Season03 わたくし、夏休みをエンジョイいたしますの ~交差する二人編~
1本目 僕の日常
「グルァオオオオオオオオォンッ!!!」
ボスであるオークの獰猛な叫び声にビリビリと空気が振動する。体長3メートルはあろうかという巨体から放たれる全力の咆哮は、腹の底を深く揺さぶってくる。
「うるさいよクソがっ!」
声を出すことで、怯みそうになる心を叱咤する。
敵意を失わない。敵を見失わない。
――コイツを
決意を新たに、姿勢を低くしてカタナを構える。そのままオークの右足を狙って駆ける。
先ほどから繰り返し狙っている場所だ。
「これだけの身長の差があるんだ。姑息だなんて言わないでよねっ!」
オークの足元に滑り込む。走り抜けた勢いのまま体重を乗せて、左上から右下に向けて袈裟斬りをする。素早くカタナを反転し下から上へと斬りつける。
斬り上げた勢いを殺さず、大きくステップを踏んで位置を変える。
「グルァァッ!」
オークによって振り下ろされた斧は空を切る。
オークが左足を軸に踏ん張りを見せたら斧を叩きつける。何度も見た技だ。簡単に避けられる。
「バカの一つ覚えだね! わかりやすいよバーカ!」
敵の攻撃が自らの近くを掠めるのは恐ろしい。だからそんな恐ろしさは軽口で吹き飛ばす。
戦闘中は強がってなんぼのものだ。ビビって足がすくむより遥かに良い。
ステップを繰り返し敵の背後に回る。
水平斬り。
袈裟斬り。
逆袈裟斬り。
できるだけオークの背後に回るように立ち回りつつ、繰り返し斬りつけてダメージが蓄積されるのを待つ。
徐々に右足を利用した動きが鈍くなっているように感じる。
「グウァァァッ!」
オークの足が浮いた。その瞬間、僕は後ろに大きく跳ぶ。目の前をオークの足が通り抜ける。蹴り攻撃だ。
蹴り技のタイミングが悪く、避けるのがギリギリになってしまった。そのため、体重移動がうまく行かず体勢を崩しそうになる。
このまま踏ん張るのは悪手だと判断し、あえて地面に転がることでオークから離れようとする。
「クソっ!」
しかし、オークはすでに斧を振り上げていた。このままだと回避が間に合わない。一発は
「デニッシュ!」
心の中で意思を
「くるるっ!」
相棒は僕の装備のポケットから顔を出し、スキルを発動する。リスに羽の生えたような相棒の風貌は可愛いが、それに見惚れる余裕なんてない。
スキルが発動した直後、地面に斧が叩きつけられる轟音がすぐ近くで聴こえる。
「グルゥッ!」
そのまま二発目を叩き込もうとしたのだろう。オークが再度得物を振りかぶったのが横目に見える。
「グルァァ!?」
しかし、オークはそのまま不思議そうに動きを止めた。その隙に立ち上がってオークから距離を離す。
僕が相棒に使ってもらったのはスキル【
「グルアアァォォォォンッ!」
離れたところにいる僕を見て、絶好のチャンスを逃したことに気づいたのか、オークは悔しげに雄叫びをあげる。
「ふふっ、君には何が起きたかわからないだろうね。ありがとうデニッシュ」
相棒にお礼を言う。ポケットの中からくぐもった鳴き声が聞こえてくる。まるで、「どういたしまして」と言っているかのようだ。
不幸なことに、この一連の攻防で切り札だった【陽炎】を使ってしまった。
【陽炎】は強力な効果の代償として、次に使用可能になるまでの時間――すなわちクールタイム――が三十分と長い。今のところ報告されている戦闘スキルの中では最長クラスのクールタイムだ。
予定では、体力が一定以上削れて『強化』された状態のオークになってから使う予定だった。しかし、予定が狂った。
このボスは強化状態になると攻撃が激しくなり、攻撃を食らったときのダメージも上がる。しかも、強化前にはしなかったような攻撃をしてくるようになる。その攻撃を防ぐために【陽炎】を取っておきたかったのだ。
強化状態かどうか一瞬でわかる。赤黒いオーラが出始めるのだ。小さな変化として、白目が黒くなるといった変化もあるが、こちらは些細なので気づきにくい。
「間が悪いね。【陽炎】がリチャージされるまで時間を稼ごうと思ったのだけど」
オークはすでに強化状態になっていた。強化されたのは、おそらく蹴りを放ってきたタイミング。僕の回避が間に合うか間に合わないかのギリギリだったのは、強化されてオークの動きが俊敏になっていたからなのだろう。
「この強化の原因は……体力が削れていたことに加えて、右足を集中的に狙われたことへの怒りといったところかな。いつもならもう少し体力を削らないと強化されないはずだし」
強化される条件は詳しくわかっていないが、体力だけじゃなくオークの感情も関係していると噂されていたはずだ。この強化タイミングのズレからすると、きっとその噂は正しかったのだろう。
冷静に分析している場合じゃないのはわかっているが、【陽炎】が無い時点でほとんど詰みだ。
今のところ、このボスを突破できたプレイヤーはいない。強化後のオークが強すぎて倒せないのだ。
特に、不可避と言われる強化直後のこの攻撃――
「グウッ…………」
深くしゃがみ、高くジャンプをし――
「ガァァァッ!!!」
斧を強く地面に叩きつけて扇状の衝撃波を放つ。
この攻撃の対策が取れていない。
斧を叩きつけた場所から扇状に広がる衝撃波は、一瞬でフィールドの端まで到達する。そのためジャンプしているオークに場所を知られた時点で、現状この攻撃を避ける術はほとんど無い。
