5本目 ギルド入門教室その1
なぜか未だにシャドーボクシングを続けるベルさんのあとに着いていく。
病院然とした部屋を出れば、おしゃれなオフィスビルを彷彿とさせる廊下が待っていた。
「ここはギルドなのですわよね?」
「そうですよお。ギルドの本社ビルですう」
「本社? ビル?」
「そうです本社ビルですよう。このあたりの地区では一番大きいビルですねえ。本社なので当たり前ですけどお」
そう言ってくすくすと笑うベルさんと一緒に笑う余裕なんて、もうわたくしには残されていなかった。
本社である。ビルである。現代において一世紀以上前から存在する単語たちである。ファンタジー世界とは到底思えない単語と光景に、世知辛い気持ちがこみ上げてくる。
「ベルさんは飛行機をご存知でいらして?」
「なんですう? ひこーき……聞いたことないですねえ」
「空をとぶ乗り物ですわ」
「七色龍の
「なるほど。では自動車は? 地を駆ける乗り物のことですの」
「
「……まあそういった感じのものですわよ」
文明レベルがわからない。ビルだとか本社だとかいうものがある時点で、少なくとも中世世界をイメージしたファンタジーではないことはわかるのだが、それ以外の情報があまりにも少ない。
文明と言えば乗り物だと思って質問してみたが、どうやら乗り物関連は七色龍による仕組みが整っているらしい。七色龍の存在が確認できたのは安心だが、今度は七色龍がどのように扱われているのかが気になってきた。
「ああもう! 気になることが多すぎますわね!」
「わからないことがあれば説明しますよう」
「全部わかりませんの! そうですわね。電気は通っていまして?」
「ギルドの本社ビルがある大都会ですようここはあ。電気が通ってなかったらそれはもう嘘ですう。みみこさん、さては冗談のつもりですねえ。このこのお。お茶目さんですう」
「あ、今少々イラっときましたわ。平の手でぶん殴り申し上げるところでした」
なんなんだこの人は。自由すぎる。もう何が何だかわからない。世界観説明がほしい。切実に。
配信管理用の空中ディスプレイを見れば、コメントも困惑を表明するものが多い。なにが『どういう世界だこれw』『なにもわからん、助けてくれ』だ。助けてもらいたいのはわたくしの方である。
画面越しにいいご身分の視聴者たちめ。配信で見るだけの世界と実際に体感する世界で500倍くらいは困惑度に差が出るに違いない。一度体感してみやがれですわよ。購入ページへのリンクは概要欄に貼っておきますわ。
「ここは一階なんですけどお、教室は四階なのでそちらへ行きますよお」
「教室ですの?」
「はいい。本当だったら新人さんはまとめて講義をするんですけどお、今回は私とみみこさんの縁ですし特別に講義しますう」
「それは……ありがとう存じます?」
「いえいえどういたしましてえ」
何やら縁を認められてしまったらしく、ベルさんに連れられてエレベーターに乗り込む。
「いや、エレベーターってどういうことですの?」
「エレベーターはエレベーターですよお」
「わかっていますわよ!」
ファンタジー世界で金属金属したエレベーターに乗り込むことになるとは思わなかった。
せめて魔法文明を感じさせるような、謎パワーで動くような怪しい雰囲気のエレベーターなら良かったのだが、そんなことは一切ない。ビルと言えばこんな感じのエレベーターがついているよね、と言わんばかりのエレベーターであった。
もうこれ以上ツッコまないぞという決意を固めた瞬間である。
「つきましたよお、みみこさん。こちらですう」
「ギルド第二教室?」
「ええ、本当は第一教室が良かったんですけど使用中でしてえ。第二教室が空いてたのでこちらに来ましたあ」
いつの間に空き教室を確認したのだろう。何かギルド職員向けの仕組みがあるのかもしれない。第二教室の扉をくぐると、テーブルと椅子が羅列された殺風景な部屋があった。
部屋の前方と思われる場所にはスクリーンがある。会議室といった趣の部屋だ。部屋の広さや椅子の数的に四十人くらいは入れそうである。
「ここで講義をしますので座ってくださあい」
「はい、失礼いたします」
「ちょっと準備しますのでお待ちくださいねえ」
「承知いたしましたわ」
ベルさんは教卓のようなものに向かってごそごそと何かをいじっている。
ときおり聞こえてくる効果音が「ピコンピコン」とめちゃくちゃに電子的なことについてはもうツッコまない。絶対にツッコまない。わたくしには固い決意がある。
『なにこれ現代の学校?』
『剣とww魔法のwwファンタジーww』
『現代風チュートリアルww』
ツッコまない!!!!
「はあい、おまたせしましたあ。……なんか疲れてません?」
「いえ大丈夫です。少々心労が」
「あらあら、私で良ければ話を聞きますよお?」
「ご遠慮しておきますわ」
あなたも心労の原因の一つだなんて言えませんわ。
「さて、じゃあギルド入門教室、はっじめまっすよおおお」
「突然ですのね」
「災厄はいつだって突然に訪れると言いますう。ギルドメンバーとなったからには、いつ何が始まってもおかしくないくらいの覚悟をしておきましょおう」
ベルさんはそう言いながらモニターに映し出された『ギルド入門教室 その1』の文字を指差す。妙にスタイリッシュでモダンなデザインが気になる。
気になるが、ツッコまない。これはわたくしとブレファン22の戦いなのだ。
ツッコんだら――負け。
「はいはいメモが必要なら各自取ってくださいねえ。準備ができたらじゃんじゃんお話しますよお」
このタイミングで空中にディスプレイが出現する。どうやら空中ディスプレイのチュートリアルも兼ねているらしい。『メモ機能では、ペン入力と思考入力、タイピング入力が可能です』と書かれている。わたくしはタイピング入力が好きなのでキーボードを出現させる。
「おーけーですねえ。メッセージ機能などの他の機能も基本的にはメモと同じように入力できますう。またディスプレイは他人に見せることもできましてえ、例えばこんなふうにディスプレイの右上の公開ボタンを押すか思考操作で公開すると念じればあ」
そう言ってベルさんは空中ディスプレイを見せてくる。ベルさんの会話内容からすると、プレイヤーと現地人は基本的には似たようなシステムを使えると見たほうが良いのだろう。ベルさんが特別なだけかもしれないが。
このタイミングで新たな空中ディスプレイが開かれる。
『空中ディスプレイは99個まで開く事ができます(配信管理ディスプレイはカウントされません)。ただし、開きすぎると邪魔になるので初期設定では最大5つに設定されています。設定からインターフェイス設定、空中ディスプレイ設定の順に進み、表示する空中ディスプレイの最大数の項目から変更できます。また他の人に見せられる空中ディスプレイは最大5つです(配信管理ディスプレイは見せられません)。他の人に見せられる空中ディスプレイの数は変更できません』
ふむふむ。丁寧な説明だ。わたくしたちヘビーゲーマーからしたらゲーマー特有の感覚でわかるものも多いのだが、ゲーム初心者からすればこういった説明はきちんとしてもらえたほうが嬉しいのだろう。さすがは老若男女を
『インターフェイスに関する詳細な説明はヘルプページから見ることができます。インターフェイスのチュートリアルを続けますか?』
このタイミングでチュートリアルを省略するかという質問ディスプレイが出てきた。はいかいいえかを選択するディスプレイだ。
「わたくしは大体ゲーマーの
いいえをポチッとする。思考操作に慣れているので実際にボタンをポチッと押したわけではないが、こういうときの効果音はやっぱりポチッだと思う。異論は認めませんのよ。
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