8本目 一計



『お互いに良い取引だと思うんだよ。な?』

『こっちは攻略組の二パーティだぞ?』

『配信で揉めてるとこ見せたくないんだろ? わかってるよな?』


 話はヒートアップしていく。攻略組のゲーム内における影響力は、確かに馬鹿にできない。

 彼ら彼女らがゲーム内で悪口を広め続ければ確実に彼女のイメージダウンになるだろう。最悪、状況をよく知らない人たちが誤解して炎上することまでありえる。

 それに、配信者ということを抜きにしても、彼らのような粘着質で悪質なプレイヤーがいるというだけで、今後楽しくプレイすることが難しくなるだろう。実に嫌な恐喝である。


「これは良くないですわね……。彼女はなんでGMに連絡しないのかしら?」


 ここまで悪質で脅迫じみてくると、GMコールをすれば対応してくれるはずである。何かGMコールをしたくない理由があるのか、あるいは彼女のプライドがそうさせるのか。


『僕はお前らみたいなゴミと組んでゲームをやりたくないって言ってんの! お前らとやっても絶対つまんないし、実力も出せるわけないじゃんカス!』


「あー、ノルセさん自身もそれなりにタイプの人なんですのね。それでGMコールしにくいのかしら……」


 自業自得とまでは言わないが、こんな風に熱くなりやすいゲーマーのさがはいと悲しきかな、である。ここまで悪質なら多少暴言を吐いたところで両成敗になることはないとは思うが、いざ当事者になるとそこまで思い付かないものなのだろう。

 とは言え、ここまでの流れでノルセさんが迷惑を被っているということはわかった。


 ノルセさんはこちらに背を向けているので表情が見えないが、声色からして不快な思いを感じていることに間違いはないだろう。

 動きを見てもその場から逃げたそうにしている。しかし、他の九人に阻まれて逃げられなくなっているようだ。


「明らかにノルセさんは被害者のようですし、助けますわよ」


 わたくしは一計を案じることにした。


 まず、手持ちの魔法ライフルを、魔法の杖のように使って魔法弾を生成する。

 ギルド本社で聞いたところ、ガンナー職であればスキルで魔法弾生成が簡単にできるようだが、今のわたくしはただの狩人だ。だからこうやって、魔法ライフルを触媒に魔法弾を生成する必要があった。

 この方法だとスキルで生成する場合と比べて魔力効率や生成速度が大幅に落ちるらしく、早めにガンナー職へ転職したいところである。


「まずは【煙幕付与】、それと【閃光付与】」


 立て続けに二つのスキルを発動する。

 【煙幕付与】も【閃光付与】も狩人のスキルだ。矢、投げナイフ、一部の魔法、それから魔法弾などの遠距離攻撃に特殊効果を付与するスキルである。


 【煙幕付与】は、付与された武器や魔法が着弾した場所に煙幕を張って、発動場所の一帯の視界を悪くすることができる。

 【閃光付与】も【煙幕付与】と同じく撹乱のためのスキルだ。こちらは発動時に一瞬強く光り、その光を近くで目撃した人に状態異常『閃光』を付与する。閃光は状態異常なのでレジストされることがあるが、一時的に素早く視界を奪えるのと、煙幕と違い風系の攻撃で吹き飛ばされることがないという利点がある。


『あ゛? てめえこっちが下手に出てればなんだ? 状況がわかってんのかクソアマがよ!』

『配信者だかなんだか知らねえけど、調子乗ってんじゃねえぞ!!』


 もふもふを通して聞こえる内容はもう聞くに堪えない。早急に対処する必要があるだろう。


「騒々しくて耳障りな方々ですわね。まるで動く廃棄物のようですこと」


 準備はオーケー、さあ始めよう。


「先に【閃光付与】をした魔法弾で包囲を解きますわ。狙いはノルセさまの背後……」


――チュイィン。


 実際の銃とは異なる、魔法ライフル特有の発砲音が草原に響く。

 目標との距離はかなり離れているが、クロスボウとは比べようもなく弾速が早い。すぐに結果は訪れた。


『うわ、なんだ!』

『眩しい! くそ、どうなってんだ!』


 突然の閃光にうろたえるプレイヤーたち。スコープで見る限り、ノルセさんの前方にいた四名、後方にいた二名ほどが閃光を受けたようだ。そのうち何名かはしゃがみこんだり、目が見えないながらも回避行動を取ったりしている。

