4本目 真っ黒のもふもふたち



「なんですの、この真っ黒のもふもふたちは」


 わたくしはそれなりに時間をかけて、お供決めの質問に答えた。その結果がこれである。


「手のひら大の丸くて黒いもふもふが三個。これが龍ですの? この子たちと協力してどう戦闘をしろと?」


 ふわふわと宙を漂う三もふもふ。目も口も見あたらない。本当にただの真っ黒な毛玉だ。


「ブレファンさんはとても個性的なゲームですのね、おほほ」


 お嬢様流嫌味が口をついて出てしまうくらいに意味がわからない。


 七色龍とはなんなのか。なにがどうしてこんな謎生物が出てきたのか。謎が謎を呼ぶばかりである。


「あら、これでキャラメイクは終了ですのね。見た目を決めて職業を選び、お供を押し付けられ……失礼、お供を渡されるだけのようですわ。手早くやれば二、三十分で済ませられそうですわね」


 わたくしがキャラメイクを初めてから、一時間は優に超えている。早い人はもうそれなりに楽しみ始めている頃合いだろう。


「わたくしも出遅れないように急ぎますわよ!」


 そう気合を入れたタイミングで、徐々に視界が暗くなり、景色が闇に溶けていく。


「始まりますわね」


 そして、あたりは真っ暗になった。


――物語の始まりを告げる壮大な音楽。徐々に明るくなってきた視界に映るのは、様々な物語の痕跡。


 過去の作品における物語が、断片的に映像として自分の周りに映っては消えていく。


 走馬灯のような光景だけれど、これはその逆。これから始まる物語の、プロローグなんだ。


――場面はやがて収束していく。災厄を振りまく巨大な龍を巡る物語。崩落する山。割れる大地。荒れ狂う海。逃げ惑う人々。


 人々は無力なようでいて、けれども希望を捨てなかった。なぜなら、人々には希望であり、隣人たる七色龍がいたからだ。


――地を駆け、空を舞い、波を乗りこなす。火を噴き、風をまとい、いかづちを落とす。


 人々と絆を結んだ七色龍は力を発揮した。それは人の望みを形にする力だ。

 人という種が長い歴史で手に入れてきたものはなにか。個性だ。そして無限にも膨れ上がった可能性だ。それは人々に七色の望みを抱かせた。


――打倒される巨大な龍。災厄の龍の咆哮ほうこうは大陸中に響き渡る。木々は震え、湖面は幾重いくえもの波紋を作る。そして咆哮が途切れ、訪れるは静寂の時。


 静寂は長かった。


 やがて、誰かが叫ぶ。喜びの声を。そして喜びは連鎖する。


 人々から静寂が消えるのは一瞬だった。


――拳を突き上げ歓声を上げる人々。隣人たる七色龍たちもまた、喜びの雄叫びを上げる。


 終わったのだ。長きに渡る絶望との戦いが。


 そして感動のフィナーレ――とはいかなかった。


――荒廃した大地。木々は枯れ、大地はひび割れ、空は不吉に紅く染まっている。そこに佇むのは七人の人と七匹の七色龍。


 災厄の龍と前線で戦っていた英雄たちは知っていた。


――ひと目で逸品とわかる装備を携えた彼らの顔はみな一様に暗い。平和の訪れに歓喜する人々の笑顔とは打って変わっている。


 まだ戦いは終わりではないということを。


――徐々に拡大されていく映像。地面に半分埋まった水晶が映し出される。水晶の内部では龍のような形をした黒い靄が渦巻く。


 英雄たちがとった手段は封印。


 ひとたびほころべば災厄が再来する。けれども、そうするしかなかった。それほどに、災厄の龍は強大だった。


 そして英雄たちは託したのだ。未来の人々と、未来の七匹龍へ。


――英雄の一人がつぶやく。まるでこちらに語りかけるかのように。


「望みを持て。友を信じろ。それだけでいい。それが一番大切な力になる」


++++ ++++



「起きてくださあい。朝ですよお」


 耳に響くほわほわとした声と、肩を揺さぶられる感覚で意識を取り戻す。


「ん、ううん」


 軽く伸びをしつつ目を開けると、目の前にはナース服とメイド服を合わせたような服装の女性がいた。


「ようやく起きましたねえ」


 先程かすかに聞こえてきた間延びした声が、目の前のこの人が発していたのだろう。

 

「ここはどこですの?」

「ギルドの休憩室ですう」


 ギルドと言われて、まさに剣と魔法のロールプレイングゲームをだなあと思いながらあたりを見渡す。


 白色の蛍光灯、コンクリートと思わしき白い壁、並べられたベッド、木製の棚、ささやかな彩りとばかりに添えられた花瓶。

 極めつけは鼻につく消毒剤の香り。


「どっからどう見ても病院ですわね!」

「ほえ?」

「ほえ、じゃないですわよ、ほえ、じゃ。これのどこがファンタジーなんですの? 先程まで流れていたオープニングは何処いずこへすっ飛びまして?」


 めちゃくちゃ盛り上がるオープニングでファンタジー世界での冒険への思いを募らせていたら、なぜか現代風のコンクリート臭漂う光景が目の前に広がっていた。出鼻をくじかれるとはまさにこのことだろう。


「あらあら、元気なのは良いことですう。ギルドの前に倒れていたときはどうしようかと思いましたあ。私はベルですう。あなたのお名前はなんですかあ?」

「あ、なんかそういう感じですのね。問答無用でストーリーが進むやつですわねこれ。わたくしはみみこと申しますわ」

「みみこさんですねえ。お身体に痛いところや違和感のあるところはありませんかあ?」

「大丈夫ですわ。強いて言えば頭痛がしそうではありますわね」

「そうですかあ。頭痛薬を持ってくるのでお待ち下さあい」

「いらん! ですわよ」

「ほんとにい?」

「ほんとにですわ」


 頭を抑えながらかぶりを振る。本当に頭が痛くなりそうだ。


 想像していたファンタジーとはおもむきが違う上に、初めて会った現地人と思われる女性がほえほえ系のゆるふわキャラである。すでにお腹いっぱいになってきた。


「それなら良かったですう。あ、そうだ。預かっていたギルドカードをお返ししますねえ。本人のものだと確認できましたしい」

「あら、どうもありがとう存じます」


 流れで受け取ってしまったが、これはなんだろう。一昔前に使われていたクレジットカードだとか免許証だとか、そういったものに似たカードを渡された。


 表面に載っているのは、わたくしのアバターの顔写真に名前、それから――


「ギルドランク1……?」

「あらあ、よく見てませんでしたがギルドには入りたてだったのですねえ。ギルドランク1ということはまだギルドの説明や初期訓練も受けてないじゃないですかあ。ちゃちゃっとやっちゃいましょうかあ」


 いやよく見てなかったってどういうことなんだ。結構大きく書いてあるのに何をどうやって見逃したのだろう。この人は本当に大丈夫なのだろうか。不安だ。


「ほら、ついてきてくださあい」

「今行きますわ。靴を履きますので少しお待ちくださいませ」

「はあい。では私も準備しますねえ。しゅしゅっ、シャドーボクシングですう」


 急になにもない空中をぺちぺちと殴りだすベルと名乗る女性。

 本当に不安だなあ。

 

 

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