6本目 想いの力
「わたくしが見えると思えば見える。反応できると思えば反応できる……ッ!」
敵の頭が見えた瞬間、すでに弾丸は発射されていた。
ヘッドショットエフェクト。
後続の敵がビルの最上階付近を一瞬見上げたのを視認。まだわたくしの位置がバレていないことを悟る。
「すううっ……ここ!」
流れるようにもう一発。
――わたくしには敵の未来が見えていた。
人は動くときに必ず筋肉が
加えて、人は意識の動きにより呼吸と心臓の鼓動を変化させる。それは若干の兆候として、身体の表層にも現れる。
計算する。人の表面に見える様々な兆候と、わたくしの打った手と、現在のシチュエーションから、敵の考えを、そして動きを。
++++ ++++
「想いが力に変わる」
体感型のVR技術がこの世に初めて現れたとき、その事実に気づいた人はいなかったという。体感型VRの黎明期にリアル路線のVRアプリやゲームはいくつも現れたが、それはリアル風というだけであった。プレイヤーは自分で動いている感覚よりも、何かを操っているという感覚のほうが強かったらしい。それゆえ、想いが力に変わるという事実に到達することはそもそも不可能であった。
体感型VRが登場してからしばらくして、『人間の身体を完璧にVR空間でシミュレーションする』というコンセプトのVRゲームが現れた。そのVRゲームはファンタジー・リアル・ハンティング・アクションゲームと称していて、複数人で協力してファンタジー世界のモンスターを狩っていくというゲームだった。
今でこそ、このVRゲームのために開発された技術を多くのVRアプリやゲームが利用しているものの、当時はあまり注目されていなかったという。というのも、VRゲーマーたちはスポーツやシミュレーション系以外のリアル系ゲームにあまり興味を示さなかったからだ。件のゲームはアクションゲームである。多くの人々がVRゲームに求めていた『非日常感』を味わえないことや、ゲーム自体の難易度の高さもあって、あまり人気が出なかったのである。
本人の身体を再現するわけではなく、標準的な人間の身体を再現するため、現実の身体能力は関係がないことをアピールとしていたゲームではあったが、そういった点は非日常を求めるゲーマーたちには刺さらなかったらしい。
そんなゲームだが、当時プレイした人々の間で囁かれた噂があった。
「明らかに動きがおかしいプレイヤーがいる。それも何人も」
標準的な人間の身体のはずなのに、人間離れした脚力、人間離れした反射神経を持った人がいる。そんな噂話。
最初は小さかった噂話も、ずっと囁かれていれば段々と人々の間に広まっていく。そうしているうちに、「俺も見た」「私も見た」という声が次々と上がっていく。そして高まった疑念は、ゲームの運営に対する非難として集まった。「全然標準的な人間を再現できていないじゃないか」あるいは「不正なプレイヤーを見逃しているんじゃないのか?」と。
それに対し、運営は否定の声明を出した。要約すればこうだ。
「プログラム全体を見れば何か間違いがあるかもしれないが、人間の再現に関してだけは完璧だと自負している。不正なアクセスについても最新のネットワーク監視AIや高度なゲーム内監視AIを用意している。だからそんなことはありえない」
その会社は人間の再現に関しての論文を発表していた。それくらいに本気で『人間の身体を完璧にVR空間でシミュレーションする』ことを目指していた。論文は世界で最も権威のあるVR学会にて発表され、その内容を検証した研究者たちの見解としては「これまでと比較して大幅に正確な人間のシミュレーションに近づいており、革新的な成果であることに間違いはない」という方向で一致していた。
理論的には、確かに限りなく人を再現していたのだ。
それでもプレイヤーは実際にその目で不可解な動きを見ていたし、証拠としてプレイ動画も上がってきていた。
そして運営も数ヶ月の調査の末、ゲーム内で人以上の能力を発揮できる人がいることを認めた。どんな能力を出せるかといったことや、その能力を出せるタイミングなど、方向性は人それぞれの違いがあった。それ故に、運営もプレイヤーたちも、事態の真相を把握することが難しかったのだ。
しかし、そんな彼らには共通点があることを運営は突き止めた。当時その事実が運営から発表されることはなかったが、後の発表により公のものとなった。その共通点とは、人並み以上にこのゲームを楽しんでいるということであった。人並み以上に、ゲームで感情を動かしている人、そんな人たちが特殊な能力を発揮していたのだ。
このゲームの運営が大企業の関連会社であり、研究機関としての側面を持っていたことが幸いした。この事態について利益度外視でさらなる調査を行うことができたのだ。
運営は、彼らの内何人かとコンタクトを取り、多額の報酬と引き換えに研究への協力をお願いした。
