3本目 スナイパーはお荷物などではありません



 俺たちは、先程までいたミーティングルームから、ワープでマップまで飛ばされる。全部で3つあるワープ地点のうち、俺こと『シュン』と『スイカジャム』が南西のワープ地点、『スーパー中西』と『サイトー』が南東のワープ地点、そして1人での遊撃が得意な『リルゴ』が北に1人でスポーンした。


 俺たちは全員大学の友人で。5人のフルパーティでプレイしている。何度もプレイしているから攻撃も防衛もある程度作戦が共有できているし、連携も取りやすい。実際、先程はドローンなどの電子機器を妨害するスキルや、隠しカメラを仕込めるスキルをふんだんに用い、建物1階の拠点ではなく2階部分をメインで守ることで相手の動きを大きく遅滞させた。結果うまく作戦がハマり、こちらのデスは1だけでラウンドを奪取できた。


 対する相手は見た感じ野良のパーティだ。俺たちのようにもともと組んでいるパーティーではなく、マッチングで偶然味方になったのだろう。場当たり的な動きが目立つし、スキルの選び方も作戦タクティクスを組むための選び方というよりは、1人で立ち回れるようにという選び方をしているように見える。裏取りの警戒も薄い。加えて、これと言って撃ち合いに強いプレイヤーがいるようには見えないのも俺たちとしてはありがたいところだった。


 だから、俺たちは2ラウンドのスタート後も余裕があった。思わず雑談に興じるくらいには。


「さっきの裏取りは完璧だったな」


 俺がスイカジャムに話しかけると、彼も明るい調子で返してくれた。


「そうだな。ナイス連携だった」

「見た感じ野良っぽいしイージーだわ」

「おいシュン、野良パーティだからって油断するなよ」

「わかってるって。作戦はいつも通り表から俺たちが攻めて、その間にリルゴが裏から……ッ!?」


 俺が言葉を言い終わる前に派手なダメージエフェクトが飛び散る。

 そして、スイカジャムの身体が光に包まれていった。


「なっ!? スポーンキルか!?」


 驚いた表情のままスイカジャムは一言も発することなく、散りゆく光の破片となって消え去った。


「おいおい、この距離で頭を抜いてきたのか!?」


 考えるより先に勢い良く横転しその場から退避する。ピシュンという着弾の音。削れる地面。


「地面がこれだけ削れたとなると、スナイパーか! このご時世に、このランク帯の野良でスナイパーライフルなんて使ってるやつがいるのかよ!」


 スペフォーにおいて、野良のパーティでスナイパーライフルを使用することはあまりない。昨今のスペフォーにおいて、スナイパーライフルは他の武器に加えて弱いというのが定説だ。スナイパーを持ってしまうと、やれることの幅がかなり制限されるからだ。だから、パーティを最初から組んで作戦タクティクスをきっちりと決めた上でスナイパーライフルを使うならまだしも、作戦を組みにくい野良パーティではスナイパースタイルのプレイヤーは敬遠されがちである。

 特に高ランクプレイヤーの戦いになってくると、ある程度野良で取れる戦術が決まっているし、知識も十分にあるはずだから、スナイパーを選ぶプレイヤーはそうそういないはずなのだ。いたとしても味方から反対されるはずである。


「まあいい、どこからだ」


 一瞬駆け巡った思考を中断させ、敵の位置を探る。探りながらも、敵の射線から逃れるために、障害物となる塀に向かって動く。

 このゲームでは基本的に攻撃側の武器のほうが強くなるよう調整されている。罠を仕掛けて敵を待てる防衛側と、あとから建物に入る攻撃側の差を埋めるための仕様だ。そのため、攻撃側は防衛側のプレイヤーの居場所を特定さえすれば、武器差によって撃ち合いで有利になれる。


 スポーン位置の近くにはスポーンキル、つまりはラウンド開始直後のキルを防ぐための障害物が多いため、比較的安全に移動できる。未だ敵の位置は特定できていないが、障害物にさえたどり着けばいくらでも余裕はある。もし自分からはわからずとも、味方に探ってもらえば良い。

 だからまずは、隠れて安全確保することが最優先。俺の位置的にあと半歩で障害物の裏に逃れられる。建物方向を横目に見てスナイパーの位置を探りつつ、俺は障害物の後ろへと飛び込んだ。



――飛び込んだはずだった。



「なっ、う……嘘だろ……」



 


 力が抜けて崩れ去る自分の身体を認識する。


「抜かれた……だとッ……?」


 頭を抜かれないように、俺はできるかぎり身体をオーバーに動かしていた。その上、敵のスナイパーがいると思われる拠点の建物からはかなり距離がある。いくらスナイパーライフルと言えど、これだけ的確に頭を偏差射撃で撃ち抜くなんて芸当、普通できるわけがない。明らかにおかしい。


