キャンプイン当日
あっと言う間に年が明け、2月1日のキャンプインの日。セリーグの京都ロイヤルズロイヤルズも、宮崎でそれを始めていた。
この時期はプロ野球選手にとって、資本である身体を1年間戦えるように仕上げる大事な1ヶ月。主力、ベテランは心技体を整え、新人や若手は一軍でプレーするために猛アピールをかます。
初日というのに、アピールが必要とされる面々はすでにプルペンで投げ始めている。そんな投手たちを、エースである鈴木は呆れていた。
「あいつら、ピークを間違えてねえか?まだ2月だぜ。なんであんなに投げる。これじゃキャンプのブルペンで投げるために自主トレしてるようなもんじゃねえか」
球場の外野でランニング中、鈴木にそう声をかけられた1つ下の後輩、
「まあ、人それぞれじゃないですか?早い段階で投げとけばコーチだけじゃなくてマスコミにもアピールできますし」
「アピールしなきゃいけねえのはシーズン中だろ?結局春でつぶれてシーズン後半に使えなくなんだよ。学習能力がねえよ」
「確かに・・・。賢治さんみたいに1年間働く人って、誰も初日から入りませんからね」
「そんな俺達をマスコミは『自己流』だとか『余裕』だとか言って、生半可な野球バカがそれを鵜呑みにすんだ。シーズン怪我したくないから走り込んでんのによ」
「そうっすね。肩は特に僕らの商売道具ですからねえ」
鈴木のボヤキを全肯定するように、渡辺はうんうんと頷いた。渡辺は鈴木と同じく甲子園でも活躍し、ドラフト1位で入団。ロイヤルズにおいても昨シーズンは鈴木に次ぐ8勝を挙げ、4年目の今シーズンは10勝到達と規定投球回到達を期待されている背番号17の左腕投手だ。鈴木とは野球観が合うのか、何かと一緒にいることが多い。
『腰巾着』と揶揄する声もあるが、すきあらばエースの座をくすねてやろうと虎視眈々としている。だからこそ鈴木もその座を守ろうと結果を残しているのである。
その二人は、基本的にキャンプ前半はランニングと遠投を軸としたメニューをこなし、身体作りに専念している。ニュースで使う画の為に、広報部の圧力を受けたコーチにブルペン入りを強要されても応じはしなかった(それでもルーキーの年は渋々従ったが)。キャンプで無理をしないためにシーズンを万全に過ごすことができるのだ。
「にしても賢治さん。今年きた新しいコーチは何も言いませんね」
「ああ。宮本さん・・・だっけ?俺達のやり方を認めてくれてるのか、めんどくさいのか。実際どっちなんだろか」
そう言って2人は、球場のファールゾーンでパイプ椅子に座る
「あれ、寝てるよな」
「寝てますね」
「ちょっと起こすか」
そう呟くと、鈴木は足元に転がっていたボールを拾うと、コーチ目掛けて投げつけた。
「えっ、ちょ、賢治さん何を!」
渡辺は慌てたが、鈴木はコーチではなくその横、フェンスのラバーに150km/h近いストレートをぶつけた。ラバーは「ボゴォンっ!!」と大きな音を立てた。
「わわわわわっ!!」
音に驚いた宮本コーチは、慌てふためいた挙げ句、ドンガラガッシャンとずっこけた。あまりにも絵に描いたような反応に、鈴木はあっけにとられるだけだった。
岡本監督が就任するにあたり、コーチ陣も刷新された。一軍の投手は宮本、早川の両新コーチが担当。宮本は起用法の進言、早川はブルペンの管理を担う。宮本は情けない姿をさらしたのだが、ブルペンでは早川コーチが早速仕事をしていた。
「はい前田と斉藤あがり〜」
カウンターを片手に3つ持ちながら、早川コーチは投げ込んでいた
「ええ?もう終わりですか?」
「まだ50も投げてないですよ!」
だが早川コーチはにべもなく返した。
「初っぱなからそんなに投げる意味ないだろ。ブルペンの練習なんか自己満足しかないんだから」
「でも、俺達は今までこれでやってきたんすよ?なんか調子狂います」
なおも斉藤は反論するが、
「じゃあ実際シーズンで結果出したか?」
と言われると、何も言えなくなった。それもそのはずだ。この2人はいずれも高卒2年目で、昨シーズンは二軍でじっくり育成されていたからだ。
「ピッチャーにとって肩は資産なんだ。もっと大事に使っとけ。大事なのは実戦での結果だ。ブルペンで一万投げても勝てる約束はないんだからな」
それに例年のようにマスコミにアピールしようにも、肝心のそれが今年はあまりブルペンにいない。なぜなら全ての注目は、今バッティング練習をしている背番号51に集まっているからだ。
◇ ◇ ◇
17
高校時代は1年夏から5季連続で甲子園に出場し、U−18の日本代表にも選ばれている。ドラフト1位で入団し、3年目の昨季は先発ローテに定着。鈴木に次ぐ8勝を挙げた。4年目の今シーズンは10勝到達と規定投球回到達を期待されている。最速155km/hの速球とスライダー、カーブが武器の左腕投手。
昨年成績 20試合8勝10敗 133回2/3投球回 防御率3.30
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