そうして、問題となったゲームが発売されて1年と半年ほど経って、このゲームを運営する会社はある論文を発表した。日本語訳はこうだ。
「
頸部接続神経中継型VR、通称体感型VRにおいて想いが力に変わるという事実が、世界で初めて公になった瞬間である。
そして、数十年が経った。
体感型VRは今や一般に浸透し、その性能に差はあれど若い世代なら誰でも一台は体感型VRデバイスを所持するようになった。わたくしたちのような配信者ともなると高度な作業や映像の処理が必要なのでパソコンを使用するが、簡単な作業は体感型VRデバイスでやってしまう人のほうが多い。
学生もレポートを体感型VRデバイスを使って思念操作で書き上げる時代だ。大抵のデスクワークも体感型VRデバイスを使って行えてしまう。デスクトップパソコンは私のようなヘビーユーザーが使うのみで、もうノートパソコンと呼ばれるものに関してはほとんど目にしなくなってしまった。
閑話休題である。
さて、わたくしがよくプレイしているのはアスレチックeスポーツゲームと呼ばれる種類のゲームである。数あるeスポーツゲームの中でも、キャラクターの身体能力が人の範囲に制限されているVRゲームのことだ。サッカーや陸上競技など、現実世界でのスポーツと近い条件のゲームと言えばわかりやすいかもしれない。
ここまで言えばわかるだろう。アスレチックeスポーツゲームには、先ほどまで話していた『ヒトを再現する技術』が改良されつつ使われている。想いが力に変わるという点はそのままで。
なぜ想いが力に変わるというバグのような挙動を直さなかったのか。それは、想いが力に変わるという事実はゲーム的な仕様ではなく、そもそもの人間が持っていたポテンシャルであることが研究によってわかったからだ。
人は生存のために肉体が必要だ。それゆえに肉体の存在は制限となっていた。VRによって『生存のための肉体』という制限を無くしたとき、人はさらなるポテンシャルを引き出せることがわかったのだ。
火事場の馬鹿力と呼ばれる現象の説明も、この理論によってなされた。肉体を切り捨ててでもやらなければならないことがあるとき、実際に人はこれまでVRではなくともポテンシャルを引き出せていたのだ。
すなわち、アスレチックeスポーツゲームでは、人が人のままで人を超えることができる。チートでもなんでもない、純然たる努力の成果として。
それがアスレチックeスポーツゲームの難しさであり、魅力でもあった。
ちなみに、eスポーツの中でもアスレチックeスポーツゲームにはオリンピックの種目として選ばれたものがある。むしろ、オリンピックの種目として選ばれるためにアスレチックeスポーツゲームという名前が作られたとも言われている。ひとたびオリンピック種目となれば知名度も高まるわけで、それによってeスポーツ全般の人口が大きく伸びたというのはわたくしたちゲーマーにとっては有名な歴史である。特にわたくしたちの世代では、オリンピックでeスポーツを見てVRゲームを初めたという人が多くいるから、なおさらよく知っている。
++++ ++++
わたくしはこれでもトップ層に迫るeスポーツゲーマー。
集中力の限界を超えることなどできて当然だ。
「2人目のとき、銃弾が引く線からわたくしの位置は1階だとなんとなくわかったことでしょう」
銃弾を再装填。南東からスポーンしたターゲットは
「ならば、あなたは障害物を利用して詰めて来ますわよね」
スコープの倍率を下げ、狙う位置を変える。先程よりも近い位置。敵の使っているアサルトライフルが得意な中距離のレンジ。
「そして――そこから頭を出して撃ってくる」
複数の障害物のうち一つから飛び出すシルエット。頬をかすめる銃弾。何発か身体に弾を受け、わたくしの残りHPは1割未満になる。
――と同時に、前方から飛び散る美しいヒットエフェクト。
「ダウン、ですの」
3発目も
開幕3キル。稀に見る成果だ。さぞリスナーは盛り上がっていることだろう。建物に向けて走って戻りながら無線で味方へと連絡する。
「三人やりましたわよ」
「すげえ!」
「ナイス! 拠点で待ってるよ!」
「よし、勝ったな。いいぞお嬢様」
無線で入ってくる喜びの声に、誇らしい気持ちになる。序盤に2人対5人と人数差がついてしまえば、巻き返すことはとても難しい。
「そうですわね。ほぼわたくしたちの勝……あ」
わたくしの周囲に湧き上がる死亡エフェクト。
これは恐らく、敵にHPを大きく削られたところに、屋外での継続ダメージがトドメとなった形でのデス。
「やっちまった、ですの」
わたくしの死亡時のひとりごとは宙に浮いて――そのまま世界中に配信された。
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