 明らかにおかしいが、動かなくなった指が、腕が、足が、全身が、自分のデスが紛れもない事実であることを示していた。


「チッ、あいつらに報告できなかった。やべえやつがいるじゃねえか。野良だからって舐めてると食われちまうッ……!」


 HPが0の状態では無線で味方と連絡を取ることができない。それに、消音器サプレッサーつきのスナイパーライフルでは、他の味方のスポーン位置付近から銃声を聞くことはかなり難しい。きっと仲間は俺たちが撃たれたことにまだ気づいていないだろう。

 いずれ、無線で俺たちから返事がないことで俺たちがデスしたことはわかるだろうが、今すぐ連絡を寄越すとは思えない。となると、どのタイミングでどんな方法によって死んだかまではわからないに違いない。まさか二人ともスナイパーでスポーンキルされているなんて思わないだろう。

 油断していたら、他の仲間もスナイパーで頭をぶち抜かれてしまう。どうか早く俺たちの死に気づいてほしい。


 そう、叶うことはないであろう願いを抱きながら、俺は自らの死亡エフェクトを眺める。


 間髪おかず暗転する視界。気づけば俺は薄暗い待機用の部屋にいた。


 あと十秒程度は何もできず、ここで待機しなければいけない。この待機時間が終われば墓場に飛ばされる。待機状態の味方を蘇生させるスキルがあるが、距離が近くないと意味がない。そもそも、今回の作戦ではそのスキルを取得している仲間はいないはず。絶望の十秒間だ。


 そうして待機時間を終えて墓場に飛ばされる直前、ふと思い出す。


 そういえばこのゲームの配信者で、とんでもなく強いスナイパーがいたはず。変な口調の女性の配信者で、確か名前は――




++++ ++++




「ヘッドショットのエフェクトはやはりお綺麗ですわね」


 遠距離スコープ越しに死に様を眺め、敵2人のデスを確認する。もう南西方向でスポーンはしていないようだし、他の地点からスポーンした敵がこちらの建物近くに到着する前に退散するとしよう。





――今から2分ほど前、ラウンドがスタートして防衛側のための準備時間が始まった直後、わたくしは仲間に断って真っ先に建物最上階めがけて階段を駆け上がっていた。


 言うまでもなく、スポーンキルのためである。


 スポーンキルとは、敵がスポーンした直後に攻撃を仕掛けることで、守り側の拠点に近づく前に撃ち抜いてしまうというテクニックだ。最初の段階で人数差がつくという圧倒的有利を狙えるチャンスであり、逆にキルされた場合相手に大きな有利を渡す諸刃の剣。

 他のゲームであればハイリスク・ハイリターンの技として扱われることも多いテクニックだ。しかし、このゲームではスポーンキルはハイリスク・リターンの技と認識されていた。


 いくつか理由がある。


 まずひとつが、スポーンキルに使えるようなポジションは、たいてい防衛している味方の位置から遠くなるようになっていることが挙げられる。もしキルが取れなければ、味方に合流するまで防衛に参加できない分、単なる戦力のロスとなる。最悪の場合は帰るためのルートを読まれて敵に囲まれてしまう。


 また、攻撃側のほうが武器が強く、遠距離でも戦いやすくなっているということも挙げられる。防衛側で使える武器は中・近距離用の武器がほとんどのため、遠距離でまともに正面から撃ち合ってしまうとなかなか勝てないのだ。

 そうなると、このゲームの特性である『ヘッドショット一発キル』を活かす必要がある。スポーンキルを成功させるには、遠距離で頭に弾を当てる以外無いのだ

 当たり前だが、そうなるとどのプレイヤーも頭に弾が当たらないように意識してややオーバーに動くようになる。加えて、遠距離で戦うときは、距離による弾の落下や着弾までにかかる時間を計算した偏差射撃が必要になる。


 つまりこのゲームでは、遠距離戦で弾を敵の頭に当てることが非常に難しく、スポーンキルをするにはその遠距離戦で弾を敵の頭に当てる必要がある。端的に言って、無理難題だ。


 そうなると、どうしても防衛側が遠距離で戦いたいならスナイパーライフルを使う必要がある。

 このゲームのスナイパーライフルは弾速の速さと落下の少なさ、遠距離スコープによる長距離索敵、それと一発当たりのダメージの高さが魅力の武器だ。遠距離戦で全武器種のうち唯一狙って頭に当てることが、まあできなくもないという武器である。


 しかし、たとえスナイパーライフルを使ったとしても、偏差射撃が必要なことは変わらない。リスクと難易度が高いことは言うまでもなく、結局遠くの敵に弾を当てるためには相当な技術が必要となのだ。


 しかもこのスナイパーライフル、近距離戦ではまず役に立たないため、近距離で接敵したら基本サブウェポンのハンドガンで戦うことになる。メリットよりもデメリットが大きすぎるがゆえに、ほとんど使用されない不憫な武器種、それがこのゲームにおけるスナイパーライフルであった。


