11本目 賭け
走る。走る。僕は今、オークから全力で距離を取ろうとしているところだ。
オークの強化が終わってすぐ、ジャンピング斧叩きつけ衝撃波攻撃が来る。
ジャンピング斧叩きつけ衝撃波攻撃には二段階の衝撃波がある。
まず叩きつけた瞬間、オークの周囲に円を描くように広がる近距離制圧用の透明な一次衝撃波と、オークの前方に扇を描くように広がる遠距離制圧用の赤い二次衝撃波だ。
赤黒いオーラが完全にオークから出たときには強化が終わっており、そのときに近距離で戦っているとまず近距離制圧用の一次衝撃波で潰されてしまう。
実は、一次衝撃波の対策はもうできている。オークの強化には順序があり、十秒ほどの時間をかけて強化をすることが攻略組の検証で判明したからだ。
まず、強化が始まるとオークの白目が黒く、黒目が赤くなる。次に攻撃が激しくなり始め、最後に赤黒いオーラが出るという流れだ。
もしも目の変化を捉えることができれば、一次衝撃波から逃げることは比較的簡単になる。しかし、そのためにはパーティプレイが必要で、ソロプレイ主義の僕からするとこれまでは自分の直感に賭けるしか無かった。
「オークがジャンプしましたわ!」
「りょーかい!」
今は違う。お互い重度のゲーマーという本性を隠してはいたものの、竹馬の友とも言えるみみこさんが一緒にプレイしているのだ。
しかも、超近距離型の僕とは相性の良い遠距離型プレイヤーである。これでいて戦況把握が得意と来た。
「ここまで来れば一次衝撃波は
「わかりましたわ! やりますわよ!」
みみこさんは視野が狭くなりがちな僕を何度もフォローしてくれた。はじめてこのエリアボスに挑むとは思えないほどの的確な指示出しには脱帽する。
高く跳び上がったオークが、斧を地面へと叩きつける。
円形に広がる透明な一次衝撃波――
「もふ! やっておしまい!」
ブゥンという空気が揺れるような低音。
みみこさんの七色龍から放たれた紫の波動が、オークの周囲を揺らす。
――二次衝撃波は、放たれることがなかった。
「やりましたわ!」
「やったね! 近づくよ!」
「任せましたわ!」
隙のできたオークに向かって距離を詰める。
「いくよデニッシュ。【獅子】、【奮迅】」
クールタイムが終わった攻撃力バフスキルを使って、走り込んでの一閃。
「ガアァァァルゥァァァッ!」
この叫び声は何を意図したものかよくわかる。強い怒りの声だ。
「僕はね、お前みたいな調子に乗ったモンスターをおちょくるのが大好きなんだよ!」
ステップを多く踏むことを意識する。ここからのオークの攻撃は、一撃一撃が命取りとなるため回避を重視して立ち回る。足元でチョロチョロ動かれるのはさぞウザかろう。
僕の攻撃の頻度が下がるためヘイト管理が難しいが、そこはみみこさんを信じるしかない。
ここからは僕もよく知らない領域。ほとんど未知の戦い。
けれども――
「なんだか負ける気がしないよね!」
「ふふ、そうですわね!」
++++ ++++
バトル開始前の作戦会議のとき、わたくしたちは一つ『賭け』を行うことを決めた。
「ねえみみこさん、これは完全に僕の想像だから、間違っているかもしれないんだけど」
「なんですの?」
お互いのスキルや七色龍の情報を交換したわたくしたちは、ジャンピング斧叩きつけ衝撃波攻撃――何度でも言うが、ノルセさん命名である。わたくしが考えたわけではない――の対策を練っていた。
ノルセさんはわたくしのもふが新しく手に入れたスキルの情報を念入りに確認すると、少し考え込んだあとこう切り出してきた。
「多分ね、二次衝撃波は魔法なんだ」
「どういうことですの?」
「今作って色が一つのテーマになってるじゃん?」
「そうですわね」
「それでね、一次衝撃波が透明で、二次衝撃波が赤いのは意味があると思ったんだ。例えば今作で黒と赤は災厄龍の色というイメージがあると思うんだけど」
「ちょっと待ってくださいまし。そうだったんですの?」
「気づいてなかったんだ……」
色々とゲームの根幹に関わりそうな情報が出てきた。確かに少し前に戦った災厄蛇というボスは赤黒いオーラをまとっていた気がする。
「まあいいや。それでね、同じように魔法って色が付いてるんだよ」
「そうなんですの?」
「そうなんだよ」
「全然気にしておりませんでしたわ」
本当に気にしていなかった。けれども思い返してみれば、災厄蛇は赤い魔法を放ってきていたし、魔法弾のエフェクトは黒と紫の中間のような色をしている。
無色透明という魔法は未だに見たことがない。必ず発動時に何らかの色のついたエフェクトを伴っていた。
普通だったら、エフェクトは魔法発動をかっこよく魅せるための賑やかしだと思うだろう。けれども、ことブレファンにいたってはそう単純にはいかないらしい。
「それでね、一次衝撃波はたぶん物理攻撃なんだよ。攻撃を受けてもたまに状態異常『硬直』にかからない人がいるという報告が攻略組からあったんだけど、それはオークの背後で一次衝撃波だけを食らったからなんだと思うんだ」
「そんな情報があったんですのね」
「そうそう、近距離で戦うのは僕だから伝え忘れてたよ。それで二次衝撃波が魔法だと思うのは、まず状態異常『硬直』の発生と、さっき言った色が根拠だね。自信はね、ええと、七割くらい正解だと思う」
得意げに話していたかと思えば、とつぜん自信なさげにうつむきがちにチラリとこちらを伺ってくる。こんなさりげない仕草が普段学園で会っているときの成瀬さんとそう変わらなくて笑いそうになる。
学園では言葉や態度は丁寧にしていても、ノルセさんは素に近い形でわたくしたちと接してくれていたのだろう。嬉しいことだ。