 腐っても攻略組。戦闘中であれば良い判断だと言えよう。しかし、今回の目的は包囲を解くことだ。作戦通りとわたくしはほくそ笑む。


「続いてスモーク……」


 煙幕弾は正確な狙いが必要ないため装填後すぐに撃ち出した。着弾と同時に吹き上がる煙幕。これで全員の視界がある程度奪えただろう。

 人間の一番の情報源の一つは視覚だ。油断しているタイミングで視界が失われた際の混乱というのは、人が想像する以上に大きい。


『次はなんだ!』

『俺は眩しくてなんも見えねえよ! なにが起きたんだ!』

『ちょっとこれはどういうことよ! あんたたち騙したわね!』

『俺たちも知らねえって!』


 動揺という現象は、人数が多ければ多いほど鎮火しにくい。普段から連携が取れているパーティだけならまだしも、今は別のパーティもいるのだ。さぞ情報が錯綜していることだろう。


「もふ、ターゲットを煙の外まで誘導してさしあげなさい」


 わたくしでは煙幕の中を見ることができず、もふをコントロールすることができない。だから代わりに指示を出し、もふの意思でノルセさんを煙幕の外へと誘導してもらう。


「急ぎますわよ!」


 もしノルセさんが包囲を抜け出せたとしても、ここは視界が開けた草原だ。煙幕が晴れるまでに彼らから見えないところまで逃げることは難しいだろう。

 だから、わたくしも走ってノルセさんの方へとフォローに向かう。


「うまく行くでしょうか……」


 不安に思いつつも、わたくしは走ることしかできない。


 そして煙幕を張ってしばらく経ったところで、ノルセさんが煙幕を抜けて外に出てきた。その手はもふを掴んでいる。


「ノルセさま!」

「え……? 誰?」


 困惑しているノルセさんに向かってひたすらに駆ける。

 一瞬ノルセさんはカタナに手をかけて警戒を見せたものの、わたくしの顔、のすぐ横を見てハッとする。私のヘッドフォンになっているもふもふと、ノルセさんを外に導いたもふを見比べて、わたくしが味方をしようとしていることに気づいたのだろう。


「助けてくれたの……?」


 近づくわたくしに、ノルセさんは困惑しつつ確認してくる。けれども、今はそんな悠長な時間はない。

 まもなく煙幕が晴れる。運が悪ければ煙幕が晴れるまでに煙幕の外へと抜け出してくる人がいるかもしれない。


「逃げますわよ!」

「え、ちょっ、なに!?」


 わたくしはノルセさんの腕を掴み、そのまま走り続ける。街とは正反対の方向へ。


「パーティ申請を送りましたわ! 許可してくださいまし!」

「え、なんで!? ってそんなに引っ張らないで」

「早くなさい!」

「ひえ!? う、うん、わかった」


 ここにきてわたくしにとって初めてのパーティ結成だ。まさかこんな形でパーティプレイをすることになるとは思っていなかった。


「ノルセがいねえぞ!」

「てめえがモタモタしてるからだろ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! せっかく配信外の街の外で捕まえられたのに!」


 煙幕が晴れたのか、後ろの方から怒声が聞こえてくる。


「おい、あっちだ! もう一人、女がいるぞ!」


 どうやら見つかってしまったようだ。だがもう遅い。


「行きますわ!」

「え!? そっちは!」

「覚悟してくださいまし!」


 一瞬視界にもやがかかる。背後の罵声も遠くへと霞んで消えていく。

 これは、ポータルを使ってワープするときと同じ感覚だ。


 マップ上でワープが発生するタイミングは二つある。ポータルを使ったときと、パーティ専用のインスタントフィールドに移動するときだ。


 そして、こんな草原のど真ん中にポータルはない。


 つまり、パーティ専用のインスタントフィールドに移動したということ。


 この場合は――


「グルゥアァァァァッ!!!」


――エリアボスのフィールドに侵入したということである。


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