 そうしていると、ラウンドの開始の音が響く。


「すぅぅぅぅ、はいズドンッ! ですわッ……!」


 相手チームのうち1人が、何もできないまま頭を撃たれて光となって消えた。言うまでもなく、わたくしがった。


「もう一発、ズドンッ!」


 残念、回避されてしまった。すぐに弾薬の再装填を行う。身体が覚えている最適な動きで装填を終える。

狙いはもう付いている。今度は無言で即座に引き金を引く。


 もう1人、った。すでにこの時点で人数差は2人。かなりの有利が取れた。


 これがわたくしが鬼畜お嬢様と呼ばれる理由の一つ。敵にスキルを使う余裕すら与えず墓場送りにするという、わたくしのリアルスキル。そう、わたくしはスナイパーライフルを使った遠距離戦がとても得意なのである。


 わたくしがスナイパーライフルを用いたときのKD比は2を超える。KD比はFPSゲームでよく用いられる指標で、一回デスする間に何回敵をキルできたかを、すべてのマッチでのキル数割るデス回数で表現した数値だ。スナイパーは積極的に前に出て撃ち合わないため、そもそも死ににくいということもあるが、それでもかなり高い数値と言えよう。わたくしは日本でもトップクラスのスナイパーと言えるはずだ。


「これだけスナイパーライフルが扱えても、最高ランクはダイヤモンドの3なのですわよね」


 この事実は、スナイパーライフルがこのゲームであまり強くないことを表しているようで、悲しい限りだった。


 このゲームでは、敵が生きていてもラウンドを勝つ方法がある。防衛側なら時間切れ、攻撃側なら拠点制圧だ。

 必然的に、攻撃側は積極的に拠点付近まで攻めてくるし、防衛側は拠点近く守るようになる。そうなってくると、近距離から中距離の間合いでの戦いがメインとなるわけである。スナイパーという役職ではそのメインとなる戦場でうまく戦えないのだ。先述の通り遠距離戦がそこまで強いわけではないのに、いちばん大事な間合いである近距離は壊滅的という、ゲーム性的に愛されない武器なのである。



 ひとまずこのラウンドでは大きな有利を取れたので、仕事を終えたと判断したわたくしは一旦安全地帯である拠点まで引く。引くべきときにはすぐに引く。これがスポーンキルの極意である。


 味方と合流できて安心したわたくしは、音をなるべく立てないために抑えていた声を出す。


「おーっほっほっほ! とっても気持ちが良いですわ!」

「高笑いうるさいぞ!」

「あら、失礼いたしました」

「でもナイスだぜ!」

「恐れ入りますわ」


味方に注意されたので高笑いのボリュームは落とすことにする。しかし、もうアドレナリンがドバドバである。ヘッドショットをした瞬間と戦果を持ち帰って褒められた瞬間は、このゲームをやっていて最高に気持ちがいい瞬間だ。


「それではわたくしは1階L字ロングで芋りながらカメラでも見ておきますわね」

「了解。じゃあ俺は遊撃に行く」

「OKですの。ぶちのめしてきてくださいませ」

「任せときな」


 ロングで芋る。ロングは長い通路のことで、芋るとは同じ場所にい続けることだ。わたくしはスナイパーという役職を選んだため。中距離から遠距離戦で敵の侵攻を抑えることが求められる。拠点にはいくつか扉があるが、そのうちの一つの扉は長い廊下につながっている。その長い廊下こそが1階L字ロングだ。この1階L字ロングを抑えることができれば、敵の侵入経路を大幅に減らすことができる。

 ただし、攻撃側もそれをわかっていて、1階L字ロングに人数をかけて制圧しに来るのがよくある作戦だ。


「既にわたくしが2人削っているので、1階L字ロングに人数をかけることは難しいですわ。せいぜい来ても1人か2人でしょう」


 わたくしは拠点を出たところからすぐの場所に置いてある障害物に隠れながら、ロングを監視する。それと同時に、手元のスマートデバイスを通して監視カメラの映像をチェックする。

 このゲームでは防衛側は監視カメラへのアクセス権を与えられていて、マップの各地にある監視カメラの映像を見ることができる。監視カメラは銃やスキルを利用して壊すことが可能だが、壊されるまでは防衛側の重要な情報源である。スナイパーは積極的に撃ち合いに行かない分、監視カメラを利用して敵の位置を味方に伝えるなどのサポートの仕事が重要になってくる。


「スナイパーはお荷物などではありません。最強の狩人ハンターにして監視者アンカーですの!」


『アンカーってなんですか?』

『このお嬢様たまにかっこつけたがるよね』

『アンカーは味方のいないとことかで待ち伏せする役目のことだぞ』

『有識者リスナー感謝です』

『ハンターにしてアンカーですの!(キリッ)』


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