4本目 闇夜で静かに獲物を狙うフクロウ



 1ラウンド最長330秒。うち30秒は防衛側の準備時間兼攻撃側のブリーフィングタイム。残りの300秒が実際の戦闘時間。攻撃側からすれば長いようで短い時間。防衛側からすれば短いようで長い時間だ。攻撃側は300秒で拠点を攻め落とし、防衛側は300秒拠点を死守する。


「人数が減っていますと、クリアリングにお時間がかかりますわよね」


 クリアリングは、安全確保のことだ。ドローンや己の肉体を使い、道行く先に敵や罠がないかを確認することである。これを怠ると、隠れていた伏兵に後ろから攻撃されたり、敵の罠を踏んで大幅な時間ロスになったりする。

 攻撃側の一般的な戦略としては、防衛側の拠点より遠くから、つまり今回の場合は建物の三階より上の階から、攻撃側のみが使える建物外の階段を用いて潜入し、徐々にクリアリングして防衛側の拠点へと迫っていく。

 少しのクリアリングミスが死へと直結する以上、攻撃側は人数が少なくなっていてもある程度マップをクリアリングして拠点へと向かう必要がある。2人も初期の段階で欠けているのだ。多少クリアリングの過程を端折ったとしてもそれなりに時間がかかってしまうことだろう。


「残り時間は60秒を切りましたわね。そろそろ仕掛けてくる頃合いでしょう」


 言ったそばから私が見張る視線の先、ロングのつきあたり方面から銃声が聞こえてくる。音からして攻撃側の武器が2つと、防衛側の武器が1つ。


『ロング横のベータ階段付近で撃ち合い中。敵はツー。もう下がれない。カバー頼む』

「ロングまで引けませんこと?」

『無理だ! HP残り2割! そろそろきつい!』


 無線で味方がピンチを伝えてきた。ベータ階段はわたくしがいるL字ロングのつきあたりを右に行き、少し進んだところの左にある階段だ。


「ヒーリングドローンを飛ばしますわ! 15秒耐えてくださいまし!」

『死ぬ気で耐える!』


 わたくしが持ち場を離れて直接行くわけにはいかないので、代わりにメインスキルのヒーリングドローンを飛ばす。

 ヒーリングドローンは防衛側スナイパー職のメインスキルの1つで、周囲にヒーリングナノマシンを散布できるホバリングドローンだ。カメラも付いているので情報を手に入れることもできて一石二鳥である。しかし効果時間40秒を超えるとその場から動けなくなり、ヒーリングナノマシンの散布も止まる。とても燃費が悪い機械なのだ。カメラ機能だけは残るが、ホバリングドローンは目立つので動かしていないとすぐ敵に壊されてしまう。

 使う局面が難しく、あまり使われないスキルだが、わたくしは好んで使用していた。主に2つの使い道がある。一つ目の用途としては同じ場所を守り続けるときに耐えるための回復用だ。

 もう一つの用途としては――


「到着ですわ! これで回復してくださいませ!」

『助かった!』


 こうやって味方の支援をしつつ――


「ジューリーさまでしたかしら。そちらの調子はいかが?」

『そう、ジューリーで合ってる。お嬢様、2階の会議室Aまで来たよ』


 会議室Aは、味方が今戦っているベータ階段を登った先の2階にある部屋だ。今通信をくれた彼女には南西にあるアルファ階段を上がらせて、敵の裏取りを任せていた。


「敵は2名とも一階を見ていますわ。今なら裏が取れましてよ」

『了解』


 ――こんなふうに敵の情報を掴んで味方に指示を出すことができる。


『やったよお嬢様、ワンダウン。もう1人はやれなかったけど少しダメージ与えた』

「上出来ですわ!」

『今2階に逃げてガンマ階段を抑えに行くところ。1階は任せたよ』

「おまかせくださいませ」


ガンマ階段はわたくしが見ているL字廊下の南側にある階段だ。そこを抑えてもらえればわたくしはより安全にスナイパーライフルでこのロングを監視することができる。


 粘ることさらに数十秒。残り時間は20秒。味方がだいぶ時間を稼いでくれた。しかし、ついにベータ階段の銃声が止まって、味方からの連絡が途絶えた。おそらくキルをされたのだろう。ヒーリングドローンは壊されてしまったため、L字ロングの先の状態は見ることができない。

 しかし、時間がなくて走らざるを得ない敵の足音がL字ロングの先からかすかに聞こえてくる。VRで強化された脚力を全力で駆使すれば、L字ロングの端からは10秒程度でわたくしたちの拠点まで着けるはずだ。そうやって走り込んで拠点に入り込み、拠点制圧のオーバータイムによる延長戦を狙っているに違いない。


