2本目 Brave Fantasy 22



 夏休みに入って一週間が経った。


「あづいですわあ」


 炎天下。食べ物の買い出しのために屋外に出れば、焼け付くような太陽にうんざりする。

 食料の定期宅配サービスが最近人気らしい。あらかじめ日程を指定しておくことでその日に食べ物を届けてくれるとかなんとか。お金は多少かかるが、栄養にも気を使ってくれるプランがあると聞いてとても魅力を感じている。悩ましい。でもお金がかかる。ぐぬぬ。

 

「あら、これは噂のゲームですわね」


 街頭のモニターで宣伝されていたのは最近配信者の間でも話題になっている新作のVRMMORPG。Braveブレイブ Fantasyファンタジーシリーズの最新作だ。通称ではブレファンと呼ばれる。もともとはVRゲームが登場する以前から存在するRPGゲームであったが、その人気から続編やスピンオフがいくつも発売され、VRにも進出するようなり、現在ではシリーズ20作品を超える名作だ。

 ブレファンは基本的にRPGであるが、ソロプレイ専用ゲームとして発売されることもあれば、複数人で協力できるゲームとして発売されることもあり、ときにはMMOのゲームとして発売されることもあった。前作はソロプレイ用のVRRPGとして販売され、明後日発売となる最新作はその世界観を引き継いだVRMMORPGとして発売される。


「タイトルは、Brave Fantasy 22 ~七色龍と大陸~ ですか。相変わらずよくわからないサブタイトルですわね」


 ブレファンは、二作目以降はすべてテーマに関係したサブタイトルがついている。十三作目の~終わらない夕焼けと雨夜~、十九作目の~大空洞とさようなら~、あたりがわたくし的にはオシャレで好きだ。まあわたくしはブレファンはプレイしたことがないので、詳しい内容まではわからないのだけれど。

 そして、今作では最近の比較的抽象的な路線を通っていたサブタイトル傾向からガラリと変わり、原点回帰とでも言うべきか冒険の雰囲気を強く感じさせるサブタイトルとなった。

 七色龍とは何者なんだろう。味方なのか、敵なのか、そのどちらでもないのか。そもそも七と言うだけあって七体いるのか。それとも一体の龍が七色の姿を見せるのか。そんなことも冒険の中で探っていくのだろう。


「ワクワクいたしますわね」

 

 事前の情報だと基本的には半オープンワールドとのこと。解放済みエリアならどこへでも行くことができ、メインストーリーを進めることで行ける場所が増えるらしい。まあよくあるRPGだ。今作が今までと違うのは、アップデートで少しずつ開放可能なエリアが増えるというところか。

 

「MMORPGなのにeスポーツとしての普及も目指していると聞いたのですわよね。どういうことなのでしょう」


 ゲームがeスポーツを名乗ることに制限はない。しかし、一般的にeスポーツと言えば国際eスポーツ連盟から認定を受けたゲームのことを指す。ゲームシステムの競技性やゲームバランス、それから運営に対する信頼度など一定の基準を満たさなければならない。

 これまでMMORPGでeスポーツ認定を受けた作品は確か一作品のみしか無く、それも宇宙を舞台にした戦略シミュレーションの要素が強いゲームだったはず。剣と魔法のファンタジーRPGで、はたしてどうやってeスポーツを目指すのかという期待が集まっているのだ。


「予約特典でグッズがもらえるらしいですし、わたくしも注文しておきましょうか」


 新作が出たらまずヒット間違いなしと言われているシリーズでもあるし、本当にeスポーツ化するならすぐ遊べるようにしておきたいところだ。eスポーツ配信者としては買わないという手はない。


「涼しいですわあ」


 考えているうちにスーパーについた。わたくしはその場で立ち止まり、忘れないうちに手早くスマートデバイスでブレファン22の予約をする。


 スマートデバイスをポケットに仕舞い、店内のポップアップからセールの情報を確認する。

 

「そう言えば牛乳が切れかけてましたわね。二本ほど買っておきましょう」



++++ ++++


「さあ、流行りに乗ってわたくしもプレイしようと思うわけなのですが、まずはキャラメイクですか」


 わたくしは今日発売されたVRMMORPGの Brave Fantasy 22 ~七色龍と大陸~ をプレイしている。


 そう、結局わたくしも流行りに乗ってブレファンを始めることにした。ブレファンの制作会社が事前の発表で盛り上げに盛り上げまくり、それに呼応してSNSが湧きに湧きまくったので、発売されてからはしばらく話題がブレファン一色になりそうだと思ったからだ。

 eスポーツを目指すという路線もしっかりと公式から発表されていたため、eスポーツ界隈の配信者たちやプレイヤーたちも興味を持ち始めている。

 視聴者獲得競争で戦っていくために、ブレファンに手を出して損はないだろう。何より面白そうだし。


「リスナーの皆さまのなかにベータテストに参加した人はいらっしゃいませんの? キャラメイクで今後の差はあります?」


 配信しながらのプレイなので、わからないことがあればリスナーに聞いてしまう。


 ゲーム内で調べ物をするのは少し大変だ。


 思考操作がゲーム内操作と結びついているので、ゲーム内のインターフェイスを通して検索する必要がある。その上、本当に知りたい情報にたどり着くまで自分であれこれ探さなければならない。その操作もまた、ゲームシステムがワンクッション挟まるのでやりにくい。