「だからね。みみこさんのもふもふが持ってる【マジックジャミングボム】で防げるかもしれないんだ」
「そうですわね。可能性は高いと思いますわ」
【マジックジャミングボム】はもふとのレベリング中に新しく手に入れたスキルだ。もふにチャージされた魔力を消費することで、もふからニメートルほどの範囲に強力な魔力妨害波を放つことができる。
魔力妨害波の効果は、魔法の発動を妨害し、加えて魔力を用いた様々なスキルや能力も妨害できるというものだ。
例えば魔法発動をするためのチャージ入っているモンスターに当てれば魔法発動を止めることができる。魔力を用いて知覚を得ているモンスターに使えば、その知覚を一時的な機能停止に追い込むこともできる。
ただし、魔力のチャージは直接触れることでしか行えない。そのためクールタイムが終わってももふに触ってチャージするまで発動することができないというデメリットがある。
とはいえ、チャージの難しさや効果範囲の小ささといったデメリットも考えても、対魔力に関しては非常に強力なスキルと言えるだろう。
「今のところ、魔法妨害系のアイテムやスキルは見つかってないんだ。実はもう見つかっていて、だれも公開してないだけかもしれないけどね。だから試す価値はあると思う」
「乗りましたわ!! その賭け!!!」
「うわあ、急に大きい声出さないでよ! びっくりしたなあもう」
「あら、失礼いたしましたわ」
そうして賭けは成功した。もふの【マジックジャミングボム】によって、二次衝撃波を解除することができたのだ。
オークにできた隙を利用してノルセさんが間合いを詰める。わたくしも魔法弾をリロードして即座に撃ち始める。
一瞬の集中力の途切れが、自分か味方の死につながる緊張感。わたくしたちにはサポートをしてくれるヒーラーがおらず、蘇生アイテムも見つかっていない現状、一人のダウンは即敗北へとつながる。
FPSでも感じるような、肌にくるピリピリとした感覚。FPSならこんなときこそ冷静にならなければいけない場面だが、今はその逆だ。
「楽しい! 楽しいですわノルセさん!」
「わかるよ! 一緒に楽しくぶっ殺そう!!」
「お口が悪くてよ!」
「ごめんね! あはは!」
「いいですわよ。おーっほほほほ!」
距離は離れているのに、お互い心の底から楽しんでいることが共有できる。
相乗効果でテンションがどんどんと上がっていく。
「ヘイトがわたくしに向きましたわ! でも十秒は耐えられそうですわよ!」
「おーけー! ラッシュする!」
「任せますわ!」
調子に乗ってしまったわたくしに攻撃の矛先が向いてしまったが、オークの遠距離攻撃は避けやすいものばかりだ。岩を投げたり、斧の一振りで衝撃波を飛ばしてきたりする程度。
そんな攻撃、
ノルセさんがスキルを使ってオークの足元を激しく斬りつける。
わたくしはオークの気をひきつけながら逃げる。
もはやオークの方をたまにしか見ずに、必死に逃げる。
「グルァ!! グウウウァァ!!」
そうして逃げ回るわたくしの背後から、地面に何かが叩きつけられるような音とオークの悲鳴が聞こえてきた。
「やった! 右足壊れた!」
「ナイスですわ!」
「畳みかけるよ!」
オークの右足に一定以上のダメージが蓄積され、オークが転んだようだ。
これがノルセさんの狙いだ。
敵の各部位にダメージがたまると、その部位の動きが鈍くなったり、敵が転んだりするというブレファン前作にあった仕様を、今作も踏襲していると予想したノルセさんだったが、見事予想通りだったというわけだ。
「【乱舞】を使うよ!」
ノルセさんが発動したのは戦士のスキル【乱舞】だ。一時的に移動ができなくなる代わりに連続した攻撃の威力を上昇させるスキルである。
「【強撃付与】、からのズドン!」
狙いは生物系モンスターの弱点である頭部。
「うおおおおお!」
頭部にカタナで斬り込み続ける。
「まだまだ弾は余っていますわよ!」
魔法弾を撃ち込み続ける。
「ガアァァァ!!!」
オークは腕をついて立ち上がろうとする。地面に膝立ちになって、自らにたかるノルセさんを振り払うために斧をぶんぶんと振り回す。
あともうひと踏ん張りで立ち上がるだろう。
「もう一発。ズドンっ!!!」
弾倉いっぱいを撃ち尽くして、素早く魔法弾の生成を行おうとする。
「グルァァァァア!!!!!!!!!!」
立ち上がろうとしたオークは、これまでで一番大きな叫び声を上げながらふらつく。
「やった?」
「それはフラグというやつですわよ」
オークは一瞬ふらついたものの、再度斧を振り上げる。
「危ないですわ!」
わたくしの警告も虚しく、スキルの効果で動けなくなったノルセさんにオークは強い視線を向ける。
そしてオークは渾身の一撃を放つがごとく、その斧を振り下ろそうとして。
――突然に、動きが止まる。
その隙にスキルの硬直時間を終えたノルセさんが素早く待避。
ノルセさんの様子を視界の隅に収めながら、オークの動きを監視するが――そのままオークは前のめりに倒れ、静寂が訪れた。
「やった……ね」
「ッシャオラーですわ!!!」
「そんな喜び方するんだ」
「しますわね。VRFPSゲーマーなので」
「FPS関係ないよね?」
「うるさいですわよ」
『そんな喜び方あんまりしないな』
『関係ないな』
『VRFPSゲーマーバカにしてる?』
『どこの世界のお嬢様だよ』
「うるさいですわよ!」
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