2本目 中ボス戦開始
「お行きなさい! もふ!」
三もふのうち一もふを先行させる。耳に張り付いた二もふとわたくしは、先行させた一もふから距離をとりつつあとを追う。
しばらくすると狼のようなモンスターが現れて、先行していたもふに襲い掛かる。この森に生息するフォレストウルフというモンスターだ。
もふに回避するよう胸の内で意思を伝える。
フォレストウルフは噛みつこうとするが、もふは普段のふわふわとした動きからは想像もつかないほどの素早い動きで回避する。
わたくしは、構えていたクロスボウでフォレストウルフに向けて矢を放つ。噛みつきを外した瞬間の隙だらけになったフォレストウルフを撃ち抜くことなど
「ヘッドショット! ブレファンのエフェクトは少々物足りない気がしますわね。頭を撃ち抜けたときは気持ちの良いエフェクトが欲しいですわ」
このゲームでは部位ごとで与えられるダメージが違う。そして大抵のモンスターの弱点は頭にある。
相手が動物型のモンスターなら、とりあえず頭を狙っておけばいいのだ。シビアなエイムが必要なFPSゲーマーからすれば、呼吸をするかのようにできることである。
「三もふも結構役に立ちますわね……囮として」
そう。囮として。
アクセサリーと化したもふもふたちに戦闘で役立ってもらうための苦肉の策だったが、これが意外と上手く行っている。わたくしの戦闘スタイルとハマるのだ。
遠距離武器を使っており、しかもソロプレイのわたくしからすると、近距離で敵と遭遇すると大きな不利を背負うことになる。
逆に、遠距離で敵と遭遇できれば有利はこちらのものだ。
「別に非道なことはしてませんわよ。これはれっきとした作戦ですの!」
コメント欄で『非道だ!』と言う声があったので苦し紛れの言い訳をしておく。まあわたくしもこういう七色龍の活用方法はどうかと思わなくもないが。
囮と言っても常にわたくしが指示を出し続けるので、今のところもふがやられたことはない。
ちなみに、七色龍は体力が無くなると卵状の塊になり、七色龍用のインベントリに回収される。そして、一定期間経つと復活するらしい。
七色龍の使えるスキルが多かったり、そのスキルが強かったりすると復活までの時間が延びるらしい。
わたくしの七色龍は、なぜか他の戦闘スキル持ちの七色龍よりも復活までの時間が若干長いそうだ。視聴者がコメントで教えてくれた。
七色龍のスキルはプレイヤーが自覚しないとステータスに表示されないとのことなので、すでに何らかのスキルを使えることは確かなのだろう。しかも、そこそこコストが重いスキルが。
ちなみに三もふのスキルはイヤーマフになるスキル――ではなかった。
イヤーマフみたいに耳に張り付いているのになぜか音がよく聴こえることがスキルなのかとも思ったが、それでもなさそうだった。謎である。
「今日も頑張りましたわね~」
戻ってきたもふを、両手でわしゃわしゃっとかきまわす。柔らかい毛がもふもふのふわふわで、自然と頬が緩んでしまう。
「癒やされますわね~」
戦闘後とは思えないリラックス具合だが、もふもふが気持ち良いのだから仕方がないのだ。コメント欄も『羨ましい』だとか『可愛い』というコメントでほんわかとしている。
「羨ましいなら視聴者さま方もブレファンを始めてくださいまし」
自慢気に言って視聴者をゲームに誘う。遊ばせてもらっているゲームの宣伝を忘れない。わたくしは配信者の鑑である。ふふん。
「さて、そろそろ目的地ですわね。気を引き締めて行きますわよ」
このタイミングで『どこ向かってるの?』というコメントが目に入った。
「そういえば配信始まって一時間くらい経っておりますし、今日の目的をもう一回お話いたしますわね」
わたくしはあとから来た視聴者のためにざっとおさらいをする。良い配信者は気遣いができるのだ。
「今のところ、最前線の攻略組は初期エリアのエリアボスを突破できず停滞しておりますわ。そのエリアボスに挑むためには、ギルド本社があるイースト・セントラルの東西南北のそれぞれのエリアでストーリークエストをクリアする必要がありますの」
初期スポーン地点である大都会、イースト・セントラルは周囲を自然に囲まれた都市だ。北が山岳、東が湿地帯、南が森、西が草原となっている。
「わたくしが今いるのはイースト・セントラルの南の森ですわ。北と東と西のストーリークエストは終えてしまったので、この南の森のストーリークエストをクリアすればエリアボスへの道が切り開かれるというわけなんですの。
北と東と西がどんな感じだったかは、ぜひ配信のアーカイブでご覧になってくださいまし!」
北も東も西も、特定のアイテムを集めてくれという依頼をクリアすれば良いだけだった。モンスターを狩り、植物を採集するというRPGらしい冒険を地道に重ねるとクリアできる仕組みだったので、そんなに難しいことは無かった。
わたくしはストーリーを楽しみたいので攻略情報は最低限しか調べていないが、どうやら南が一番難しいという話である。だから、一番最後に挑むことにした。
難しい理由は簡単だ。南の森のストーリークエストのクリア条件が、ボスを倒すということだからだ。
いわば中ボス戦なわけなのだが、これまでとは違う戦い方が必要になることは間違いない。だから難しいのだろう。
わたくしは今のところ、この先で現れるボスが蛇っぽいということしかわからない
蛇だと思っている理由として、ストーリークエストの名前が「森に潜む蛇」だということがまず一つ。
それから、このクエストの始まりが『森に行ったまま帰ってこないギルドメンバーがいる』という話と、『蛇のような影を見たという目撃証言』からだからということが一つだ。
わたくしはその蛇の正体を確かめるために、ここまで来たのである。
「ボスと思われる蛇がよく目撃されるという場所が、森の中にある謎のクレーターの近くらしいんですの。わたくしは今そこに向かっていますわ」
幸いにして、人々が通ったことにより作られたと思われる獣道があるので迷うことはない。道中の不意打ちが怖いが、もふが囮となってくれているので今のところ焦るような展開にはならずに済んでいる。
「それでですね。この先のボスをソロで倒すと新しい武器が手に入るらしいんですの」
これは攻略とは別で、銃について情報が無いか調べていたときに見つけた話だ。
どうやら南の森のボスをソロで倒すと、その時の戦闘スタイルや持っていた武器に合わせて上級武器が手に入るのだとか。
「メイスやカタナ、それから死神が持っているような大斧を使っているプレイヤーがいるらしいですわね。大斧はデスサイズと言うのでしたかしら?」
一度倒しても一日待てば何回でも挑めるが、同じ武器は一人一個までなのだとか。ソロではなくパーティで倒した場合は所持している基本武器の強化版が手に入るらしい。
ただ、そもそも南のストーリーボスの攻略情報があまり無いらしく、詳しいことはよくわからなかった。
「わたくしより前にクロスボウや弓でここのボスをソロ撃破した人はいないようなので、情報が無いのですわよね。それならわたくしが試してみましょうということですの」
今のところ、銃を手に入れる方法の候補としては二つの方法が挙がっている。この話にあった南の森のボスをソロで倒して手に入れる方法と、初期エリアのエリアボスを倒してセカンドエリアで手に入れる方法が挙げられている。
現地住人の話によるとセカンドエリアには鍛冶関係に強い街があるとのことなので、未だに見つかっていない上級武器はそこで手に入るのではないかと予想しているプレイヤーは多い。
「それにしても、攻略組は早くエリアボスを倒してセカンドエリアの情報を持ってきてほしいですわ」
完全に人任せだが、仕方ないだろう。わたくしは攻略よりも銃が大事で、そのために攻略しているようなものなのだから。それにソロだし、わたくし。エリアボスはパーティーで挑むものだってわたくしでも知ってますわよ。
とにもかくにも、銃が欲しい。銃の情報が欲しい。わたくしの想いは切実なのだ。
わたくしがエリアボスを倒すまでにはまだ時間がかかるかも知れないが、攻略組がセカンドエリアで銃を手に入れてファーストエリアまで持ってきてくれるかも知れない。どうか、頼みますわよ。
「着きましたわね。ここが例のクレーターみたいですわ」
目の前が急に開けたと思ったら、地面が大きくえぐれた場所にたどり着いた。深さは最大でも一、二メートルくらいとそこまで深くは無いが、横幅が二十メートル程度あってそれなりに広い。
何か目立つものがクレーターの中にあるというわけではないが、逆にそれが異質だ。ここまでただの森だったのに、急にこんな地形があるということ自体に違和感を覚える。
「あら、あれは一体なんでしょう」
しばらくクレーター周りを警戒しながら探索していると、何か視界の端によぎるものがあった。
注意して辺りを見ると、森の中を動く影があるような気がする。
「森の中で襲われると危険ですわね。クレーターの方に一旦逃げましょうか」
開けた場所へと退避する。すると、わたくしのあとを追ってくるかのように影がその正体を現した。
そして、このタイミングでクレーターを中心として大きく森を含むようにエリアの移動制限が入る。
ボス戦の始まりだ。
『結構急に始まるんだな』
『頑張れお嬢様!!』
『この状態になったらもう逃げられんぞ』
「応援ありがとうですわ! 逃げ道を塞がれたというわけですのね」
詳しそうなリスナーいわく、もう逃げることはできないようだ。
「不気味な蛇さんですわね」
赤と黒が混ざったオーラをまとう大きな蛇だ。
全長は三メートルくらいあるだろうか。蛇自体の色が黒いため、森の中にいると目立たないだろう。
しかも、動きは体の大きさに似合わず素早い。
「これはやりにくそうですわね……。遠距離武器でソロクリアした人がいないのも頷けますわ」
蛇は今のところ開けた場所にいるが、エリア制限の大きさ的に森の中へも移動するかもしれない。
入り組んだ森の中では、遠距離武器での攻撃は障害物に阻まれる。この素早さと見づらさを考えると、森に逃げられた場合の相性は最悪と言っていい。
「シャアァァァッ!!!」
蛇はこちらを完全に獲物と定めたのだろう。口を大きく開き威嚇してくる。
「わたくしに牙を剥きましたわね。やってやりますわよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます