第59話 火事場の馬鹿力
「きゃあ! 誰か助けてぇ!」
フレストの街中は魔王軍の急襲で混乱し、様々な場所から悲鳴と火の粉が舞い上がる。完全に防衛側が劣勢となっている。
そんな中、私とグーファは迫りくる魔物を排除しつつ、ギルド本部へ歩き続ける。
全てはフレンシアさんを救うためだ。
しかし、状況は最悪の一途を辿っている。
街の中心部に向かえば向かうほど、魔物の数も脅威度も上がり一筋縄ではいかない。
「<眩き紫弾よ、我が求めるのは殲滅のみ。爆ぜる風は吹き抜け、かの者たちに死の旋律を響かせよ!>」
可能な限り、グーファが前衛で敵の注意を引いてから私の魔術で一気に攻撃を加える。絨毯爆撃のように降り注ぐ紫の魔弾を何度も撃ち込むが、キリがない。
「くっ……! どんだけいるのよ! この腐れモンスターは!」
「エリカ! 相手にしても無駄です。こっちへ!」
グーファは私の手を引っ張って裏路地へと引き込む。その刹那、グーファの右頬を魔物が放った矢じりが掠める。息をつく間もないほど緊迫した状況の中、ギルドがある方向へと駆けていく。
「はぁはぁはぁ! ん!? エリカ、あそこに人が!」
「エリオットさん!? 助けなきゃ!」
ギルドがある通りに飛び出るとそこにはエリオット武具店のオシドリ夫婦が互いに背を任せ合いながら商品であるはずの剣を取り、魔物と戦っている最中だった。そこを強引に挟撃するかのように私とグーファで魔物を叩き斬る。
「アンタはあの時の――!」
「こんな状況ですけど、お久しぶりです!」
「本当だよ、最悪な状況っていうにも程があるがな!」
四方八方を魔物に囲まれ、完全に袋のネズミになった私たちは互いに背を寄せ合う。まだ、ギルドまで少しあるというのに、到底この量ではギルドの中はどうなっているか分かったモノではない。
「絶体絶命かな、これはさすがに……」
「エリカ、まだですよ。僕らはこういう修羅場を散々、潜ってきた。それに――!」
グーファは飛んで襲い来るゴブリンを素早く袈裟斬りで斬り捨てる。
緑色の鮮血が飛び散るが、その目だけは死んではいない。
「そこから多くを学んだ。だから、今だけは僕を信じてください」
「今だけって……バカ、いつも信じてるよ!」
「っ! そうでしたね――!」
「「てぃっ!」」
数の暴力で襲い来る魔物を二人で息を合わせるように横凪で切り伏せる。こんな絶望に近い状況だが、そこには絶対的な信頼があって自然と笑みが零れ落ちる。
その不気味さに魔物たちの勢いがグッと止まる。
「ただならぬ感じは最初からあったけど、アンタ等なら……エリオット! あの武器を出しな!」
「あの武器って、あれか!?」
「それ以外に何があるって言うんだい!! ふんっ!」
「ほれ――これを使え! 一級品だ!」
そう言ってエリオットの奥さんが迫りくるモンスターを叩き斬り、出来た隙を利用してエリオットさんが思いっきり私達へ向けて二本の剣を放る。
その剣は宙を滑空しながらも、まさに使用者を求めるように自然と音もたてずに地面へとゆっくり降下する。その様に『強力な力』を感じた私は素早く、その剣を拾い上げて引き抜く。刀身は光に触れると虹色に輝きを放つ。
「なんか分からないけど、これは凄いかも――そこまでの腕が無い私にもこれは斬れるって分かる!」
そのまま、私はギルドの方向へ向かって踏み込んで3体の盾持ちゴブリンを相手取り、横凪で斬りかかる。普通なら盾で弾かれるはずだが、剣の切れ味は糸くずを斬るかの如く、盾の防御力をいとも簡単に粉砕した。
「その剣は俺たちが扱う中でも最高クラス! グラーツ鉱石を使用した一流品さ!」
「アンタたち、これをどこで!」
その刀身をまじまじと見たグーファは鋭い目線でエリオットさんたちを見据える。
だが、その回答を聞ける状況でもない。
「グーファ! 横っ!」
「くっ! てやぁ!! ここも長居するとヤバい! 早くギルドへ向かわないと!」
間一髪で身をかわしたグーファは体制を立て直してギルドの方向を見据える。
「エリカ、短期決戦で行きましょう! その剣は魔力があれば力の増幅が可能です。僕が道を切り開くので進んでください! お二人も付いてきてください! その方が生存率も上がるし、効率がいい!」
「無理強いはしません。行けますか、お二人とも!」
「ちきしょう、こうなったら俺らも自棄だ! なぁ!?」
「ああ、いいだろうさ! 私はこんな男と心中なんてごめんだからね!」
「な、なんだとぉ!? おまっ――」
