6本目 揉め事



 揉め事が起きている方向へ近づくと、女性の怒る声と男性の苛立つような声が聞こえてきた。


「だから、僕はパーティには入らないって言ってんの!」

「いいじゃねえかよ。エリアボス倒せなくて困ってんのはお互い様だろ」


 女性の一人称は僕のようだ。わたくしがゲーム内で知り合ったフレンドに自分のことを僕と呼ぶ女性はいなかったはずなので、知り合いではなさそうだ。知り合いかもと思ったのは気のせいだったようである。


 となるとわたくしとは無関係な話になるのだが、見る限り一人の少女を四人の男性が取り囲んでいるという剣呑な図になっており、状況を把握せずに見捨てるというのも気がとがめる。


「そこのあなた、これがどういう状況かご存知でして?」

「え、あ、はい。最初からはいませんでしたがなんとなくはわかりますよ」


 遠巻きに見ていた男性プレイヤーに声をかけてみる。そのプレイヤーは一瞬わたくしを見て驚いたようだったが、すぐにことの経緯を話してくれた。


「なるほど。つまり彼女はソロプレイヤーの配信者で、彼女とパーティを組めばエリアボス攻略ができるかもしれないと攻略組に注目されていると」

「はい、そういうことになりますね。ただ彼女は今は配信していないようです」

「わざわざ配信していないタイミングを見計らって勧誘しているということですのね」


 パーティは最大五人。配信者の少女を入れて五人でクリアできるという心算なんだろう。まあ、肝心の少女が全く乗り気でないようではなんの意味もない。


「そうですね。そうなります」

「そんなに強いんですの?」

「ええ強いですよ! 彼女のカタナを使った戦闘スタイルと七色龍のスキルがうまく噛み合って非常に強力なんです。DPSの高さだけ見れば攻略組トップじゃないかと目されているらしいですよ」


 DPSは一秒あたりに敵に与えられるダメージのことだ。すなわち実質的な攻撃力の高さのことである。


 エリアボスがどういった敵なのかはわからないが、火力が重要な敵だということはなんとなく理解した。おそらくは防御力が高いか短期決戦が望ましい敵と考えられる。


 エリアボスに関しては知らないことが多すぎる。攻略組がエリアボスにたどり着いてからそれなりに時間が経ってもまだクリアできていないのだから、エリアボスに関してはわたくしもしっかり情報を集めた方が良いだろう。


「随分とお詳しいんですのね」

「え、はい、まあ。ノルセさんのファンなので」

「ノルセさまとは……ああ、あの絡まれている方のお名前ですのね」

「そうですそうです。配信を開始すれば絡んでいる連中も逃げていくとは思うんですけど、あまり揉めている様子を配信したくないみたいなんですよね。ただ、当事者でも無い自分が横から口を出すのはさすがに気が引けてしまい……。ファンとしては少し心配です」


 男性はノルセさんの話になった途端、立石に水のごとく喋り続けている。

 おかげで状況を詳しく確認できたのは良いのだが、わたくしの配信に彼のオタクっぷりが余すことなく写っておりましてよ?


「もちろん、揉め事が大きくなったら止めに入ります! そのために自分はここで見守っているんです!」


「わかりました、わかりましたわ。一旦落ち着いてくださいまし。わたくしも一応配信者でして、ただいま配信しているのですけれど、そんなに色々話してしまって大丈夫でして?」


「ええ、知ってます。大丈夫ですよ。配信用カメラが浮いてますし、ネームタグにはカメラマークがついていますから、配信者だってことはすぐわかりました。それに顔を見た瞬間すぐに気づきましたよ。みみこお嬢様ですよね? 何度か動画を見たことがあります!」


 彼の言うとおり、動画撮影中のプレイヤーの周りには半透明のカメラが飛び、ネームタグには撮影中であることを示すカメラマークが表示されるようになる。

 配信に映りたくない人や、知らないうちに撮影されると不快な思いをするという人のための機能だ。


「わかっているのならいいんですの。動画、ご視聴ありがとう存じますわ」

「いえいえいつも面白い動画をありがとうございます」


 そういうと彼は、カメラの方を向いてきっぱりとした口調で続けた。


「それでですね。自分も一応は攻略組なんですけど、攻略組の中にはこういう横暴なプレイヤーもいるので気をつけてほしいんです。みみこお嬢様の配信を見ている方にだけでも注意喚起できたらと思いまして」


 どうやらただの配信者のファンというだけでなく、ゲームの治安についても考えながらプレイしているプレイヤーということのようだ。わたくしの配信を利用するとは、案外抜け目の無い人なのかも知れない。


 ゲームにおける自治は、やりすぎるとゲーム全体が息苦しくなってしまう。しかし、この男性はそうおかしなことはしないだろう。これまでの配慮具合からして、正義に固執したプレイヤーというよりは、みんなで楽しくゲームをしたいという方向で考えているプレイヤーのように見える。


「そうでしたの。聞きまして? 視聴者さま方。気をつけてくださいまし。あと言うまでもないですが、無理やりパーティ勧誘するような真似は絶対に駄目ですわよ」

「ありがとうございますみみこお嬢様。えっと、もし皆さんがゲーム内で強引な勧誘にあった場合は、GMコールをするか、イースト・タウン二丁目の大通りにある『渡り鳥の家』と看板のついた建物を訪ねてください。自分たちがお力になれると思います」

「あら? まだクラン機能が解放されていないうちからクランの宣伝でして?」

「え? いえ、そ、そんなつもりじゃなくて、すみません!」

「ふふ、冗談ですわ」


 話していて、一応は信頼できそうだと感じた。視聴者のコメントでも、『その人のパーティの人に助けてもらいました』だとか『悪い評判は聞かないよ』といったコメントが見られる。


 『彼のパーティはエリアボス攻略に一番近いと言われているパーティの一つ』という情報も得られた。

 せっかくの縁だ。わたくしも何かあったら頼ってみるとしよう。


「フレンド交換いたしませんこと?」

「え、いいんですか!?」

「むしろわたくしからお願いいたしますわ、『サダケン』さま。もし面倒に巻き込まれたら助けてくれますわよね?」

「もちろんです!」

「おほほ。攻略組の方と伝手ができてよかったですわ。わたくしから協力できることがあればぜひご連絡くださいまし」


 と、新たにフレンドになったサダケンさんと和気あいあいとした会話をしているうちに、ノルセさんに絡んでいた四人組の一人がこちらを見て何かに気づいたようで、他の三人に耳打ちする。そしてそのまま未練のありそうな雰囲気を出しながらも、四人組は引き上げていった。


「みみこお嬢様のカメラに気づいたのかも知れないですね」

「なるほどですわね。できれば揉めてるところで配信には映りたくないですわよね」


 もしもわたくしがいたということが、本当に争いを止めるのに役立っていたのであれば、それはなによりだ。


 ノルセさんは去っていく四人組を見て呆れたように肩をすくめる。そして彼女もその場から立ち去った。


 これにて一件落着だろうか。何事も無くて良かった。

 わたくしはエリアボスの情報収集に戻るとしよう。



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