2本目 ご逝去遊ばせッ!




 スキルであるホバリングドローンを用いて、前方の部屋の安全確認クリアリングをする。しかし、相手にドローンの存在を気づかれて撃ち落とされてしまった。運が悪い。まだ敵の本拠地からは遠いと言うのに。


「ちッ! もう全部ドローンを使い切ってしまいましたわ。あ、今のは舌打ちじゃなくて投げキッスですわよ」


 ここから先の情報は自分の視界に入る全てと、耳に入る音と、味方からの通信で入ってくる情報のみ。


「2階L字廊下の東ロング付近に敵。多分ショットガン持ち」


 味方から無線で報告が入った。今回の味方は「当たり」だ。報告をきちんとよこしてくれる。全局面を通して情報戦を制することが勝利につながるこのゲームでは、味方からの報告があるのとないのとで状況は大きく変わる。

 頭の中のマッピング情報を更新する。L字廊下はこの建物の西側をまっすぐ貫く廊下だ。南側が階段につながっており、3階と1階へと行き来することができる。一方の北側の突き当りは曲がり角になっていて、東へと廊下が更に伸びている。その様子がアルファベットのL字に見えるからL字廊下。そのままである。その「東」に伸びる廊下が「長い」廊下になっているので「東ロング」と呼ばれている。

 現在私たちが取れている陣地は、侵入地点である3階から5階全部と、2階建物内の南西半分程度まで。3つある階段のうち、まだ2つしか抑えられていない。確保したのは南東にある階段と、先程の話にあったL字廊下の階段だけ。理想的には「東ロング」にある北階段も確保したい。このラウンドの敵の本拠地は1階にあるため、早めにすべての階段を制圧して1階へ向かいたいところだ。


「潰しに行こう。誰か来れるか?」

「わたくしが行けますわ」


 私が味方からの呼びかけに無線で答える。


「私も行けるよ」


 すると、追随するようにもう一人別のプレイヤーが通信を入れてきた。


「よし。俺ら3人で2階を潰す。残り2人は階段は任せた」


 作戦は決まった。敵からの裏取りを抑えるための味方を2人残し、残りの3人で合流して2階を制圧しに向かう。

 わたくしは制圧部隊へと参加して、道を切り拓く。


「わたくしはドローンがもう無いのですけど、誰か持ってきていらっしゃらない?」

「持ってる。ドローン流すからそっち見てて」

「おまかせくださいまし」


 わたくしはレーザーガンを構えて敵がいると思われる方向を見続ける。このゲームにはメインスキルとサブスキルがあり、同じメインスキルはチームで一人しか選択できない。サブスキルはいくつかの種類から2つ選べる。

 サブスキルの一つが、今私たちが活用しているホバリングドローン。遠隔操作できるカメラを飛ばすことができ、マップの状況を探れる優れものだ。

 わたくしはサブスキルの枠を2つ使ってホバリングドローンを持ってきていたが、両方とも壊されてしまった。失態である。


「ごめん壊された。多分こいつらドローンメタ敷いてる。L字はいない。その先の東部屋に多分2人」


 ドローンメタ、すなわち「ドローン絶対許さない」戦法である。敵はおそらく、メインスキルでドローンの侵入を検知するスキルや電子妨害装置を置けるようになるスキルなどを取得している。メインスキルの枠まで割いてドローンによる情報取得を妨害するのは、相手の動きを停滞させたり、奇襲をしやすくするためである。敵ながら悪くない作戦だ。

 わたくしにとって都合が悪いことは、ドローンがほとんど意味を成さないことだけにとどまらない。電子妨害装置を使われていると、わたくしが今用いているレーザーガンの威力が大幅に下がってしまうのだ。厳しい戦いになりそうである。

 それでも、わたくしたちは自らの役目を果たすのみ。


「情報が不足していますわね。気合で行きますわよ」



++++ ++++



「ご逝去遊ばせッ!」


 わたくしは叫んだ。墓場で力の限り叫んだ。ここは文字通り死んだプレイヤーが飛ばされる場所だ。ゲーム内名称ではグレイブと呼ばれる場所だが、グレイブは日本語で墓場なので、日本にいるプレイヤーたちからは墓場と呼ばれることのほうが多い。墓場には死んだ味方がおり、味方の視点や味方のホバリングドローンの映像が見られるモニターが置いてある。死んだ奴らはここで見学しておけというわけである。

