8本目 END
「帰ってきましたわね」
空港の手荷物受取場で、思わずといった調子で口に出したのは九条院さんだ。
わたくしたちは三泊四日のお泊まり会を終え、最寄りの空港まで戻ってきていた。
九条院さんだけでなく、全員が同じ気持ちだっただろう。
「もう、帰ってきてしまったのですわね」
この四日間には『楽しい』が無限に詰め込まれていた。
親友たちとのおしゃべりも、皆で食べたご飯も、はしゃぎまくった海も、一緒に遊んだゲームも、この夏休みで一番素敵な思い出の一ページとなることは間違いないだろう。
名残惜しいが、これで一旦お別れだ。
思い出は心のバインダーに挟んでおいて、まだ残っている夏休みを楽しもうじゃないか。
「夕凪さま」
ぼんやりと思い出を噛み締めつつスーツケースが流れてくるのを待っていると、不知火さんが小さな声で話しかけてきた。
「どうなさいまして?」
「その、ゲームでのこと、ありがとうございました」
「ああ、いえいえどうも。困ったときはお互い様ですの」
「私、吹っ切れた気がします」
「不知火さま、良かったですわ……!」
心なしか口調の中に
「それとですね、夕凪さま」
「なにかしら」
「それはそれとして、ゲーム内での仕打ち、許すつもりはありませんよ」
不知火さんの黒い笑顔にゾクリとする。ゲーム内での仕打ちとは、生身で七色龍に乗せたことだろう。
――やばいやつだこれ。実は結構怒ってたやつだ。普段おしとやかな人を怒らせてしまったやつだ。
心の中の焦りを抑えながら、わたくしはうなずく。
不知火さんは目を細めてニッコリと笑う。いつも通りの清楚極まりない笑みだ。
「ふふ、貸し、ですよ夕凪さま。お互い貸し一つ、借り一つです」
「それなら相殺ではありませんこと?」
「私、ゲームではやり返さないと気がすまない性格ですの」
……わたくし、やっちまったかもしれませんわ。
「また遊びましょうね。ブレファン」
こう言ってくれたのは良いのだが、その楚々とした笑みが
「あら、お二人ともゲームのお約束かしら? わたくしも入れてくださいませ」
九条院さんが耳聡くやってくる。九条院さんにそのつもりは無いのだろうが、不知火さんの圧力から助けられた形だ。
「九条院さま、ブレファンはお気に召しまして?」
「ええ、ゲームってとても爽快なものなのですわね。わたくし感動いたしました」
棍棒振り回しまくっていた人の言うセリフとしてはどうかと思う、と心の中でツッコミを入れつつ、四人全員でゲームができる喜びを噛みしめる。親友がゲームに偏見を持たない彼女たちで本当に良かった。
VRゲームなら離れていても一緒に遊べる。
現実のようなぬくもりを感じることは難しいが、仕草や表情で思いは伝わってくる。それだけで十分以上に楽しいこと請け合いだ。
もちろん、彼女たちは社交に本業のプロゲーマー活動にと忙しいだろうし、わたくしや成瀬さんのように自由にゲーム三昧というわけには行かないだろう。
それでもゲーム内でときどき集まって近況報告をしたり、ストレス発散に一狩り行ったり、ゲームのストーリーを楽しんだり、あるいはのんびりゲーム内のカフェでおしゃべりしたりしたいところである。
スーツケースを確保したわたくしたちは、出口を示す標識に従って歩き始める。
出口の先には、九条院さんの帰りを待ち望んでいる九条院家の執事さんが仰々しく立っているようだ。わたくしや他の方の家族も探せばいるのだろう。
九条院さんが執事さんを見つけ、わたくしたちにお別れの挨拶をした。
「お話の続きはまた今度。夏休み中にまた遊びたいですわね」
「ええ、本当に。ぜひ予定が空いたら連絡してくださいませ」
「予定が空かなくても連絡いたしますわ」
「ふふ、そうですわね。いっぱいお話をいたしましょう。……それではごきげんよう」
手荷物受取場と空港ロビーの間にある、一方通行の自動ドアが非日常からの出口だ。
ここから一歩踏み出せば、どこか非現実的だった世界から現実に帰ることになる。
親友たちがその境界を軽々と越えて行くのを見て、わたくしも歩みを進める。
名残惜しさをポケットに詰め込んで、日常に戻ろう。
お休みしていた配信を早く再開しなければ。
友情も、夏休みも、ゲームも、配信も、そしてお金儲けも、まだまだこれからなのですわ!
Playlist04 わたくし、夏休みをエンジョイいたしますの ~お泊り会編~ 終
次のプレイリストへ →
VRゲーマーお嬢様はeスポーツ動画配信でご飯が食べたい 五月晴くく @satsukibare
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。VRゲーマーお嬢様はeスポーツ動画配信でご飯が食べたいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます