3本目 森の中の戦闘




 蛇との戦闘はここまで順調に進んでいた。いくら動きが俊敏だろうと所詮蛇の早さだ。うまく立ち回れば距離を維持できた。あとはひたすら逃げて遠くからチクチクとクロスボウを撃ち込んでやればいい。

 ときおり魔法を放ってきたが、予備動作が大きいので簡単に避けることができた。


「案の定森に逃げましたわね。悪知恵の働く蛇さんですこと」


 しかし、ここからはそうもいかない。森の中に蛇が逃げてしまったのだ。

 森の中では立ち並ぶ木々が邪魔をして見通しがきかず、敵を見失いやすい。そのため、一度見失うと敵の接近を許しかねない。

 そもそも、木に邪魔されて遠距離武器を有効的に使えないのだ。どうにかして木の隙間を練って偏差射撃を当てる必要がある。


「正直なことを言ってもいいかしら。クロスボウで森の中の戦闘は無茶ですわね」


 これが取り回しの良いサブマシンガンのような武器なら近距離でも立ち回りやすいのだが、今のところそんなものは無い。わたくしの得物は、威力が高い代わりに取り回しが悪いクロスボウである。


「まあやるんですけれどもね。ここでやらなきゃわたくしの名がすたりますわ!」


 蛇が消えた方向へと歩み出す。と、その前に。


「さあ、お行きなさい! もふ!」


 まずは囮だ。うまくクレーターの方へと敵をおびき出せれば御の字くらいの気持ちでもふを一体動かす。


「まあ、釣られませんわよね」


 森からときおり魔法が飛んでくるが、蛇がもふにつられて出てくることは無かった。このままだとらちが明かないので、わたくし自ら森の中に踏み込んで倒す必要があるのだろう。


「嫌ですわね~、行きたくないですわね~」


 愚痴を言いながらもゆっくり森へと足を踏み入れる。静まり返った森が恐怖心をくすぐってくる。


「どこですの。どこから来ますの……」


 少し腰を落とし、攻撃が来たときにすぐ回避できるようにする。


「わたくしたちも動きましょうか」


 止まっていてはジリ貧だ。敵を探して徐々に動き始める。


 背後をこまめに確認しながら、丁寧にする。


 状況としては、FPSゲームで情報が無いままに前進しなければいけないときと同じだ。気持ちをFPSに寄せることで集中力を研ぎ澄ます。


「音が聴こえにくいですわ」


 耳を澄ますも木々のざわめきが響き渡り、敵の息遣いと移動音を隠している。


 『森に潜む蛇』というストーリークエストのタイトルの通りの状況だ。


「くっ!?」


 ガサッという音が右後ろから聞こえる。慌ててその場を飛び退くも、避けきれずダメージを食らい体勢を崩してしまう。


「ジャンプ力を見くびっていましたわ。直撃は避けたのでそこまでダメージを受けませんでしたが、これは厄介ですわね」


 音がしたのはそこそこ離れた後方。おそらくは木の枝に乗って上からわたくし目掛けて飛び込んできたのだろう。


 もっと近づいてくれたら音が聞こえていたはずだが、この距離だと知覚範囲外だ。


 立ち上がって蛇にクロスボウを一発撃ち込む。狙いをつける時間がなかったので楽にかわされてしまう。


「チッ、見失いましたわ」


 蛇はこちらが体勢を立て直したのを見るとすぐに森の中へと消えていった。


 実に姑息だが、森というフィールドを活かした良いヒットアンドアウェイ戦法だ。わたくしのような遠距離武器を持つプレイヤーには非常に効果的である。


「もう一回来なさい、爬虫類」



++++ ++++


 森の中の戦闘になってから、情勢は一気に蛇の有利へと傾いた。

 蛇はときおり魔法を交えながら、ヒットアンドアウェイを繰り返している。


 わたくしも徐々にタイミングを掴めるようになってきて、攻撃を回避することはできるようになったものの、攻撃を当てることができていない。


「しかし、結構被弾してしまいましたわね。そろそろ厳しいですわ」


 そろそろわたくしの体力が尽きる。回復薬はもう無い。避けきれなかったときに受けた小さなダメージが積み重なってきた結果だ。


「集中力も切れそうですし……」


 すでに一時間は戦っているんじゃないだろうか。これだけの長時間を一瞬たりとも気の抜けない戦いをしたことなど初めてだ。

 森という条件がここまでわたくしにとってマイナスに作用するとは思っていなかった。最初は順調だったので少し舐めていたかもしれない。


「ごめんなさいね、もふたち。負けるかも知れませんわ」


 わたくしの周囲をずっと付いてきている一つのもふと、耳もとに張り付いた二つのもふに語りかける。ずっと一緒だったので気づけばもふたちに愛着が湧いていた。


 わたくしが敗北すれば一緒に戦っていたもふたちも戦闘不能になる。いくら時間経過で復活するからと言って、愛着の湧いたもふたちが戦闘不能になるのは正直嫌だ。

 だから最後まで抗わないと行けない。何か攻略のための糸口があるはずだ。


「少なくとも、目に頼るのは良くないですわね」


 ことここに至っては、目は頼りにならない。ここまで蛇の攻撃に気づくために重要だったのは音だ。


 攻撃を仕掛けるときに発生するわずかな音を聴くことで、ギリギリ身を守ってきた。


「それならもっと耳を澄ませば良いんですの。わたくしは吹っ切れました」


 もう視覚はいらないと目を閉じる。


 右手を耳にあて意識を沈めていく。


 右手に感じるもふもふと、左手にのしかかるクロスボウの重みと、ざわめく森の音だけがわたくしの今の感覚。


 そう、このゲームは人間のポテンシャルを想いの力でコントロールできるアスレチックeスポーツゲームなのだ。


 今まで目に割いていた意識を耳に集中させる。


 研ぎ澄ませるのは感覚だけじゃない。脳だ。心だ。意識を尖らせるのだ。


「ん? なんの音でして?」


 不可解なことが起きた。


――誰かの吐息が聞こえた気がした。


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