番外編 再会と雛祭り
ひな祭りのひと月前。
世間はバレンタインだなんだと騒ぎつつも別の物事にも関心があるようで、チョコやらお菓子やらがいっぱい売られている側でもう1つのイベントも賑わい出している。
それは流し雛。
理由は分からないが、昔勇者か転移転生者がひな祭りはうんぬんかんぬん、流し雛がどうたらこうタラと言ったのがなんやかんやあって現在の形で定着した。
その現在の形とは魔物の雛を調教し小舟に乗せてレースをするという原型どころか面影すらまるでないイベント。
しかし、無駄に人気のあるイベントで去年は俺も参加した。
だが、今年は参加する気にはなれない。
「レントは今年の流し雛はどうするの?」
「急がないと卵無くなる。」
「いや、俺はいいよ。」
「そう?」
去年の俺は何も知らなかった。
だからよく分からないのに卵を買って、育てて、そして別れた。
ピュリオスと出会った事は間違いじゃない。
あいつは可愛くて、賢くて、自慢の子だった。
だが、流し雛は、終わったら、最後は別れないといけない。
買うのは大変で、管理が難しいから。
だから、期間限定で、祭が終われば別れないといけないのだ。
しかし、それは参加しない理由ではない。
別れるのが辛いから参加しないんじゃない。
俺が参加しないのは、俺にとっての雛が、ピュリオスだけだからだ。
みんながそれぞれに選んだ卵を孵していく。
去年と同じダイナバードやジェノサイドオウルもいれば全く別の雛もいる。
リリンは何故か頭が悪いという話のピッツバードを選んでいた。
普通ならば勝ち目はないと思うが、リリンならばあるいはと思えてしまうのも、リリンが色々と優秀だからだろう。
そして俺はなんの卵も買わなかった。
育成の期間を考えればもう間に合わないからか、既に卵売りは居なくなっていた。
でも、それでいい。
俺は、ピュリオス以外考えられないのだから。
◇
バレンタインも過ぎ、みんなの雛はすくすくと育っている。
魔物だから成長が早いのでそろそろ小舟での練習を始めると言ってくる。
俺は育てていないから宿で留守番をし、別の作業を行う。
ひな祭りなのに雛人形がないのはやはり寂しい。
去年はピュリオスの世話や指導があって時間的に余裕がなかったけど、今年は時間はたっぷりある。
だから俺は雛人形を作ることにした。
所で、雛人形の並びってどうなっていたっけ?
男雛と女雛があって、三人官女に五人囃子、あと右大臣左大臣があった。
他に小物とかがあったけどその辺の並びが全く分からない。
三人官女と五人囃子ってどっちが上だっけ?
妹が居たから並べるのを手伝ったことあったけど、それも年に一回できちんと並んでいる写真を真似るだけ。
そんなんじゃ覚えられるわけない。
蒼井は覚えてるかな?
アカネは……昔過ぎるし無理か。
ま、分からなくても適当にやればいいか。
というか、そもそもそこまで作れるか分からないし、出来た後に考えよう。
えーと、体は上に服着せるからそこまで作りこまなくてもいいよな?
手は後から付け足す感じで。
1つの木から削り出して折れたらまた作り直さないといけない。
ならば最初から分けたほうがいい。
十二単ってどんなだったかなぁ…………あ、そういえば前にコ◯ンの漫画で雛祭りがネタの話あった!
多分アニメ化してるからそれを…………見つけられるか?
