5本目 臨界点



 ラウンドスコア2対1で迎えた第4ラウンド。


「2ラウンド目では4キルできましたが、3ラウンド目は味方が活躍してしまったので何もできませんでしたわね。次のラウンドはぶちかましますわよ」


 一つの試合では、同じマップを攻守一回ずつ交代でプレイし、先に3ラウンド先取したら勝ちだ。2ラウンド目が防衛、3ラウンド目が攻撃ときたので、次は防衛側である。

 防衛拠点は数カ所のうちから好きに選ぶことができるが、一度防衛拠点として選んでしまった部屋は、その試合で二度選択することができない。

 3ラウンド先取の延長なしなので、最大で二箇所か三箇所の拠点を防衛することになる。拠点によってクセがあり、このスキルを使うと守りやすい・攻めやすいとか、撃ち合いが得意ならこの拠点が良いとか、それぞれ方向性が少しずつ違う。そして、どの拠点を防衛側が選ぶかを攻撃側は予想してスキルや役職を選択する。ラウンド開始前の時点で攻撃側と防衛側の戦いは始まっているのだ。


「さてみなさま。わたくしはまたスナイパーがやりたいのですが、よろしいかしら?」

「いいよいいよ。どんどんやっちゃって」

「私は別に反対しないよ」

「俺は最初反対だったけど、さっきのあのプレイ見せられたあとじゃね」


 ひとまず味方は賛成してくれたので良かった。最後の1人は言葉を発さなかったものの、うなずいてくれていたので少なくとも反対ではないのだろう。わたくしは空中に表示された画面から役職、武器、スキルを選択する。プリセットとしていつも使う組み合わせは登録してあるので、それをマップや防衛拠点に合わせて少しいじるだけではあるが。


「それにしてもさすがお嬢様だよね。こんなに強いスナイパー見たことがないよ。今度配信見に行くね」

「あら、わたくしのことをご存知でいらして?」

「うん、名前と特徴くらいは聞いたことあるよ。実際一緒にプレイしてみると、聞いていた話の何倍も濃いキャラでびっくりした」

「淑女に対してお言葉が過ぎませんこと?」

「ごめんごめん。すごいなって言いたかったんだよ」

「まあよろしくてよ。お褒めの言葉として受け取りますわね」


 軽くチームメンバーと交流を深める。野良で偶然出会ったとは言え、勝つためにはコミュニケーションを適切に取ることが大切だ。コミュニケーションが取りやすい雰囲気を作るだけでも、十分に意味があるとわたくしは思う。

 黙っているのが性に合わないとか、わたくしがお喋り好きだとか、そういうわけではありませんことよ。


 さあ、セットアップタイムが終わる。これからわたくしたちはマップにワープされる。そして、準備時間中にわざと壁に穴を開けて敵が通りかかるのを見えるようにしたり、スキルで罠を仕掛けたり、これまたスキルで隠しカメラを仕掛けたりといった準備を手早く行う。

 わたくしは、準備時間にやることが少なくなるようにスキルとサブスキルを選択している。

 なぜかって?

 もちろん敵を遠距離から見ることのできる位置に行くためである。準備なんてしている暇はないのだ。


「さあ、急ぎますわよ!」


 スタートした瞬間わたしは駆け抜ける。スナイパーの基本は高いところを取り、広い視界を確保することだ――とよく言われる。これは定石としてはおおむね正しい。けれど、今回わたくしが向かうのは1階の端である。

 すでにスナイパーがいることは相手方で共有されただろう。そうなれば、必ず最上階を警戒するはずである。だからその裏をかくのだ。


 さて、移動しながらマップの構造をイメージする。このマップは広々とした5階建ての廃墟オフィスビルをイメージしたマップらしい。3階まではボロいビルという感じだが、4階と5階は大半が崩壊している。階段は残っているので5階まで行けなくはないが、身体を隠すための壁が少ないため基本的には行くことがない場所だ。たまに隠しカメラをしかける程度である。あとは先ほどわたくしがしたようにスナイパーが潜むくらいで。


「今回わたくしが向かうのは1階北東の端にある裏口ですわ。スナイパーの存在がバレているのに高所に行くのは、わざわざやられに行くようなものですことよ」


 北東の裏口を少し出たところには、北のスポーン地点付近からの射線を遮る壁があるため、ラウンド開始直後は北からの攻撃を心配する必要がない。そして、裏口の外を少し進むと、南東のスポーン地点から侵攻してくる敵を少しの間だけ見ることができる場所がある。

 南東からは遠く、北からは見えない位置なので、なかなか気づくことができない場所だ。ただし、南東方向に対しては身体を隠す場所がなく、対する攻撃側は障害物が沢山あるのでバレたら一貫の終わりなポジションでもある。


