第61話 公爵家の会合
「すぐさま、魔王城へ軍を向けるべきだ。それが我ら貴族にとって王家へ貢献すると言うことだろう」
「そうですな、さすれば王からも賞賛されるでしょう。合わせて、魔王の首も狩り取れれば上々。手土産も増えますしな?」
フレスト市街で魔物を倒しきってから数時間後。
リブタニア王国内で権力を持つ公爵家が顔を突き合わせて国民をそっちのけにした議論が進められていた。
だが、彼らが見ている未来は国の繁栄でもなければ、国民の安心でもない。
ただひたすらに、魔王軍を追い払ったという称号と褒美の品々に目が眩んでいるだけだ。そう、少なからず一人の若き公爵を除いて――。
「王が求めるのは民の平穏です。我々が最も大切にすべきは民の命です。それが守られなければ王家は何も謝礼品を出さないかと」
「ははっ、ルグラス・ウェイド公爵、それはそうだな。ならば民の中から兵力を抽出し、臣民が行動していると示さなくてはな」
強かに笑うどこぞの公爵に対してウェイドは目線を鋭くする。
そこに追い打ちを掛けるように黒ひげを撫でていた一人の男が口を開く。
「兵力にはもっと適任の人材がいるはずだ」
「ほう? ジルバート様は何か良い案がおありなのか?」
「ふっ、そんなもの決まっているだろう。奴隷だ、奴隷を使うのだ」
ジルバート・サルミレスは悪い笑みを浮かべながら、周りの目を集めるように立ち上がって手を広げる。
「我はこの日の為に国内へ奴隷を積極的に流入させた。そう、我々の糧となる民の労働力を奪われないためだ。奴隷はいくら酷使しようが、注ぎ足せば問題はない。まさに適材の人材と言えるだろう。なにせ、コストがかかりようがない」
「おぉ、ジルバート様はそこまで見越しておられたとは――いや、さすがは財政の要。国益を損じることはされないのだな」
その声を称賛するように拍手が舞い上がる。
ジルバートをはじめとする公爵たちはその言葉が持つ『真の意味』を知っている。
それに対してウェイドだけは冷静に、それでいて圧を掛けるように矢じりを放る。
「ああ、そうだ。奴隷と言えば――王国と帝国をまたにかけて暗躍していた盗賊団。その長であるダリルが何者かによって暗殺された件はご存じか?」
「ああ、聞き及んでいるぞ。だが、今はそんな話どころではないであろう」
「それが、そうとも言えないのですよ。ダリルが死ぬ前、奴隷の運搬についても供述をしていまして。生きていればジルバート様にとっては有益な情報があったかと」
「そうか。だが、死人になってしまっては元も子もなかろう」
ウェイドとジルバート公爵の間に言葉の矢じりが飛び交い、火花が散る。
恐らく、その雰囲気は他の公爵も感じ取っている事だろう。しかし、所詮は若手公爵と重鎮の公爵という構図である以上、ジルバートが圧倒的な優勢だ。
彼は黒いひげを撫でながら一気に締めに掛かった。
「ウェイド公爵。奴隷の数に関しては心配するな、私の人脈を舐めて貰っては困るからな」
ニヤリと笑みを零し、ウェイドに一切の主導権を明け渡さなかったジルバート公爵の完全勝利で公爵たちの会議は幕を閉じた。同時にウェイドの表情は曇る。
会議会場の廊下に出たところでエリックが駆け寄って来る。
「ウェイド様、会議の方はいかがでしたか?」
「……。いいから行くぞ、エリック」
「怖い表情だ。当てつけで「お前を解雇する」とか言わないでくださいよ?」
「お前なぁ……俺を何だと思ってる?」
「人ですが?」
さも当然かのようにエリックはとぼけて見せる。
でも、その表情は透き通っていて、会議で話された内容すらもウェイドの表情から察しがついたのだろう。一度、目を閉じたエリックはウェイドの顔をじっと見る。
「そんな表情をしていたら、またエリカさんに嫌われますよ? あなた様は自分が思っている以上に顔に出るタイプだ。余計なことに彼女を突っ込ませたくなければ、顔を洗ってからお会いに行くべきかと」
「そうだな、あいつがこんな事態を知ればどうなるか……。はぁ、どうして俺はこうも面倒くさい立ち位置にいつもいるんだろうな」
やれやれと頭に手を乗せながらウェイド公爵は夜の街へと消えて行った。
その頃、エリカたちはまだフレスト市街の仮設テントで街の復旧に向けた手伝いと魔物が通ってきた穴の警備に当たっていた。
「エリカ様、無事、ロイドさんのところに薬を運び込んできました。次はそろそろリリアナと警備を交代してきます」
「ありがとう。でも、待ってグーファ! 警備は私が行く。グーファだって怪我しているんだから無理しないで」
「それはエリカだって同じじゃないですか」
「それでもグーファはずっと動きっぱなしでしょう? しっかり食べれるときに食べて、寝れるときに寝ておかないとダメなんだから」
グーファの主人であり、恋人でもある私が凄んで言うとグーファは少し困ったような表情をする。きっと男の子のプライドがあるのだろう。でも、顔は嘘を付かない。
明らかに疲れているのは見て取れる。
「ったく、そんなふくれっ面しないの。ほら」
「エ、エリカ……」
私はグーファを優しく抱き留める。
私や仲間のために頑張ろうと必死になるグーファの気持ちも少しは分かる。
なにせ数時間前は戦いの中に居て、あまつさえ自称『恋敵』を名乗るウェイドがみんなを率いて魔王軍を退けたのだ。彼氏としては焦って当然だ。
「頑張っているのはすごく分かる。それに人一倍努力しているのもね。だから、今は少しだけゆっくりして欲しいの」
そう言うとグーファも私に身をゆだねるようにそっと体を寄せる。
やっぱり、人の体温は不思議と心を癒していく。自然と心がじわじわと溶けていくようにお互いの目線が合って、思わずドキッとしてしまう。
「ぁ……」
「あ、あのエリカ。その……キ、キ――」
グーファは何かを必死に上目遣いで言おうとする。
そんな時だった。
「優しき女神のエリカ様! 伝令です。失礼しま――こ、これは申し訳ありません!!」
テントの入り口から王国の兵士が入ってきたのだ。
その突然の来訪者に驚きを隠せず、お互いにスッと離れる。
他人に今の光景を見られたせいで私の顔は真っ赤になっているだろう。
「い、いえ!? そ、それでな、なにかご用ですか!?」
「は、はい! グランフレスト王家より勅命の文をお預かりしてきましたのでお届を――失礼いたしましたぁぁ!!」
矢継ぎ早に言い切ると兵士はテントを飛び出して行ってしまった。
その反応の大きさにすっかり私たちのドキドキ感情は消え失せてしまった。
それに今、私たちの関心は目の前に置かれた一つの手紙に向いていた。
「王家から手紙――な、なんか嫌な予感がしますね。エリカ」
「う、うん……。しかも『勅命』って言っていたから命令ってことだもんね? まぁ、読めばわかるだろうし」
私は王家の紋章が押された風韻を取り、中身を確認した。そこには『魔王軍から防衛した功績をたたえたいので明日、登城するように』と記されていたのだった。
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