あれ、めっちゃあるし。
まだ更新されてるし。
いや、見つけなきゃ。
あ、なんかヒ◯まつりとかいうアニメあった。
ぱっと見雛祭り関係なさそうだな。
結構昔にやっていたけど、無事に雛祭りネタの回を見つけ、その雛人形を元に作成していく。
ついでに並びも分かったのは僥倖かな。
でも、3人のおっさんの人形もあったようで、それも追加しないと。
いや、出来たらだけどさ。
◇
作り始めて1週間が経った。
男雛と女雛、三人官女までは出来た。
雛祭りまであと少し。
こりゃ五人囃子も無理そうだな。
後は細々とした小物を揃えて終了か。
「レント、僕達はこの子達の餌を買いに行こうと思うんだけど、レントはどうする?」
「んー、ちょっと気分転換したいし一緒に行こうかな。」
「分かった。じゃあ、一緒に行こ。」
気分転換にみんなと一緒に街へと繰り出す。
ついでに雛祭りの屏風に使う紙とかも買いたいかなとか思ってたりもする。
みんなは雛達の餌を、俺は屏風に使う色のついた綺麗な紙を、それぞれの目当ての品を買えてほくほく顔で後は何しようかと話していると不意に、視線を感じた。
ハーレム状態が故の嫉妬と呪いが混ざった視線ではなく、かといって魔物が向けてくる獲物に向けた視線でもないこれまでに感じたことのない視線。
悪意感知とこれまでの経験から視線にある程度敏感になっているが、今までに経験したことのない感覚。
その感覚に戸惑いつつも視線の主を探すと後ろから複数の羽撃く音が聞こえてくる。
なんだ?
「クアーー!!!」
突然大きな鳥に抱きつかれた。
その鳥は黒い羽毛で先端が赤くなっていてかっこいい鳥だ。
こんな鳥初めて見るが、俺にはこいつが何者なのかすぐに分かった。
「おかえり、ピュリオス。」
「クアー!」
1年。
たった1年離れていただけでピュリオスはすごく大きくなっていた。
体長はざっと1.5mくらいあるんじゃないか?
羽を広げたらさらに大きいんだろうな。
「ピュリオス、え? でも、えぇ?」
「ん? どうしたんだ、セフィア? それにみんなも?」
何故かみんなが驚いている。
ああ、そうか。
1度別れたはずの鳥がこうして戻ってきたのが不思議なのか。
実際、みんなの所に成長した雛達が帰ってきてないし、そういう事があったという噂も聞いてない。
そりゃ驚くか。
「確かに別れたはずのこいつが帰ってきたら驚くか。」
「いやそうじゃなくて。」
「違うの?」
違うみたい。
では一体何故そんなに驚いたのだろうか?
「レントが買ったのってダイナバードの卵だよね?」
「当たり前だろ。セフィア達と一緒に買ったじゃないか。」
「そうだよね……?」
「ダイナバードじゃない。」
「何言ってんだ? ダイナバードを買ったじゃないか。」
「レント、ダイナバードはオレンジ色の体毛で先端が緑色になっているんだよ。それに、嘴も形が違う。ダイナバードのは先端がもっと丸みを帯びてるんだ。」
みんなが言うにはこいつはダイナバードじゃないらしい。
ちょっと意味わかんないな。
雛の時の体毛は灰色系だったし。
いやまあ、ペンギンとかも成長すると産毛が抜けて見た目が変わったりするから色が変わってもおかしくはないんだけどさ。
でも、それとは根本的に違うみたいだ。
「クァ!」
「ん、どうしたんだピュリオス?」
「クアークアクア!」
ピュリオスが嘴を使って器用に絵を描きだす。
うん。
さっすがピュリオス!
アッタマ良いー!
