6本目 ギルド入門教室その2



「では始めますねえ。まず私たちギルドに所属する人の仕事と報酬についてですう。仕事はシンプルで、依頼を受けて達成するだけですねえ」


 モニターの映像が切り替わり、わかりやすい図が表示される。ところでわたくしはいつから大学の講義を受けていたのだろう。とてもゲームとは思えない授業スタイルである。


「依頼はランクによって受けられるものが変わりますよお。ランクが上がれば依頼の難易度と報酬が上がりますう。ランクの特典は他にもありまして、ギルドのショップで購入できるものが増えますねえ。他にも色々あるんですけど面倒なので端折はしょりますよお」


 端折るな、と言いたいところだが、正直長々とチュートリアルを受けるよりかはさっさと冒険に行きたい気持ちがあるのでちょうど良かったと言える。ランク特典くらいその都度現地人か他のプレイヤーに聞けばわかるだろうし。


「依頼とはどんなものがあるかということなのですがあ、最初はほとんどがアイテム納品依頼ですねえ。依頼されたアイテムを一定数集めるのですう。アイテムごとにモンスターを討伐したり、植物を採取したり、アイテムを組み合わせて加工したりして手に入れる必要がありますねえ」


 このあたりはシンプルな仕組みだ。しかし、聞き逃してはいけない大事な発言があった。モンスターだ。モンスターという単語が聞けたのだ。この世界にモンスターといういかにもファンタジーな存在がいるということがわかり、わたくしは非常に安心した。安心した。


「さらに、ランクが上がると討伐依頼が受けられるようになりますねえ。討伐依頼はだいたい緊急性が高めの依頼でして、その分難易度も高くなっていますう」


 喫緊きっきんで討伐が必要なモンスターについては、モンスター素材ではなくモンスターの討伐自体が依頼目的となるのだろう。


「次にインベントリですが、念じることで出し入れができますよう。空中ディスプレイを使っても同じことができますねえ」


 ここに来てようやくファンタジーなロールプレイングゲームになってきた。ワクワクが止まらない。だってインベントリだ。なんてファンタジーな響きだろう。


 わたくしは手に持っていたギルドカードをインベントリに出し入れしてみる。わたくしが目を覚ましたときにベルさんから渡されたカードだ。出たり消えたりするカードを見て、嬉しくなって思わず「わあ」と口に出してしまった。


「インベントリは使えたみたいですねえ。あとはですねえ、もう流れでなんとかなりますう」


 そんなんでいいのかベルさん。モニターに表示される映像的にまだ色々と話すことがある気がするのだけど。

 もしかするとわたくしがチュートリアルはできるだけ省略してほしいと考えているので、ゲームシステムがそのあたりを汲み取ってくれたのかもしれない。


 まあこれはベルさんの性格な気もするが……。


 このタイミングで空中ディスプレイが出現し、情報をお知らせしてきた。『ギルドランクを上げて、必要な条件を満たすと、行くことのできるエリアが増えていきます』とのことだ。このあたりはゲームシステム的な話だから、ベルさんの口からではなく空中ディスプレイを通じて説明されたのだろう。


「ここまでで何か質問はございますかあ、みみこさん」

「特にないですわ」

「よろしいですう。これにてギルド入門教室その1を終えたのでギルドランクを1から2にあげますねえ。そのギルドカードを貸してくださあい」


 言われたとおりギルドカードを渡す。そのままベルさんは懐から取り出したカードスキャナーのようなものにギルドカードを差し込んだ。そしてスキャナーを少しいじったあと、ギルドカードを取り出してわたくしに返してきた。


「はい、ギルドカードをお返ししますねえ。次はギルド入門教室その2をしに行きますよお。ついてきてくださいねえ」


 そう言って意気込んだベルさんに先導される。まだ終わりではないらしい。


 廊下を進み、エレベーターに乗り、どこかへと向かって降りていく。1階の表示を通過して更にエレベーターは下っていく。


 到着したのはビルの地下に広がる空間。とても天井が高く、そして広い。壁で囲って区分けがされていて、それぞれの場所に異なる数字が書いてある。ベルさん曰く訓練場らしい。各訓練場にはガラス窓が付いており、外から中が見られるようになっているようだ。


「ここでは様々な訓練を行えますう。なぜか今は私たち以外に使用者はいませんけど、普段はとっても賑わってるんですよお。もしみみこさんが使いたいと思ったときはあ、ギルドの受付で使いたい訓練場の種類を教えてもらえればお貸しできますう。今回は1番の訓練場を使いますよお」


