いない。


「そうね~ウェイド、あなた自分の目で見てないでしょう?」

「それは確かにそうだが――」

「なに、言い訳するつもり? 屋敷の主はエリカでもメイドの選定を最初にしたのはアンタでしょう? セリーヌさんは毎晩、アンタが来ないから口頭で問題ない、問題ないって言っているだけなのよ? しっかりアンタが責任を取りなさい!!」

「そう、なのか?」

「いや、そんなことは――」

「メイドだもの、そんなことをオーナーに言えるとでも? まして女の子なのよ?」


リリアナは有無も言わせず、攻勢を強める。

その流れに合わせて私もセリーヌさんの肩を押してウェイドに託すように寄せる。


「ほら、こっちは気にしなくていいから! ウェイドに色々話したり相談したりしてスッキリしてらっしゃい!」


私が最後にこくりと頷くと全てを察したのか。少し頬を赤らめて胸に手を当ててウェイドに向き合う。


「少しだけでも構いません。お時間を頂けませんか」

「分かった。エリカを任せるメイド――痛っ! エリカ、いつからそんな暴力的に――」

「いいから早く行く! 午後からは王城に行かないといけないんだから!」


私はウェイドとセリーヌさんを半ば強引に食堂から追い出すように追い払った。

そんな様子を見ていたエリックさんはため息をつく。


「はぁ、なんであんなに女心に鈍感なのか。仕えている主人ではありますが、どうしてあそこまでアホなのかと思ってしまいますね」

「エリックさん、それは言い過ぎでは?」

「良いんですよ。今は居ませんから。――あぁ、あとこの件はご内密に」


私達のやり取りにリリアナやミミが苦笑しているとグーファがポロッと言葉を零す。


「まぁ、でも……あいつの気持ちは分からなくはないですけどね。僕もそうですけど、目の前に好きな人が居たらやっぱり振り向いてもらいたいから……そ、その人の事しか考えられなくなっちゃうものなんですよ。そういう意味では一途……とも言えるのかもしれませんけどね?」

「ふむ、確かにそれは言えているかもしれませんね。さすがはウェイド様とライバル関係にあるお方。良いことを言う」

「私は早い所、セリーヌさんに堕として欲しいと思っているけどね?」


私は二人が出て行ったドアを見ながらそう呟く。けれど、リリアナだけは少し考えるような視線で曇った表情を浮かべていた。


それから数時間が経ち、ニコニコとしたセリーヌさんが戻ってきた。


「戻りましたぁ! いろいろとウェイド様には相談に乗っていただいて」

「良かったね、セリーヌさん?」

「はいっ! これからも誠心誠意、エリカ様に尽くさせていただきます!」

「うん、よろしくね」


さすがにあそこまでの笑顔を浮かべられたら嬉しいモノで自然とこちらまで笑顔になってしまう。これだけの表情ができるくらいにまで元気なら私としても心を撫で下ろすことができる。


「(……? また、リリアナが難しそうな顔を……してる?)」


表情を伺おうとするとリリアナは呆れたかのように、「何でもない」と視線を送ってくる。


「ねぇ、リリア――」

「そろそろ王城に行く時間だけど、大丈夫かしら?」

「「あっ、まずい――」」


私とウェイドは時間が迫っていることに今更、気付き慌てて用意を始めるのだった。

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