9本目 わたくしたち、知り合いですわよね?
「なんでボスフィールドに……」
「こうするしか逃げる方法がありませんでしたの」
「ああ、そういうことか。確かにここなら追ってこれないね」
ノルセさんは納得してくれたようである。
ここはパーティごとに別のインスタントフィールドが生成される特殊な場所。別のパーティである彼らは入ってこられないのだ。
とっさのアイディアだったが、うまく行ってよかった。もふとの信頼が成せた結果である。あとで沢山もふもふしよう。
「えっと、このボスって最初はこっちが攻撃するまで様子見してくるから、一旦ちょっと落ち着こう」
「あら、そうですのね。わかりましたわ」
どうやらオーク戦には準備時間があるようだ。オークに向けていつでも撃てるようにしていた魔法ライフルの構えを解く。
「あの、誰かわからないけど助けてくれてありがとう。えっと、名前は、って、えええええ!?」
一応はボス戦中ではあるので、念の為に魔方弾の補給を行っていると、ノルセさんがとつぜん素っ頓狂な声を上げた。
何か起きたのかと思い慌ててノルセさんの方を向く。なにげに、きちんと顔を合わせるのはこれが初めてである。
「どうかなさいまし……え?」
そしてわたくしも、ノルセさんと同じように固まってしまう。
『え、何どうしたん?』
『なんかふたりとも固まってるけど』
『ここで立ち止まってたら、あのヤバい奴らは追ってこないん?大丈夫なん?』
『ボスエリアはパーティごとに別のフィールドだから安全だぞ』
配信ウィンドウを流れていくコメントが、目の前を素通りして頭に入ってこない。
一体なぜわたくしはこれまで気が付かなかったのか。
ギルド本社前の広場で、ノルセさんの声に聞き覚えを感じたのは、勘違いなどでは無かったのだ。
「プレイヤーネームみみこって。あの、みみこさん……さま、だよね……?」
「そういうあなたは……そうですわね。わたくしたち、知り合いですわよね?」
「多分そう、です」
なんとノルセさんの正体は、白薔薇学園での大切な友人、
『知り合いってマジwww』
『さまって言ってた?』
『ノルセが敬語使ってるとこ初めて見た』
『お嬢様ってマジのお嬢様?』
『お嬢様はお嬢様だぞ』
お互い放心状態のまま、時間だけが過ぎていく。コメントを読む余裕すらない。目をさまよわせながら、口を開きかけてはまた閉じるを繰り返す。
「って、このままだと放送事故ですわね!」
「放送事故って、もしかしてみみこさまは配信者なの? ……ですか?」
無理に敬語を使おうとしているようで、すこぶる話しにくそうである。白薔薇学園で話すときとは異なり、ゲームの中ではあまり敬語を使わないでプレイするタイプのようだ。
「楽な話し方で良いですし、みみこさん呼びでも構いませんわよ」
「えっと、ありがと。じゃあ普通に喋らせてもらうよ。みみこさま、じゃなくて、みみこさんも普通に喋っていいよ」
「わたくしはこれが素ですので大丈夫ですわ。ああ、でもせっかくですしノルセさんと呼ばせてくださいませ」
「ぜんぜん問題ないよ! ありがとうみみこさん」
これで話し方の問題は解決だ。ゲームの中でくらい色々なしがらみを忘れて、自然に、楽しく、仲良く遊ぶのが良いに決まっているのだ。
それでなんだったか。配信の話だっただろうか。
「配信についてなのですが、見ての通り今も配信をしておりますわ」
「えっと、本当だ。ネームタグにカメラマークついてる」
ノルセさんはわたくしが配信していることに気づいていなかったらしい。相当慌てていたようだ。
本名を話さなくて良かった。危うく身バレの危機である。
それにしても、白薔薇学園の友人の意外な――いや、意外すぎる一面を知ってしまった。
完全無欠な政界のスーパーお嬢様だと思っていた成瀬さんが、VRゲームのガチプレイヤー兼配信者であり、しかもこれだけラフな話し方をするというのだ。今世紀最大級の驚きで胸が溢れかえっている。
「そう言えば、ノルセさまも配信なさるんですわよね?」
「あーっと、僕の配信見たことあるの?」
「無いですわね。ただ小耳に挟みまして。あの卑しい人たちも配信の話をしていらっしゃいましたし」
「卑しいって……みみこさんって結構悪い言い方をするんだね」
「ノルセさんほどではないですわよ。おほほほ」
思わず口から出そうになった「あなたには言われたくないですわ!」というツッコミを飲み込み、お嬢様言葉フィルターをかけた。
まさかあの仲良しグループにVRゲームの配信者が二人いるとは夢にも思わなかった。天文学的な確率の奇跡ではなかろうか。
「えっと、もしかして僕の暴言、聞いてた?」