 ただ、もし墓場に来てからも支援が行えるスキルを持っている場合、それを利用して生きている味方を援護できる。たとえば墓場から短期間無線通信を繋ぐことで戦況を伝えることができるスキルや、一定時間ジャミングを行い敵の電子機器の使用を妨害するスキルがある。


 わたくしが墓場にいるのは、もちろん敵にキルされたからなのだが、その方法にわたくしはブチギれたのである。


「なぜ! 壁を適当に撃って! 頭に当たるんですの!」


 このゲームのマップには、ところどころ破壊可能な壁が用意されている。ショットガンやグレネード、それから一部のスキルで容易に壁を壊すことができる。そうして壊した壁を通して敵を見たり、大きく壊せば通り抜けることができたりするのだ。また、普通のライフルやビームライフルなどで撃っても多少壊すことが可能だ。

 破壊可能な壁は銃弾やビームを貫通する。そのため、壁の向こうに敵がいるとわかったらそこに銃弾を撃ち込めば、低いリスクで敵をキルできることがある。逆に、壁の向こうから撃たれたら同じ場所に撃ち返すことでカウンターができるため、お互い破壊可能な壁には注意が必要だ。


 そして、壁の向こうに敵がいるかはわからないけれど一応撃っておく『適当撃ち』と言われるものがある。技と言うほどではないが、このゲームでは頭に一発弾を撃ち込むだけでキルが取れてしまうため、当たればいいなーくらいの気持ちで撃つことがしばしばあるのだ。


 わたくしはそれに当たって死んだのである。運が悪い。運が悪いから仕方がない。

 

 ……仕方がないと納得しようとしても、こういう死に方が一番腹が立つ死に方の一つであることは間違いない。


「あの野郎絶対許しませんわ……。次ラウンドで脳天ぶち抜くまでお待ちくださいませ……。おほほほ……」


 まあぶっちゃけ逆恨みである。


 ひとしきり怒りの感情を吐露したところで配信中であることを思い出し、わたくしは笑った。


「こんな時こそ笑顔が大事ですの。リラックスリラック……あーもうはらわたが煮えくり返っておりますわ。大変温まりましてよ」


 わたくしも根っからのゲーマーゆえ、どうしても熱くなるときはある。今がそのときであった。


 ただ、それでもわたくしの脳の冷静な部分は、熱くなっているだけでは仕方ないと理解していた。ひとまず戦況を確認する。現在は3ラウンド先取で1試合最大5ラウンドの1ラウンド目。味方が3人生存、敵が5人全員生存でアドバンテージを取られている。時間も少なくなってきたが、このくらいの人数差ならまだ覆せる。1対5はかなりきついが2対5で時間が十分にあるならまだわからないのがこのゲームだ。3対5なら希望はそれなりにある。とはいえ、難しいことなのは確かだが。


「おや。敵が裏取りに来てますの。誰も気づいておりませんわね。あなたアストラルコール持っていらっしゃいまして?」

「持ってない。持ってたら使ってるよ」


 先に死んで墓場にいた味方の女性に質問したが、彼女は首を横に振った。アストラルコールはさきほど言った、死んだあとに一定時間味方と連絡が取れるサブスキルだ。これを持っている人がいると、一時的に指揮官が増えることになるので生きているプレイヤーとしては大変ありがたい。しかし、使うための条件が死ぬことなので使いにくいことと、他にもっと有益なサブスキルがあるためあまり使われていない。


「まあそうですわよね」


 わたくしもできることが無くなってしまったため、配信のコメントを見る。


『ブチギレてて草』

『wwww』

『ドンマイですわ~~!!ww』

『お嬢様、顔がすごいことになってます』


 すると、わたくしが怒っていた事に対しての慰めと笑いのコメントが、2対8くらいの割合でずらずらと並んでいた。


「視聴者さま、あんまりお笑いになられますとそのだらしなく開いたお口をぶち抜きますわよ」


『ヒィッ』

『怖い』

『鬼畜お嬢様ww』

『お嬢様がぶち抜くとか言わないで』


 視聴者たちとじゃれ合って遊ぶ。これもファンサービスの一貫だし、わたくし自身こういうやり取りが好きなので楽しい。


 結局そのラウンドは裏取りに来ていた敵、すなわち味方の後方から攻めに来ていた敵に壊滅されて負けてしまった。


 切り替えていこう。次のラウンドはわたくしたちが拠点防衛側、敵が攻撃側である。


 さあ、ここからが本番だ。わたくしがスペフォー界の鬼畜お嬢様と呼ばれる所以をお見せして差し上げよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る