9本目 END



「みみこさん」

「なんですの?」

「あの、落ち込まないでくださいね?」

「ええ、わかっております。わかっておりますとも」


 今いる場所はギルドの受付なので、きっと周りの人からは奇異の目で見られているだろう。けれどもわたくしの心はそれどころではなかった。

 ベルさんの口調がいつの間にか間延びしなくなっているという事実を気にかける余裕すら、もうとっくに無くなってしまっていた。

 

「温かいですわね……ふふ……」


 左右の耳もとに触れながら、わたくしはつぶやいた。両手に伝わるのはもふもふとした感触。


 配信画面を鏡のように使ってわたくしの顔を見れば、耳に張り付いた黒い毛玉が見て取れる。黒い毛玉たちはやや平べったくなって耳全体を包み込んでいる。


 どこからどう見てもイヤーマフだ。冬の突き刺さるような寒気から耳を守ってくれるおしゃれな防寒具である。


「ほら! 見てくださいみみこさん! まだ一もふ残ってますよ! この子が戦いに適しているという可能性も」

「もういいんですのベルさん。わたくしわかってしまいましたの。アクセサリーですわ。もうどうあがいてもアクセサリー系の七色龍ですことよ」

「七色龍は絆を結んだ友と一緒に成長するんですよ。大丈夫ですってみみこさん。そのうち新たな能力を手に入れてくれるはずです」


 わたくしは最後に残った一もふを手に持ってもふもふする。そう、あなたたちは癒やし要員。戦いで荒んだ心を癒やし、次の戦いで万全のスペックが出せるように引き立ててくれる存在。ふふふ……。


「いや、もしかしてですの」


 名探偵みみこ、ここでピンと来た。キーワードは癒やしだ。もしかすると、三もふたちには癒やしの力があるのかもしれない。


 現に、もふもふたちをもふもふしているわたくしの心は、この絶望的な状況にも関わらず比較的落ち着いている。


「つまり、このもふもふたちはわたくしの心を魔力的な何かで穏やかにすることで、銃撃時の集中力を高めてくれるんですわ!」

「そういった魔力は感じませんでしたね」


 無慈悲なベルさんの返事に、わたくしは膝から崩れ落ちた。


 なんで、どうして、こんなことになってしまったんだろう。わたくしの信じる心が足りなかったというのだろうか。


「まあ、いいですわ。わたくしはわたくし自身の力で戦います。それに、他の七色龍を使役することも可能なのですわよね?」


 うじうじしていても仕方ない。この子たちはわたくしの配信者としてのチャームポイントだと割り切ったことにしよう。そうでもしなきゃやっていけない。


「できますよう。そのためには七色龍の卵が必要になりますけどもお」

「七色龍の卵、でして?」

「そうですねえ。七色龍の卵は、七色龍を生み出せる特殊な魔力の塊ですう」

「どこで手に入りますの?」

「ギルドのショップで売ってますが、ギルドランクが上がらないと売れないお約束になっておりますう。あとは魔力が溜まりやすいところに自然と現れるので、それを見つけ出すのでも良いですねえ。ギルドランクが上がるとたまにランクアップ報酬がもらえるのですが、その中に含まれていたりもしますよお」


 結局、序盤は身一つで戦わなくてはいけないらしい。


 もともとパーティプレイをするつもりがないわたくしからすると、少々心もとない状況だ。とは言え、弱いモンスターからコツコツ倒していけば良い。ゆっくりでもステータスを向上し、スキルを入手していくことでなんとかなるだろう。


 天下のブレファンなのでゲームバランスが致命的におかしいなんていうことは無いはず。なんとかなると信じたい。


「ひとまず、これにてギルドの初心者講習はすべて終わりですねえ。ギルドカードを貸してくださあい」

「はいですわ」


 言われたとおりギルドカードを差し出す。先程、入門講座その1のときにやってもらったのと同じようにランクが更新され、手元に帰ってくる。


「これでギルドランク3ですのね」

「ここからが冒険のスタートですよお。それではお達者でえ」


 そう言うとベルさんはそそくさと裏手に戻っていってしまう。どうやらベルさんの仕事は受付の仕事ではないようだ。

 というか受付の人たちを見るとみんなスーツをパリッと着込んでいる。会社の受付ってこういう感じだよなあと思わせるような見た目になっており、ベルさんのメイド服なんだかナース服なんだかよくわからない服はなんだったんだろうと改めて思い返される。


「ベルさんのファッションだけはファンタジーでしたわね」


『みんなスーツじゃん』

『会社の受付だ』

『スーツ、会社、ウッ頭が・・・』

『ゲームの中で現実を思い出させるのはやめてくれ!!』


「社会人の皆さま、お勤めご苦労さまですの……」


 まあファンタジー世界だし、あんな変な服を着ることもあるだろう。都合の良いときはしっかりファンタジーをする。それがファンタジーゲームのお約束だ。


 それに、職員を除いた一般のギルドメンバーらしき人たちを見ると、みんなファンタジーファンタジーした服装をしていた。


「革鎧に、金属鎧、盾、かぶと、よくわからない色の羽のアクセサリー、お腹出し装備、それから大剣、短剣、弓、杖、槍、エトセトラと……安心感がありますわね!」


 建物の現代的な雰囲気には少しも合っていないが、これぞファンタジーだと言いたくなるような装備の数々である。わたくしは涙腺が緩むのを感じた。ずっと会いたかったのだ。わたくしの望むファンタジーに……。


 思い返すと、のっけから色々とおかしかった。何故か寝かされていた病院風のベッドに、不安感を煽る謎の女性、妙に現代的なシステム、いまだによくわからない三もふと、ここまでさんざんな始まりだった。


 ときおり出てくるファンタジー要素にわくわくするのみで、あとは世界観がつかみにくく戸惑っているばかりである。けれどもそれもここで終わりだ。


 ほら、どうだ。


 見渡す限りのファンタジー。受付が吹き抜けになっていて、もうどこからどう見てもおしゃれなオフォスビルの入り口にしか見えないことを無視すれば、最高にファンタジーだ。


 だって、世界を作るのは人なのだ。人がファンタジーならそれはファンタジー。あと魔力があるみたいなのでファンタジー確定。これでよしである。


 さて、キリの良いタイミングだし、このあたりで今日の配信を終わりにしよう。さあ、決め台詞の時間だ。わたくしは半透明になっている配信カメラの方向を向く。


「気を取り直して行きましょうか!」


 ここで一拍置いて溜めを作る。なんかいい感じのこと言いますよ的な雰囲気を醸し出す。配信の設定を思考操作で操り、音声にリバーブ効果をかける。


 そして、ビシッと人差し指を突き立てつつ――


「わたくしの冒険はこれからですわよ!」


 ですわよぉ、ですわよぉ、ですわよぉ……。


 反響するわたくしの声の余韻を残しつつ、わたくしは配信画面をエンディング画面へと切り替える。エンディング曲はちょっと明るめのしっとり曲で。


――『それ、打ち切られるやつの締め方や』といったコメントが流れてきて、ネタの説明をしなくて良いことにこっそり安心したのは内緒ですわよ。



Playlist02 わたくし、夏休みをエンジョイいたしますの ~ごきげんよう、VRMMO編~ 終 


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