 今回の防衛拠点は3階のため、拠点のある3階からベータ階段を通って1階まで駆け下りる。その途中、2階ベータ階段付近にサブスキルの定点カメラを仕掛ける。定点カメラの映像は味方とも共有される。敵の侵入経路特定や、味方が遊撃に行く際のサポートに使える便利なスキルだ。


「定点カメラで退路に敵の存在や敵のドローンがないことを確認することが重要ですの。これでスポーンキルのあとに逃げやすくなりますわ」


 定点カメラは手の平程度の大きさの立方体でやや目立つ。銃で撃つと簡単に壊されてしまうので、置き場所が肝心だ。わたくしは廊下に置いてある鉢植えに隠した。

 たとえ壊されたとしても、敵の侵入経路が一つ特定できるので、置くだけで価値がある。使い勝手がよく、壊されなければ情報を多く得られて強力なため多くのプレイヤーが好んで使うスキルだ。


「着きましわたね」


 攻撃側のスポーンまで残り10秒弱。相棒であるスナイパーライフルの最終点検を行う。弾はフルである。スコープは長距離用の高倍率スコープを装着済み。この高倍率スコープは、サブスキルに選択することで使えるようになる。

 アジャスターと呼ばれる仕組みが組み込まれており、狙撃距離を指定することでその分の弾道落下を計算に入れた照準にできるスコープだ。このアジャスターの数値を調整し、自分のいる位置から敵が通りかかると思われる位置までの距離に合わせる。これで問題なし。いつでも撃つ準備ができた。


「さあ、愚かな獲物さんたちはスポーンしていらっしゃいますか?」


 スマートデバイスで時間を確認しつつ待つ。もう既に敵がスポーンしてから5秒程度が経過した。わたくしはまだ身を潜める。

 狙撃ポイントまで来るのに最低でも15秒はかかるはずだからだ。その間に、スマートデバイスで外にある監視カメラの映像をチェックし、敵の位置を探る。南東からは少なくとも3人スポーンしていた。これはチャンスである。

 外の監視カメラはすぐに敵に撃たれて壊されてしまったが、わたくしが欲しかったのは敵が南東からスポーンしているかどうかというそれだけのことである。十分な役割は果たしてくれたと言えるだろう。


「行きますわよ! とくとご覧あれ視聴者さま方!」


 わたくしは裏口から外に出て、伏せながらスナイパーライフルを構える。防衛拠点が3階にあるので、敵はまっすぐ1階の入り口から制圧しに来るはず。南東でスポーンした敵が、スポーン地点から一番近い入り口を使うためには必ず通る場所がある。わたくしの狙いはそこだ。


「継続ダメージが痛いですわね」


 防衛側のプレイヤーが拠点のある建物外に出ると、時間経過で少しずつダメージを受ける。攻撃側が監視のために置いた無人ドローンからビーム照射による攻撃を受けているという設定らしい。長時間外で撃ち合うことになると、時間切れで勝利できてしまう防衛側が有利だからという理由のシステムのようだ。

 加えて、外に出たまま10秒ほど経過すると。防衛側が屋外に出ていることが攻撃側に伝わり、さらに5秒経過で場所が特定される。したがって、基本的にチャンスは特定されるまでの15秒となる。


「さあ、来なさい……」


 障害物と障害物の間の狙撃ポイントに敵が見える一瞬を待ち構える。HPの減少は1秒に3パーセント程度。少々痛いがこの程度のダメージは問題がない。必要な犠牲コラテラルダメージである。


 深く、息を吐く。意識を一点に尖らせる。


 これはわたくしの儀式。わたくしがハンターとなるためのルーチン。


 精神のコントロールがそのまま力となるのがこのVR空間だ。集中力を極限まで高めることで肉体を支配する。


――全身に分散していた感覚を集中させろ。


 地面に伏せたことにより腹部から伝わってきていたひんやりとした感覚が薄れていく。音が鈍く感じられる。世界が遠くなる。一方で、両手は銃の重みをより強く感じる。


――もっと、もっと先へ。


 見えるものがなるようなイメージを抱く。視界は狭まり、しかし情報が増える。情報の解像度が、脳の処理限界まで大きくなっていく。


 深く。深く。もっと深く。どこまでも沈みゆくその先にある、可能性の行き着く先へ。


――ここだ。


 ここがわたくしの臨界点。維持できる最大級の集中。身体が消え、残るは両の手と瞳のみになったかのような感覚。


 これが体感型VRゲーム――神経接続によってVR空間にフルダイブするVRゲームの醍醐味だ。VR空間では人が人を超えることができる。その、強い想いによって。


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