「行きますっ!!」
グーファはグッと前に一歩を踏み出し、一気に魔物たちの注意を買う。それは敵陣深くに突っ込む勢いだ。他人から見れば自殺行為に等しい。数多の攻撃がグーファの元に殺到することは明白だ。しかし、それこそが彼の目的だった。
「悪いが通らせてもらうぞ! <剣帝よ、鋭き刃は神速となりて真敵を滅する。我が斬撃に力の施しを与えよ!>」
閃光の刃が魔物たちの間を駆け巡る。しかも、かつての技とは比べ物にならない程に力と速度が上がっているせいか、あるいは剣が凄すぎるのか刀身が青い炎を放っていた。それは正しく、乾坤一擲の一撃で見える敵をほぼほぼなぎ倒す。
だが、剣には負担が大きすぎたようで音を立てて壊れていくのが見えた。
「今のうちにギルドへ!」
「続いてください!」
私はエリオット夫妻を先導する形でギルドへと駆けだし、中へと滑り込む。しかし、内部にも魔物がなだれ込んでおり、すぐに戦闘になる。
「――っ! <炎槍よ!>」
至近距離戦に発展してしまった以上は短く紡げる炎の矢じりを穿つ。まだ敵は多いが、入り口を確保できた。本番はここからだ。
「エリオットさんたちは入り口を! 私たちはこいつ等を――」
「ああ、分かった」
「エリカ、分かっていると思いますが……最優先はフレンシアさんです」
「分かってる。ただ、覚悟だけはしておかないとね」
ぞろぞろと出てくるゴブリンにスライム、あまつさえ蜂のような魔物すら居る。
まるでグレンブレット洞窟を彷彿とさせる光景だが、私たちは必死に戦い続ける。
しかし、戦況は非常に悪い。屋外なら多少は避けるスペースもあるが、建物の装飾品が邪魔をして防御が間に合わず、吹き飛ばされたり斬られたりする。
「ちっ……」
「グーファ! このぉ!!」
「エリカ! 後ろ!」
そうして、気付いてみれば建物を制圧しようとしていたはずの私たちが入り口まで後退させられていた。
「くっ、まずい……このままじゃエリオットさんたちまでが危ない。エリカ、取れる選択肢はもう――」
「っ……。フレンシアさん、ごめんっ! ――グーファ、退こう」
私は苦渋の決断を下す。魔力的にも戦闘を続けるには分が悪い。
撤退することも含めれば今、退かなければ手遅れになる。グーファはそれ以上、何も発せず、足を後退させる。
そんな時だった。
「ちょっと待てぇい!! わたしを置いて行かないでくださいよぉ!?」
その場に突拍子もない、いや――場違いな声が響いて一瞬にしてその場に居る魔物も、私たちもがピクリと止まり、その声の方を見る。
「フ、フレンシアさん!?」
「あはは……これってぇ……相当不味かったり?」
「ヌワァァァ!!」
「危ないっ!」
私が声を荒げた時には魔物が持つ刃が振り下ろされる。しかし、偶然にもフレンシアさんが後ろに尻もちをついて間一髪でかわす。それでも、私たちの前には魔物たちが立ちはだかる。助けになんて行けやしない。
「ひぃぃぃっ! ――<コード2ぅぅ!!>」
その刹那、まるでコンカッショングレネードでも食らったかのような眩い光がその場を掌握する。
「お待たせしましたぁぁぁ!!」
「ひゃぁ!」
「何をビビってるんですか、さっさとずらかりますよ!!」
「う、うんっ!」
「じゃあ、もういっちょ! おまけだ、この野郎!! ギルドなんてぶっ飛んじまえ!! ぁ――<コード998、アクティベーション!!>」
そう言った直後、カウンターがモワッと発火する。ゴォッと燃えたと同時に、周囲には黄緑色の煙が散布され始めた。
「今度は何!?」
「まずっ――!! み、みなさん、姿勢を低く!!」
「へっ!?」
その直後、カウンターからバーンと爆発が起きて完全に室内の魔物を爆風で丸ごと消し去る。まさしく、粉塵爆発そのものだ。天井もドアも悉く、吹き飛んでいた。
「うぅ……なにこれ、完全な爆弾じゃない……。イタタ、みんな大丈夫?」
「ええ、なんとか。でも、ひとまずは何とかなりましたね。次からはやるならやると言って欲しいモノですが――」
「はん! 見たか魔物ども!」
「フレンシアさん、それは時期尚早という奴ですよ……ほら?」
「え? 何をグーファ君、そんな――ひぃ!」
ギルド内部の魔物は間違いなく粉砕はできた。
けれど、外に居る魔物たちは当然ながら生き残っている。
いや、むしろ多数の魔物を倒したのだ。数を倍増して待ち構えていたのだった。
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