「クア!」
ピュリオスが描いた絵は小さな雛と大きな鳥が矢印で示してるけど、その矢印に×が付けられている。
そしてその横に曲がった矢印で別の鳥を示している。
なるほど。
「つまり、ピュリオスは別の鳥に進化したって事だな。」
「クアー!」
そうみたいだ。
ちゃんと説明できて偉いぞー。
ワシワシしてやろう〜。
ほーら。
「クァ〜。」
気持ちよさそうに目を細めるピュリオス。
うん。
大きくなってもピュリオスはかわいいな。
「ピュリオス、それで後ろのは嫁さんか?」 「クア!」
どうやらピュリオスはしっかりと嫁さんを見つけて来たみたいだ。
足元には小さい雛が3羽いる。
恐らくピュリオスの子供なのだろう。
「大丈夫ですか!? こっちに鳥の魔物が飛んできたと通報があったのです…が…………えーと、大丈夫そうですね。」
「はい。去年別れた雛が大きくなって帰ってきました。」
「え、えぇ……?」
やはり前代未聞らしく、魔物が来たと通報を受けてやって来た衛兵さんが困惑の表情を浮かべた。
しかし完全に懐いている様子を見て安心したようで討伐という事にはならなかった。
ひとまず上に報告して現状維持という方針になったようで一安心。
衛兵さんと別れて俺達は一度アデラードさんのところに向かう。
ピュリオスの進化について何か知ってるかもだし、冒険者ギルドの長だから一応報告しておいたほうがいいと思ったからだ。
「うーわー、それになるのかー。」
「何か知ってるんですか?」
「うん。その子はイグナイトホークと呼ばれるAランクの魔物だよ。戦闘状態になると赤い模様から炎が吹き出し、高い戦闘力を誇る魔物。種として確立してるけど、まさかダイナバードから進化していたなんて知らなかったよ。」
「そんな凄いのになったのか。」
「ちなみに、さらに進化する事がごく稀にあるみたい。その時はフェニックスになるらしい。昔知り合いがそんなこと言ってたよ。」
ピュリオスはフェニックスになる可能性があるのかー。
流石俺のピュリオス!
奥さんと子供は普通のダイナバードだけど。
「でも、どうして帰って来たんだろう? 野生に帰ったはずだけど……。」
「普通に里帰りでしょう。な?」
「クア!」
「えー……?」
「クアクアクアー。」
「え、後は子供達に流し雛に出てもらおうと思った?」
「クア!」
「……なんで分かるのさ。」
「なんとなく?」
不思議だけど何故か言いたい事がわかってしまってる。
便利だから何も困らないからいいんだけど。
ポ◯モンのサ◯シ君の気持ちが少しわかった気がする。
問題なのはどの子を出すかだろうな。
雛は3羽いるから。
「クアクア。」
「残り2羽は2人が指示を出す? え、でも出れるのか?」
「クアー?」
「さあー? って。ま、その辺はアデラードさんに任せるか。」
「クア!」
「いやいや、任されないから! 魔物が参加するなんて聞いた事ないから!」
「ピュリオス、愛嬌!」
「クア〜?」
「魔物を使って泣き落とししないで!」
ダメだった。
いや、まだ諦めない!
その後、何度も懇願した結果最終的にはアデラードさんが折れ、とりあえず掛け合うだけはしてみるとのこと。
やったぜ!
◇
雛祭り前日。
ピュリオスの急な来訪に驚いたり、ピュリオスの嫁さんと子供達と親交を深めたり指導したりしてたらあっという間に雛祭り前日となった。
一応雛人形は完成させたけど、出来たのは三人官女までのままだけど。
ピュリオスとその嫁さんの参加だが、流石にレースは無理だが、最初のデモンストレーションでの参加は認められたそうだ。
アデラードさんが頑張ったおかげだ。
後、参加出来ずAランクの魔物に暴れられたら困るという太守側からの意見もあり、折衷案としてデモンストレーションになったらしい。
そして嫁さんと子供達だが、それぞれピリーナ、ピリオム、ピリオット、ピューナと名付けた。
ピリーナが嫁さんで、ピリオム、ピリオットが雛の雄、ピューナが雛の雌だ。
俺が指示を出すのがピューナで、ピリオムとピリオットはデモンストレーションでピュリオスとピリーナが指示を出す。
