第60話 通路遮断

「エリカ、これだけの魔物を相手にするのはさすがに……」

「それでもやるしかないよ」


面前には魔物どもが列を成すように迫ってくる。明らかに魔王軍の軍勢は全く勢いが落ちていない。


「もう、もう駄目ですっ……」


フレンシアさんは弱音を吐く。

その声に反応するように、私はアレスさんから貰い受けた『赤色の信号弾』を打ち上げる。この信号弾は救援を求めるための信号弾だ。


「まだ、諦めちゃダメ! きっと助かる、みんなを信じて持ちこたえるよ!」


その言葉をかけると同時に魔物たちが一斉に私たちへと襲い掛かってくる。

援軍が来るまで必死に魔術を打ち込み、剣を振るう。

それでも多勢に無勢。あっという間に主導権を魔物たちに握られ、切り刻まれてしまう。


「く……いたぃなぁ!!」

「エリカ! クッソ! どけ!」


4人で戦っていたはずが、気付けばエリオット夫妻と分断されてしまった。

そして、最悪なことに私たちの方へ大型のオークがやってくる。


「ったく、こっちはもう……限界だっていうのにぃ――!!」

「エリカ!! くぅ……!!」


咄嗟にグーファは私の防御に加勢するように剣を合わせてオークの重い斬撃を防御する。その場にカキィンという音が鳴り響く。


「く、このままじゃ……押し切られる」


グーファが苦悶の表情を浮かべている最中、周囲から魔物が刺し殺そうと接近してくる。まずい、このままでは殺される。そう思った刹那、聞きなれた声が響く。


「――<炎槍よ!>」


直後、猛烈な熱を帯びた炎の槍はオークの脳天を穿ち、爆風で周囲の魔物を一斉に吹き飛ばす。さらにそこにはバックブラストのような風が吹き抜ける。


その魔術が飛んできた方向を見ればリリアナとリオーナさんが立っていた。

恐らく、さっきの威力はリリアナの魔術とリオーナさんの魔術を融合させたものだろう。


「グーファ、エリカ! 大丈夫? 待たせたわね」

「っ……! リリアナ、ここはもう持たない! 早く、はやくにげないと――」

「問題ないわ。もう私たちの役目は終わったもの」

「何を言って――」


その刹那、膨大な魔術が宙に軌道を描き、魔物たちに降り注ぐ。


「よぉし! 次は『流星軌』だ!! 狙え――放てぇ!! 次の用意を!!」

「おう――行くぞ、『火鉄の柱』の凄まじさを思い知らせてやれ!! <眩き紫弾よ、我が求めるのは殲滅のみ。爆ぜる風は吹き抜け、かの者たちに死の旋律を響かせよ!>」


一斉にとてつもない威力の魔術を数十人で詠唱し、範囲攻撃によって魔物の数を大きく削る。そして、その突破口を見逃さず、ウェイドたちの私兵が半円状に展開して陣形を整える。


「よし、ここからだ!! 前面に主力を置け! 左右から回り込まれないように注意しろ! 行け、行け!!」

「いいか、冒険者はクランごとに連携を取り合え! 戦力が偏ったら全員、死ぬと思え! それから優しき女神! お前らは主力を援護しつつ、後方警戒だ!」


ウェイドとアルギオンの陣頭指揮の元、態勢を立て直した私たちは最も危険な魔物の出現ポイント――つまり、街の中心部に向かって動き出す。


しかし、それは死に行くようなもので自殺行為に等しい。


「ウェイド! このまま進んだら、戻れなくなるかもしれない。引くなら今しかない! 逃げるべきだよ!」


私は必死に叫ぶが、ウェイドはどこか冷たい目をこちらへと向ける。


「そんなことはな、エリカ。俺だって分かっている。だけどな……この世の中、綺麗事だけで歩けるほど、簡単じゃないんだ」

「そんな馬鹿みたいなこと言っている場合じゃ――」

「これは公爵としての決断だ。お前になんと言われようと変えるつもりはない。大丈夫、お前らに責任はない」

「そういうことじゃなくて――ちょっと、ウェイド!!」


ウェイドは私の言葉を聞かずに前へと馬を進めていく。

今、あの男の頭の中でどういうことを考えているのか、全く想像がつかない。

ただ、目の前にいるウェイドはどこか慌てるように前へと進んでいるように見えた。


「(正直、意味が分からない。それでも、今は少しでも犠牲を少なくしなくちゃ)」


私は波に流されるまま、進み続けた。そして、遂に私たちは街の中心部にまで辿り着く。そこには魔物が這い出てくる穴があった。


発見と同時にアルギオンさんが大声で叫ぶ。


「魔物が使っている通路があったぞ!! 各クランの魔術師はあの通路口を狙って魔術を撃ち込め!!」


一斉にリリアナをはじめとする魔術を得意としている者たちが詠唱を開始し、最大火力を通路に向けて打ち込む。すると、通路は跡形もなく崩壊する。しかし、それでも魔術での攻撃は弱めない。簡単に相手が突破してくる可能性があるからだ。


「撃て、撃て! 一切、攻撃の手を緩めるな!!」


バンバンとさく裂する音、衝撃がその場に轟き、クレーターになるほどの状況になるまで叩き潰した。それでも私だけはこの戦略は甘いと思いを巡らせる。


「(確かに通路を崩せば魔物は出て来れないかもしれない。けど、時間が立てば出てくるに決まってる。だって、アニメやゲームなら通路を通って魔王城に行くとか、そういうパターンが常識なんだから――)」


でも、いくら待っても魔物たちは現れない。

その状況を見たウェイドはすぐさま私たち以外のクランに街中に居る魔物の掃討を命令し、散開し始める。


「これでひとまず、魔王軍の兵は退けられた。――本当に魔王さまさまだよ」

「ん? それ、どういう意味よ?」

「どういう意味だろうな? それよりエリカ、傷の方は大丈夫か? お前は何かと強気になっているときほど、無理をするだろ?」

「切り傷だからそんな、大したことはないわよ」

「大したことあるだろ、俺とグーファこいつからしてみれば大いに心配事なんだ。しっかりと見てもらえ。医療テントにはロイドやミミも来ている。連れて行ってやれ」


そう顎でグーファに指図する。

そこにあったウェイドの表情は研ぎ澄まされているようで、私にこれ以上は詮索されたくないような顔つきだった。


「ああ、言われなくても――さぁ、エリカ。こっちに」

「……ありがとう、グーファ」


グーファの手を取りながらウェイドの雰囲気に嫌な予感がした。

彼は何かとんでもなく大きな隠し事をしているのではないかと思いつつ、医療テントを目指した。それにもう一つ、気にかかることもあった。


「(魔物の動き、すごくおかしかった気がする。通路を叩いたら、すぐに居なくなったような――気のせい?)」


戦いは終わったというのに、私の頭の中は未だに休むことなく、思考を加速させていくのだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る