「けれどもここは、わたくしのテリトリーですの」


 銃口をロング廊下の先へと向ける。先ほどまで右奥のベータ階段で戦っていたのだ。右角から敵が飛び出てくることがわかっているので、つきあたりの右端に狙いを定める。一度深呼吸する。敵が駆ける音を聴く。視界から入る情報を極限まで一点に集中させる。指先の神経まで感覚を研ぎ澄ませる。


 まだだ、

 まだ、

 まだ、

 耐えろ、

 我慢しろ、

 集中しろ、

 気を乱すな、

 銃と一体化しろ、

 雑念を取り除け、


 わたくしは、闇夜で静かに獲物を狙うフクロウ――


――来るッ!


「ごめんあそばせ!」


 プシュッという乾いた音とキーンという高い金属音が廊下に響き渡る。


 ヘッドショットのエフェクト、ビンゴだ。ワンダウン。

 

 サプレッサーにより大きく抑えられた音はだいぶ軽いが、銃の反動は音に似合わず十分に重い。支えきれずに銃口が少し跳ねる。よく慣れた感覚だ。反動を抑え込み、すぐに銃弾を再装填。

 残り10秒。ラスト1人の位置がわからない。


 脈打つ鼓動。人数差があるとは言え、まだ気を抜いてはいけない。拠点に入り込まれたら逆転もあり得る。

 ヒリヒリと耳と目と肌が焼けるような感覚。どこだ。どこから来る。どこからだ。


――聞こえた。


「左!」


 ロング途中にある左側の部屋から敵が勢いよく飛び出してくる。敵が持っているのは中距離から近距離を戦えるアサルトライフルだ。完全に相手の間合いレンジである。敵はおおよそのわたくしの位置を予測していたのか、ぴったりわたくしのいる場所に向けて撃ち込んでくる。何発か胴体に当たりダメージを受けた。しかし、わたくしはずっと安全圏にいたのだ。HPは最大。頭に当たらなければコンマ数秒は生きていられる。


 そして、研ぎ済まされた感覚がわたくしの身体を操り、半ば反射的に敵の方向へと銃口を合わせていた。VRでは現実の肉体よりも遥かに高速に、脳からの司令を全身に伝えることができる。引き金を引くまでにかかったのは、ほんの一瞬。狙いは正しかった。


 乾いた音と、銃口から伸びる光。この光は弾道を示しており、弾を撃った直後の一瞬だけ表示される。光の尾の先で、敵へと吸い込まれる弾丸。即座に飛び散るエフェクト。


――ヒット。


 しかし、そのエフェクトはあの美しいヘッドショットのエフェクトではなかった。


 わずかにずれ、肩へと吸い込まれた銃弾。


 頭に当てることができなった。


 本来スナイパーにとってチャンスは1発。外すと待ち受けるのは死である。


 その事実を体現するかのように、すでに敵が撃っていた銃弾によって、身を隠すより早くわたくしのHPが無くなり、全身から力が抜ける。

 やられてしまった。やはり高ランク帯、撃ち合い能力に長けたプレイヤーばかりだ。細かいステップで絶妙に頭の位置をずらされてしまったらしい。


『ラウンド終了。あなたたちの勝利です』


 けれども、悔しさを感じるより先に、無機質な声で勝利を告げる無線通信が入った。


「相打ち、ですわね」


 わたくしの弾丸は敵の頭には当たらなかったが、どうやら敵を倒すには十分だったらしい。味方がすでにダメージを与えていてくれたのだ。

 スナイパーライフルの威力は高い。距離が近ければその分ダメージは大きくなる。大ダメージを敵に与えることができたことは確かで、そのおかげで相打ちになったのであれば最後まで悪くない戦果だったと考えることにしよう。


 余韻もわずかに、ワープによって味方のミーティングルームへと飛ばされる。ここで一息つきつつ、ラウンドが始まる前に次で使うスキルや武器などを準備するのだ。


 わたくしは思念操作で空中ディスプレイに配信のコメントを表示する。コメント欄は大盛りあがりであった。スナイパーライフルで1ラウンド4キルという大戦果もさることながら、最後の一瞬のやり取りがとてつもなくのだから、さもありなんだろう。

 あの緊張感は配信を見ていたリスナーにも伝わったはず。盛り上がらないわけがない。ゲーム配信者的にはとても良い撮れ高である。あとでこのラウンドの録画を編集して動画にしなくては。


「この調子で次のラウンドも取りますわよ!」


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