一夜明け、遂に雛祭り当日。
今回も前回と同じように会場の警備の依頼があったが、俺はピュリオス達についていて暴れないようにするという目的の指示があった。
ピュリオスは暴れないから実質ただの休みだったりする。
楽でいいね。
「これよりデモンストレーションを行いたいと思います。今回はなんと、前回出場した雛が成鳥となり、子供を連れてやって来たそうです! それでは、イグナイトホークとダイナバード親子による流し雛をご覧ください!」
「クアクア!」
「ピィ!」
「クエ!」
「ピピィ!」
「クアークアクア!」
「ピッ!」
「クエクエ!」
「ピッピィ!」
クエがピリーナだが、うん。
凄いね。
ちゃんと的確に指示を出し、それに対してピリオムとピリオットは対応して障害物を避けている。
俺が去年やった愛嬌も忘れてないのも高得点だな。
観客はピュリオス達の流し雛に驚き最後には大歓声を上げていて、いいスタートを切れたんじゃないかな。
「クア〜。」
「クエ〜。」
「「ピィ〜。」」
終わったよ〜褒めて褒めて〜と飛んでくるピュリオス達を俺は存分にそれはもうピュリオス達が骨抜きになるくらいに撫でまわす。
「さて、それじゃしばらく出番はないし、一緒に出店を回るか!」
「クア!」
「クエ!」
「「「ピィ!」」」
ピュリオスとピリーナを両サイドに、そしてピリオム、ピリオット、ピューナを抱えて祭りの出店を冷やかしていく。
時折、あれが欲しいと鳴くピュリオス達に食べ物を買い与えたりしているうちに気付けば俺の出番。
いや、俺とピューナの出番か。
「よし、じゃあ行くか、ピューナ!」
「ピッ!」
どこで覚えたのか片手を上げてハイ! って感じのポーズをするピューナ。
それがまた可愛いんだわ。
つい撫でちゃったよ。
「第28レース……スタートです!」
「ピューナ、右だ!」
「ピッ!」
「次も右!」
「ピイッ!」
「愛嬌! からの左!」
「ピィ〜? ピッ!」
うん。
やっぱり愛嬌は入れないとね。
そして結果は1位。
前回は3位だったから文句なしの成績だ。
多分ピュリオスが頑張って指導していたのが功を奏したのだろう。
ピューナをきっちりと褒めた後はみんなと合流してお昼を食べる。
場所はレース会場からは少しばかり離れているが、その分人も少ない。
ピュリオス達がいるから一応ね。
そのついでに俺作の雛人形を飾り、用意していたちらし寿司を取り出す。
何故ちらし寿司なのかは知らないが雛祭りの定番だからね。
本当は雛あられと菱餅も用意したかったんだけど作り方がわからないから断念した。
その点ちらし寿司は楽だ。
酢飯を用意してその上に卵やキュウリ、エビ、レンコン、しいたけとかをちらして最後に刻み海苔……説明したらセフィアが作ってくれた。
……俺がやって卵を焦がしちゃったのを見かねて代わりにやってくれた。
「雛人形って、ちょっと不気味だね。」
「いや、確かに顔はそうかもしれないけど、服は綺麗じゃないかな?」
「動きづらそうだけど?」
「なんで顔が真っ白?」
「……そういうもんなんです。」
しかし、やはりここは異世界。
どうやらこっちでは雛人形は不評みたいだ。
ただ1人、アカネだけは魅入っている。
「どうしたんだ?」
「私の家、一度親の仕事の都合で引っ越したのよ。引越しの際に荷物を減らすとかで雛人形を泣く泣く手放さなくちゃならなくなって……それっきり。だから、こうしてまた見られるのが嬉しくてね。」
「そうか……なら、これはアカネにやるよ。どうせみんなには不評だしな。」
「ありがと。」
その後、みんなのレースも無事に終わり家路……この場合は宿路か?
宿路についた。
ピュリオス達は数日ほど滞在したのち、また旅立って行った。
来年も帰ってくるようにと、約束をして。
「元気でなー! また帰って来いよーー!!」
「クアーーー!!」
「クエー!」
「「「ピィー!」」」
ちょっと、寂しいな。
でも、また来年も会える。
その時を待っていよう。
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