Season02 わたくし、夏休みをエンジョイいたしますの ~ごきげんよう、VRMMO編~
1本目 お嬢様と愉快な仲間たち
ここは白薔薇学園。日本中のエリートや、名だたる名家、実業家、政治家の子息令嬢が通う、名門中の名門校。
小等部から大学部まであり、更には研究機関も併設している。研究機関はいわゆる大学院というやつだ。白薔薇学園の研究所に入ると名だたる企業からスカウトが来るとあって、学問が得意で一山当てたい学生が目指しているらしい。わたくしとはあまり関係がない話だ。
わたくしは大学部の2年生。今をときめく女子大生というやつである。
わたくしはこみ上げるあくびをこらえながら、教壇にあるスクリーンに表示される内容のメモをとる。昨日は夜遅くまで動画を編集していたので、とても眠い。
講義もVRですればいいのにと思わなくはない。しかし、白薔薇学園では体感型VR空間での講義は行われていない。体感型VR空間で講義を行う学校はどんどんと増えてきているようだが、全カリキュラムをVR空間だけで行うのは難しいらしく、完全なVR学校の実現はまだ遠い。
ちなみにうち白薔薇学園は、スポンサーであるところの親やOBOGの意向が強く反映される。そういった方々は伝統を重視する傾向にあるらしく、VR講義が白薔薇学園で行われない原因の1つになっているようだ。お年を召された教員の方々からすると、まだ体感型VRには忌避感があるということも大きいらしいが。
講義の終了時間となった。わたくしは先ほどまで講義のメモをとっていたタブレット端末をトートバッグにしまい、席を離れた。
講義室の出入り口を出たところで声をかけられる。
「ごきげんよう。夕凪さま。お昼はどうなさいますの?」
「あら、ごきげんよう。みなさま。わたくしは食堂で食べるつもりですわ」
「わたくしたちもですの。ご一緒しませんか?」
「素敵ですわね。ぜひよろしくお願いいたしますわ」
わたくしは友人である彼女たち3人組と昼食を取ることにした。
この学校に幼稚園の頃から通っていることもあって、わたくしにはお嬢様の友人が多い。わたくしのような養殖お嬢様とは違う、ピュアッピュアのお嬢様だ。彼女たち三人も生粋のお嬢様である。
ピュアお嬢様は、わたくしのようにたまにお悪い口が出てしまうことはなく、あらゆる面で完璧なお嬢様だ。汚い言葉も語彙として理解はしているのだろうが、それが口から出せるような思考回路をしていないに違いない。悪口を言うときは迂遠で優美に。それがピュアお嬢様流である。
食堂についてまず席を確保する。食堂の席にはスキャナーが付いていて、登録済みのスマートデバイスをスキャンすることで席の予約ができるのだ。ちなみに、同じ仕組みで学校への入場管理や、授業の出欠確認もされている。
生体認証技術の小型化と高度化によって、スマートデバイスで極めて正確な本人確認ができるようになったことで実現された仕組みだ。
「もはや携帯電話にあらず。これはもっとすごい電子端末だ!」ということでどこかの携帯会社がスマートフォンという名称をやめてスマートデバイスと呼び出したらしいが、実際うまいネーミングだと思う。もはや電話としてではなく、携帯用のコンピューターとしての意味合いが強い。昔使われていたノートパソコンよりも遥かに小型で高性能なのだから、大変
この技術は、様々な面でのセキュリティと利便性を向上させた。生体認証システムが、高価な装置の設置や面倒な生体情報登録を必要とせず、個人がスマートデバイスを持っているだけでお手軽に行えるようになったのだ。それに伴い、役所に申請することで個人登録済みスマートデバイスを設定することもできるようになった。これにより、スマートデバイスのみで本人確認ができるようになったことは、前時代的なカード文化や書類文化を終わらせる一助となったことは間違いない。
なにはともあれ、わたくしたちは席を確保した。
「わたくしはAランチにいたしますわ。皆さまは?」
わたくしはAランチを選んだ。肉を中心とした定食である。
「そうですわね。同じAランチにいたします」
「
「わたくしはCランチの気分ですわ」