「もちろんですわ」
「う……あの、どうかご内密に……」
「それも、もちのろんですわよ!」
言われなくともそのつもりである。わたくしも、ゲームで熱くなっているときはお悪い言葉の一つや二つお口からぽろりとこぼれてしまうのだから、人のことを非難してばかりではいられない。
ゲーマーの
「ひとまずはオーク戦ですわ。ノルセさんは戦ったことがありまして?」
「うん。何回もあるよ。でもなかなか勝てなくてね」
「それでしたら戦い方を教えていただけませんこと?」
「もちろん! ただその前に、お互いの戦闘スタイルの確認をしようか」
ステータスを共有し、戦闘スタイル、得意なこと、苦手なことを話していく。
普通のトッププレイヤーならスキルやステータスを隠して攻略や対人戦を有利に進めようとするのだろうが、お互いに配信者なのでステータスは公開情報だ。
隠し事なんて最初から存在していないので、気軽に見せ合うことができる。
「つまりノルセさんのスタイルは、
「えっと、まあそうなのかな。体力の管理とかヘイト管理とか全然考えずに斬り合っちゃうって意味ではバーサーカーかもしれないや。だから今回のボス戦にはあまり期待しないでほしいかも」
「あら、全然問題ありませんことよ。わたくしは連携を取ろうとしない味方に合わせるのには慣れていますの」
「そうなの?」
「FPSゲームってそういうところがありますの」
「そういうところがあるんだ……」
二人してなんとも言えない空気になる。
配信コメントもなんとも言えないコメントで埋まっている。
今この瞬間、他プレイヤーと協力するゲームでソロプレイをする世界中の人の気持ちがひとつになった気がした。
「まあ、それはいいんですのよ。とにかく、わたくしは勝手にフォローするので勝手に暴れていただいて結構ですわよ」
「本当に? いいの?」
「ええ。わたくしもこのゲームでパーティプレイをするのは初めてなので至らないところはあるかと存じますが」
「ありがとう! お互いぼっちだったんだね」
「一言多いですわよ」
というわけで準備はオーケー、と言いたいところだが、一つ忘れていることがある。
「ノルセさんは配信しなくて良いんですの?」
「あ、そうだった。していい?」
「全然問題ないですわよ。突発コラボみたいになって申し訳ありません」
「いやいや、むしろ嬉しいよ! まさか一緒に好きなゲームをプレイできるとは思ってなかったし……」
「わたくしもですわ。不思議な縁ですわね」
ノルセさんが配信の準備をするのを眺めつつ、わたくしは自分の配信の視聴者の対応をする。
ようやく気づいたのだが、配信の視聴者数がいつもより大きく増えている。コメントをよく見ると、SNSで話題になっているから来たという人が多いようだ。
普段は別ジャンルで配信している二人が、なんやかんやあって突発コラボをするようになったという経緯が拡散されているようだ。このビッグウェーブには乗るしかないだろう。
「ノルセさん、SNSで名前を出してもよろしいかしら?」
「え? 全然いいよ。じゃんじゃん出しちゃって。僕も出すから」
「感謝いたしますわ」
許可をもらったので、ノルセさんとコラボしてボスを討伐しに行く旨をSNSに投稿する。
瞬く間に共有数が増加していく様に若干驚きつつ、さりげなくノルセさんのSNSアカウントをフォローしに行く。
「うわ! みみこさんフォロワー多いね!」
「ええ、見てくださる皆さまには感謝ですわ」
かくいうノルセさんも、わたくしに劣らずフォロワーが多いようだ。身近にこれだけバチバチに配信をしている人がいるとは思ってなかった。
ノルセさんが配信を開始したことをSNSに投稿していたので、わたくしのアカウントでもその投稿内容を共有する。
これで、視聴者はお互いの配信を行き来しやすくなったはずだ。
「これでよし、ですわ。あとはノルセさんを待つだけですが」
横目で彼女を見ると、配信開始の挨拶をしているところだった。
わたくしの方をチラリと見つつカメラを移動させている。
わたくしの紹介がしたいようだ。
「それで、今回の突発コラボ相手がこちらのみみこさんです!」
「皆さま、はじめまして。普段はVRFPSゲームを中心にeスポーツ配信をしているみみこお嬢様ですわ。最近だと、
「はい! 詳しい経緯はみみこさんのチャンネルで配信録画を見てほしいんだけど、色々あって助けてもらってそのままボス戦をすることになりました」
「よろしくお願いいたしますわ」
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