 すたすたと進んでいくベルさん。ここに来るまでの道中でときおり空中に向かって何かしているようだったので、空中ディスプレイを用いて訓練場の予約をしていたのだろう。口調とは正反対に手際の良い人である。


 ところで、訓練場に人がいないのはこれがチュートリアルだからに違いない。ヘルプページに書いてあったが、メインストーリーなどの要所では、個人やパーティー単位で空間が用意されて物語が進んでいくとのことであった。


 この状況もその一つなのだろう。

 この訓練場に満員という状況がありえるのかはわからないが、万が一満員なんてことがあればチュートリアルが進まなくなってしまうだろう。それに今はサービス開始直後のため、同じ空間でやろうとすればとんでもない人数がここに収納されることになってしまう。ゲームとはよくできているものである。


「ギルド入門教室その2では、友である七色龍と一緒に戦うすべを身につけることが目標となりますう」

「ようやくそれっぽくなってきましたわね!」

「嬉しそうですねえ。みみこさんが嬉しそうだと私も嬉しいですよう」


 ベルさんはそんなことを話しながら1番の訓練場の入り口で立ち止まり、空中に向かって何らかの操作を始めた。


「みみこさんの得意武器はありますかあ? なければ色々試してみるのでも良いですよう」

「わたくしは銃が得意武器ですわよ」

「銃はですねえ、初期職業ではかなりマイナス補正が入るので難しいですねえ。それにギルドランクの低い初期職業の方には上級武器を渡せない決まりになっているんですよう。代わりに弓かクロスボウはいかがですかあ?」


 ブレファンのチュートリアルはとても優しいようだ。なぜなら、『銃』というものの存在を確認したいわたくしのさりげない誘導にきちんと反応してくれたからだ。

 そう、わたくしにとっては嬉しいことに、ここで銃の存在が確認できたのである。しかもギルドランクを上げさえすれば、よくわからない条件を満たして上級職にならなくても銃を使えることがわかった。これは大きな収穫だろう。


 さらに、弓かクロスボウを銃の代わりにおすすめされたということは、弓やクロスボウが銃という上級武器の元になっている可能性が考えられる。少なくとも、これらの武器に補正がつく狩人を職業として選んだのは悪くない選択だった可能性が高くなった。


 是が非でも銃を使いたい。スナイパーライフルはあるだろうか……。


「じゃあクロスボウでお願いいたしますわ」

「わかりましたあ」


 わたくしはもともと使う予定だった。クロスボウを選択する。


 ベルさんがそのまま操作を続けると、突然に訓練場の入り口横の床が空いて台座のようなものがせり出してきた。台座の上にはクロスボウらしきものが乗っている。


「届きました。はいどうぞお」


 ベルさんはおもむろにクロスボウらしきものを手に取り、わたくしに渡してきた。台座の上に一緒に置いてあった矢筒と矢も一緒に渡された。


「これはなんですの?」

「初心者用クロスボウですう。差し上げるので自由に使っちゃってくださいねえ」


 チュートリアル報酬とでも言うべきかはわからないが、とにかく武器をもらうことができた。冒険への最初の一歩である。


「クロスボウって案外軽いんですのね」


 見た目がごついため重いものだと思っていたが、実際に持ってみるとそこまでではないらしい。


「そうですねえ。ただ、弦を引くのが大変ですねえ」

「まあそうですわよね」


 弓もそうだが、クロスボウの弦を引くにはかなりの力がいる。アスレチックeスポーツゲーム、すなわち現実の人の身体能力の範囲でプレイするゲームである以上、弦を引くだけでも容易ではないはずだ。一応鍛え上げた成人男性くらいの筋力にはなっているはずだが、それでも矢を装填するのにはそれなりに時間がかかるだろう。


「試してみても?」

「いいですよお。的を出したので狙ってみてくださいねえ」


 気づけば訓練場の中に円形の的がたくさん出現していた。中には動いている的もある。これを狙えということだろう。


「私は外から見ていますので、自由に試してくださあい」

「わかりましてよ!」


 意気揚々と訓練場に入り、クロスボウに矢を装填する。

 少し時間はかかったが、現実世界よりは遥かに力が強くなっているため、案外拍子抜けするくらい簡単に矢を装填できた。現実でもこれくらいの筋力がほしいと思ってしまった。


 気を取り直し、ゆっくりと構えの体勢へと移行する。

 

 焦ってはいけない。心を落ち着かせることが大事だ。


 構え終わったら、しっかりと狙って――


「撃つ!」


 放たれた矢は的の斜め上を通り抜け、訓練場の壁にぶつかって落ちた。


「くっ……」

「惜しいですよお。当たるまでやってみましょうねえ」

「上等ですわ! ここでマスターしてさしあげましょう!」

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