天才たちの打撃練習




「カッ!」




心地よい打球音を残して、ボールは鋭いライナーで外野のフェンス近くまで飛ぶ。それどころか、決して狭くない球場の外野スタンドまで何球か届いている。フェンスに当たるかスタンドに入るかすると、その度にゲージの後ろでカメラを構える男たちがざわめく。




何せ打球を放っているのが初の女性選手、山田杏里だからだ。




「ラストお願いします!」




ハキハキした声でバッティングピッチャーにそう告げた山田は、左打席でバットを構え直す。ピッチャーのタイミングに合わせて右足を上げ、90センチ近い長いバットをコンパクトなスイングで振り抜き、ボールを捉える。最後の一球はスタンドに届いた。




「ほほう・・・なかなかどうして、彼女は女子の世界では収まりきらなかったようですね」




見守っていた岡本監督は、素直に目を細めて感嘆としていた。これだけ間近で彼女のバッティングを見たのは初めてで、それが予想を越える程の完成度だったのである。




「バッティングの肝である腰の動きが完璧です。それにリストも強くて柔らかい。これほどのバッターはそうそう目にかかれませんよ!」




ヘッドコーチの佐々木泰志ささきやすしと打撃コーチの森哲郎もりてつろうは、山田の技術に完全に心酔していた。




「これこれ二人とも。あまり彼女ばかり誉めるものではありませんよ。今年のルーキーは他にも実力者がいるのですからね」




岡本監督が言うように、今年の新人はとかくバッティングに秀でている。小林も右打席からスタンドインを連発し、伊藤も高卒ルーキーながら力負けすることなく、シュアな打撃を披露している。その中で、岡本監督は佐々木コーチに聞いた。




「ところで佐々木コーチに聞きたいのですが、彼をどう思いますか?」




そう言って指を指したのは、背番号4のバッターだった。広角に鋭いヒット性の打球を打ち分けているが、どうももうひとつ迫力がない。技術こそあるものの、それを十分発揮できていないといった印象だ。




「当てるのは確かに巧い。でもそれがむしろ本来の良さを消しているような印象がありますね」




バッターの名前はグレッグ・ジョーンズ。ロイヤルズのいわゆる『助っ人外国人』である。3年連続3割20本塁打をマークしたメジャーの好打者という触れ込みで入団したものの、来日した昨年度は故障に苦しみ、わずか43試合の出場にとどまった。あらゆる変化球を捉えられるミート技術より、速球に力負けする場面のほうが日本では目立ち、2年契約が切れる今シーズンは結果が望まれている。




「メジャーは日本よりも力任せなピッチャーが多いのだから、非力な選手が生き残れるわけがない。居残っているのならそれなりに力はあるはずですからね」


「では、彼の良さを引き出してください」


「わかりました」


「しかし、バッター陣はある程度めどが立ちますが・・・。果たしてピッチャー陣は戦力となれるのでしょうかねえ」




遠い目をしながら、岡本監督はつぶやいた。就任してからピッチャーたちを多く見てきたが、戦力として星勘定のめどが立つ投手とそうでない投手との格差があまりにも激しかった。




「鈴木と渡辺、あとは中継ぎの石井君と山崎君。この3人だけではねえ」




顎をさすりながら岡本監督はつぶやいていた。





そして岡本監督の心配事は、中村オーナー自らが視察に来た日、嫌な形で露見した。この日、主にルーキーら若手選手を相手に、昨年の一軍で投げたピッチャーたちが投げたのだが、その結果は惨憺たるものだった。




「大輔よ。お前もだいぶめんどくさいチームに入ったな。B級、いやC級ピッチャーで勝たなきゃダメなんだからよ」


「ナベ・・・さすがにそれは言い過ぎだろうよ」




石井、山崎と昨年50試合以上に投げた2人のピッチャーを相手に15打数10安打5ホーマーと打ちまくってご満悦の小林は、鈴木にそう冷やかした。




「しかしあれが中継ぎエースじゃ、リーグ7位のチーム防御率も頷けるぜ。ま、俺のバットで勝たせるしかねえよな」


「おいおい。『俺の』とは言ってくれるじゃねえか新人さんよ」




その小林に対して、佐藤は敵意むき出しで声をかけてきた。




「チームを勝たせるのは四番打者の『俺の』バットだ。図に乗るなよ?引き立て役が」


「チーム打率も12球団ワーストの貧打線のなか、全試合4番を任されるほど信頼されているのは分かるが、所詮は7位チームの4番打者。どっちが引き立て役か、シーズンが始まったら教えてやるぜ」




嘲笑を浮かべながら背を向け、ひらひらと手を振って佐藤をあしらう小林。だが、その表情はすぐに怒りの表情に変わった。




(なんてポンコツチームだよ。どっちにしろ俺が勝たせるしかねえな)




高校・大学と名門のエリートコースを進み、『勝って当たり前』の世界で生きてきた小林にとって、この体たらくは腹立たしかった。何より、新人に打ち込まれたにも関わらず、「何で打たれるんだろうなあ」という弛緩した雰囲気を醸し出すピッチャーたちが、見ていてむかついたのだ。




そんな小林の心境を知る由もない佐藤は、こちらも怒り心頭といった表情で打席に立つ。




「あの野郎・・・ちょっと高校と大学で活躍したからって浮かれやがって。どっちが4番にふさわしいか見せつけてやるぜっ!!」




そう言って打撃練習を始めた佐藤は15打数のうち7三振7本塁打と、いいのか悪いのか微妙な数字に終わっていた。

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