 調べ物を効率的に行えるように作られた書斎系のVRアプリでは、調べたいと思うものがあれば「知りたい」と考えるだけで効率的に検索してくれる。しかもふんだんに空中ディスプレイを用意して一覧表示なんてこともできる。

 ゲーム内で一つの空中ディスプレイを用いて検索するのと比べると、その操作感は天と地ほどの差があると言っていい。ゲームでも書斎系VRアプリくらいの操作感が欲しいところなのだが、そこに力を割く余裕はないのだろう。


「あら、そもそもベータテストをやってないのですね」


 調べるのが大変なら、いっそのことこんな風にリスナーに聞いてしまったほうが早い。常に表示させている配信ウィンドウのコメント欄を見るだけで済むので楽だ。ただし、たまに誤った情報が混ざるので、全部を信じて良い訳では無いということにだけ注意をする必要はある。

 今回のベータテストをやってないという情報もリスナーたちが教えてくれた。


「『キャラメイクについてなら説明ページに書いてあるぞ』ですか。そうなのですね。わたくし説明ページは見ずにゲームをやってしまうタイプですの。ごめん遊ばせ」


 思考操作で説明ページを空中ディスプレイに表示してみる。


「はい説明ページを開きましたわよ。えーと、キャラメイクまでのチュートリアルはこちらですわね。ふんふん」


 図付きでよくまとまっている。老若男女を虜にする世界的RPGゲームというだけはある。


「え、そもそもこれアスレチックeスポーツゲームですの!?」


 説明ページの序盤に書かれていたのは衝撃の事実であった。アスレチックeスポーツゲームは、人間と呼べる範囲の身体能力でプレイするゲームのことだ。

 わたくしのリアクションを受けて、コメントではアスレチックeスポーツゲームであるということに対する驚きの声と、わたくしがそれを知らずにプレイしようとしていたことに対する驚きの声が半々くらいの割合で一気に投下された。驚愕の嵐だ。


「いやいや、本当ですわよ。信じてくださいまし。『このゲームはリアルタイムアクション型のアスレチックeスポーツゲームです。プレイヤーが選択可能なすべての種族の運動能力は、国際eスポーツ連盟の定める人間標準の範囲に従います』って書いてありますわよ」


 わたくしは配信カメラの位置に向かって説明ページを開いた空中ディスプレイを近づける。


『本当に書いてあって草』

『ファンタジーとはなんだったのか』

『前作のソロプレイ用ではそんなことなかったんだが』

『知ってたからやろうと思ったわけじゃなくてマジで流行りに乗ってプレイしようとしてただけなのかよw』


「いえいえ、eスポーツを目指していることは知っていましたわよ。ただ、まさかアスレチックeスポーツを目指しているとは思っていませんでしたの。……流行りに乗ろうとしたのは本当ですわ」


 思わずカメラから顔を背ける。流行りに乗ろうとしたのがバレバレだった。


 加速するコメント欄。それらからいくつか適当に選んで読み上げて、それに対する反応をしていく。すると、その中に気になるコメントがあった。


「『国際eスポーツ連盟の仮認定は通ってるらしいぞ』って本当ですの?」


 国際eスポーツ連盟はプレイヤーのプレイスタイルも審査の対象としている。運営の想定しない仕様の隙を突くプレイが横行したせいでeスポーツ認定を剥奪されたゲームや、逆に運営の想定しなかった遊び方が人気となり、その遊び方をゲーム内の新モードとして取り入れてみた結果eスポーツになったというゲームがある。


 結局のところ、ゲームを作り上げていくのは製作者とプレイヤーなのだということである。どれだけシステムがeスポーツのように見えたところで、実際にそのシステムが機能しなければ意味が無いのだ。

 そういうわけで、リリース前にeスポーツの条件を満たしていそうなゲームに対しては仮認定を与え、その後のプレイヤーのプレイを参考にして問題がなければ正式認定を与えるという仕組みが制定された。

 システムがeスポーツ的か否かをゲームを遊ぶ基準にする人が一定数いるため、「少なくともシステム上はeスポーツらしいか」を示せる仮認定の仕組みは効果的な策だと言えよう。


 仮認定に通ったということは、ブレファン22のゲームシステムは既にアスレチックeスポーツということだ。徐々に改良していきアスレチックeスポーツを目指すということならまだしも、この時点で仮認定に通っているという話には半信半疑である。


「これはeスポーツゲーマーとしてきちんと調べなくてはいけませんね。みなさま、スタートダッシュを切れなくて申し訳ないのですが、もう少しわたくしのチュートリアルにお付き合いくださいませんこと?」


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