友人たちの食べるものを聞きながら、ご飯をスマートデバイスのアプリを使って注文する。
白薔薇学園はマンモス校だけあってあちこちに食堂があるのだが、食堂ごとに利用客の傾向がある。わたくしたちが今来ているのは、ご令嬢方たちが多く来る食堂だ。メニューは全食堂共通で、基本的なシステムも同じ。アプリで注文し、出来上がった配膳係が届けに来る。
一流のシェフたちがこだわって監修したというメニューの数々には、やんごとなきご令嬢ご令息も満足できるとの評判だ。莫大な寄付金の力により、メニューの高級さに対して非常に安く値段が抑えられていることから、一般の学生にも人気が高い。配膳係もプロの執事やメイドを雇っているのでサービスの満足度も高い。卒業生の方々の寄付金
++++ ++++
「ところでみなさま。夏休みはどうするか決めていらして?」
食事の最中、九条院さまが口火を切った。来週から再来週にかけての期末試験のシーズンを終えれば待ちに待った夏休みだ。期末試験の準備はもちろんしなくてはいけないが、お嬢様と言えどその先の夏休みにワクワクしてしまうのは仕方のないことなのだろう。
「わたくしは特に予定はありませんわね」
即答したのはわたくしだ。実際予定がないのだから仕方がない。配信してゲームしてぐーたら生活を満喫する気満々である。
「わたくしは、そうですわね。父の会社の方の都合などでいくらか予定は入っておりますが、比較的暇ですの」
続いて不知火さま。彼女は大手自動車メーカーの跡取りの娘で、現会長の孫に当たる。おっとりとした性格で、彼女がいるだけでなんだか空気がほんわかとするような気がする。不知火さまの言う予定とは、視察かなにかなのだろう。あるいは旅行かもしれない。
「わたくしもあまり予定はありませんわね」
成瀬さまも予定がないらしい。成瀬さまは代々大物政治家を排出してきた家系のご令嬢だ。お嬢様と言えど、大学2年生の夏というのは比較的暇なものなのかもしれない。
「わたくしも、家族と海外旅行に行く予定と社交界の予定がある以外は、ずっと暇ですの」
九条院さまは華族にルーツを持つ九条院財閥の本家のご令嬢だ。さすが九条院さまと言うべきか、お嬢様らしい予定が入っている。とはいえ、わたくしたち全員がサークル活動をしているわけではないので、普段は比較的暇が多い夏休みになるだろう。
「そこでですわ」
九条院さまはそこで一旦お水を口に含む。ゆっくりと嚥下したあと、キリッとした顔でわたくしたちを見渡し言った。
「お泊まり会をいたしましょう」
++++ ++++
わたくし……ううん、僕は、美味しいランチに舌鼓を打ちながら、ことの成り行きを眺めていた。
「お泊まり会かあ。楽しみだけど、ご上品なお嬢様たちの中で浮いちゃわないかな」
もしボロが出て、九条院さんのご両親に娘の友達にふさわしくないとか思われてしまったら……。
「僕も気張っていかなきゃ」
この居心地の良い空間を壊さないためにも、より一層お嬢様らしく振る舞おうと決意する。なにはともあれ夏休みは楽しみだ。
お泊まりもそうだし、楽しみにしていた新作のVRMMORPGが夏休みに入って少し後に発売される。
よーし、今年の夏は全力で遊び尽くすぞー!
「あら成瀬さま、何かご予定がございまして?」
僕が考え事をしていることに気づいたのか、九条院さんが話しかけてくる。
「え、ああ、いえ、お泊りが楽しみだと思いまして」
「そうですわよね! 成瀬さまも賛成ということなので、日程を調整いたしましょうか」
慌てて取り繕ったけど、おかしくなかっただろうか。VRゲームにどハマリしている人が僕以外ここにいるわけがないし、間違えて口に出してしまったら変な人だと思われてしまう。気をつけなくては。
まあ九条院さんはただただ嬉しそうなので大丈夫だと信じよう。
その日はお泊り会にやりたいことについて話し合って休み時間を終えた。結局、まだ日程調整もできていないままだ。お話の続きはまた明日と約束して、それぞれが午後の授業へと向かったのだった。
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