ほぼ唯一と言って良い対策が、空を飛べる騎乗タイプの七色龍に乗って高く飛んで避けるという方法だ。しかし、空を飛んで騎乗もできる七色龍は現状では非常に珍しく、また戦闘にあまり向いていないスキル構成になりがちなため、最前線ではほとんど見ることがない。
味方にターゲットを取らせ、それ以外のプレイヤーは衝撃波が放たれる方向と逆側にいればダメージは受けない。
しかし、誰がターゲットになるかは不明であるし、どうやらより多くのプレイヤーを巻き込めるように攻撃を放つ傾向にあるようだ。
大抵の場合、アタッカーやサポーターがまとめてこの攻撃で大きなダメージを受け、そのまま回復などが追いつかなくなるのだ。防御が弱いサポーターは一撃で倒されるなんて話も聞く。
「ぐっ! ちくしょうっ!」
全身に強い衝撃。身体が動かなくなる。
この攻撃の嫌なところは、避けられないことだけではない。食らうと身体が痺れてしばらく動かなくなることだ。状態異常の『硬直』という状態らしい。
ふん、ふんと鼻息荒くこちらへと走って向かってくるオーク。
逃げることもできず、振り下ろされる斧を見つめる。
「チッ、明日こそは絶対ぶっ殺すからねっ!」
++++ ++++
「ああもう! 胸クソ悪い!」
僕はリスポーンした先で配信画面を見ながら悪態をついていた。リスポーン先はギルドの休憩室だ。ここはプレイヤーごとに違う空間になっているようなので、思う存分声を出しても問題がない。
「一応ね、右足を削って体勢を崩させるっていう作戦は間違ってないと思ったんだよ。実際右足だけ狙っていたら右足を使った攻撃の動きが鈍くなってたしね」
コメント欄には『そうか?』『気のせいじゃない?』といった疑問の声と『確かにそうだった』『ブレファンオタクのノルセが言うならそうなんだろ』といった肯定的な声が半々くらいで流れていく。
「そうなんだよ。僕はそう思ったの。前作でも特定部位に対する攻撃は意味があったし」
今作は色々と新しい設定が盛り沢山だが、戦闘に関しては前作と近いシステムを採用しているように見える。これは他のプレイヤーたちも言っていることだ。
そして、前作では敵の各部位にダメージがたまると、その部位の動きが鈍くなったり、敵が転んだりしたのだ。ここまでプレイした感覚で、今作でもそうなっているとゲーマーの勘が言っている。
「前作ではダメージは各部位に集中させるのが基本の戦闘方法になってたけど、今作ではそう簡単には行かせないぞってことなんだろうね。ダメージ集中で強化タイミングがズレるなんて聞いてないよ」
もしかしたら攻略組の一部は知っている情報なのかもしない。だから噂として聞こえていたのだ。
けれども、攻略組も自分たちが攻略するために必死なのだ。情報がすべて出てこないのは仕方ない。
なにせ、エリアごとのボスを最初に倒したパーティから三番目に倒したパーティまでには称号が与えられるらしいのだ。称号自体に特別な効果はないとのことらしいが、プレイヤーの上に表示されるネームタグの横にその称号を表示できるらしい。
ゲーマーとしては、希少で自慢のできるものは欲しくなる。それが強さの証ならばなおさら欲しい。ドヤ顔で他のプレイヤーに見せつけたい。
そう、これは重度のゲーマーたちによるプライドを賭けた戦いなのだ。
「パーティを組まないのかって? 僕は今のところソロでしかやるつもりはないよ」
配信のコメントにあった質問を拾う。
実際、本来はパーティでプレイすべきなのだろう。ソロでプレイすると若干ボスは弱体化されるらしいが、それでもパーティで挑む時と比べると総合的に不利になるのは確かだ。
フルパーティの五人でプレイするときと比べれば、不利なんてものじゃない圧倒的な差がある。
例えば、ソロだと敵のヘイトが自分だけに向いてしまうし、自分ひとりでダメージを与えつつ戦況を把握し、回復まで行わなくてはいけない。僕が回避型のアタッカーだからこそ、回復する手間が省けてギリギリ立ち回れているにすぎない。
しかし、僕は戦闘中に周りを気にしてプレイするのがすこぶる苦手だ。自分勝手に暴れるプレイスタイルが性に合っている。
それに、戦闘中によく悪態をついてしまうから、勢い余って味方に暴言なんて吐いてしまったらと思うとやりたくてもやれないのだ。
なにせ僕は配信者。仲が良いフレンドだと視聴者が知っている相手に軽口を叩くのならまだしも、野良でパーティを組んだ味方に暴言を言えば評価ガタ落ちである。最悪の場合、炎上もあり得る。それだけは避けなくてはいけない。
そして僕は今のところフレンドがいない。だからパーティプレイができる相手がいない。証明終了。この証明でわかったのは悲しい現実だけであった。
「えーと、じゃあこの辺りで反省会終わり! ついでに配信も終わり!」
デスペナルティによるステータス減少があるため、しばらく冒険しに行くことができない。特にここから視聴者に見せることがあるわけではないので、一旦配信を終わることにする。
あとは消耗したアイテムの補充や装備のメンテナンスを配信外でやって、今日のところは終わりにしよう。
「配信見に来てくれてありがとうございました! 多分明日も配信します! まだノルセちゃんねるのチャンネル登録をしていない人は、絶対していってね! じゃ!」
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